【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

文字の大きさ
上 下
24 / 35

23.とびきりの美少女登場

しおりを挟む
エントランスホールは賑やかで、使用人たちが忙しく駆け回っている。

先に届いた大量の荷物を男性使用人たちが運び込んでは、女性使用人たちがそれぞれに用意した部屋へ細かく割り振っていくのを階段の上から見ていると、目が回りそうだった

彼らの動きには一切の無駄がなく的確で、本当に有能な人たちなのだなと改めて感心してしまう。

「シェリル、準備はいいかい?」

背後からの声に振り返ると、そこにはセミフォーマルな出で立ちのエドガーがいた。

「ええ。アンバーがきっちり整えてくれましたので」

対する私も、昼間なので露出は抑えているもののきちんとした格好をしている。

今日はこれからライケンス家の親戚にあたるオルセン伯爵一家を迎える予定になっている。
当主の仕事の都合で一ヶ月ほどこの屋敷に滞在するため、彼らの到着を待って盛大な歓迎パーティーを開くのだ。

「今日は一段と美しい。アンバーは本当にいい仕事をするな」
「あなたも素敵でしてよ。まるで物語に出てくる王子様みたい」
「俺はいつもと代わり映えしないさ」

苦笑しながらエドガーは言うが、いつも王子様みたいに見えているのだと言ったらきっと気持ち悪がられるだろう。
最近の私は思考能力が著しく鈍ってしまっているようで、エドガーの一挙手一投足がキラキラと輝いて見えてしまうのだ。

「では参りましょうか、お姫様」

エドガーがキザな動作で私に手を差し出す。
彼の悪ふざけにさえ胸が高鳴るのだ、重症も重症だ。

こんなことでは、そう遠くないうちに気持ちが溢れてしまう。
それだけはなんとしてでも阻止しなくては。

「あなたが言うと洒落になりませんわ」

わざと呆れた口調で言って、肩を竦めてみせる。
それから改めて気を引き締めると、エドガーの手を取り共に階段を降りた。

*

「ようこそおいでくださいました。滞在中はゆっくりとくつろいでくださいね」
「結婚式の際はありがとうございました。またお会いできて嬉しいです」

義父母たちの挨拶のあと、エドガーと共に前に進み出る。

「こちらこそ。素晴らしい式でしたからな。あなたの才女ぶりはこちらにまで届いていますよ」

オルセン伯爵は人好きのする笑みを浮かべて、私にも親し気な握手をしてくれた。
義父の弟にあたるその人は、全体的にツルっとしていて卵みたいな印象だ。

彼の拝領した土地は王都から遠く、人付き合いにも熱心ではないために社交シーズンもあまりこちらへは来ないらしい。
式で一度会っただけでも好印象だったので、今回の滞在を楽しみにしていた。

「お兄様! お会いしたかったわ!」

伯爵の隣にいた少女が、待ちきれないとばかりに輝く笑顔でエドガーに言った。

「やあミランダ。さらに綺麗になったな」

ローズブロンドの巻き毛を撫でて、エドガーが懐かしそうに目を細める。

「もう! いつまでも子供扱いしないでください! もう十八ですのよ?」

むくれて尖らせる唇はコーラルピンクで、薄化粧なのにその可憐さは際立っていた。

私が世間一般的に言う「美女」という扱いなら、彼女は文句なく「美少女」に分類されるだろう。
しかも間違いなくそのトップクラスだ。

小動物的な可愛さは、まさしく「お姫様」のようだった。

「落ち着きのなさは十歳の頃のままだ。自己紹介が先だろう?」

苦笑しながら言うエドガーに、少女はハッとした顔をした後で私の方へ向き直り、華奢な手を差し出した。

「初めましてお姉様。私、ミランダ・オルセンと申します」

ミランダ・オルセン。私より二つ年下で、エドガーの従妹に当たるのだという彼女。
一年に一度程度しか会えないけれど、彼女とエドガーは仲が良いらしい。

式には来られなかったので、私とは初対面だ。

「初めましてミランダさん。シェリル・ライケンスと申します」

ぎこちなく握手を交わすと、彼女は笑みを消してジッと私の顔を見た。

「……何か顔についていますか?」
「いいえ! お綺麗だなって感動しちゃって!」

それから再び輝く笑顔を浮かべ、握手のままの手をもう一方の手でぎゅっと握った。

「ミランダとお呼びください、お姉様」
「……では、私もシェリルと」
「よろしいのですか? ではシェリル様。滞在期間中、よろしくお願いしますね」

屈託なく笑って、ミランダの手がパッと離れる。
それからすぐにエドガーへと視線を戻した。

「ね、お兄様。私、王都で沢山行きたいところがあるの。連れて行ってくださるわよね?」
「それはもう確定事項の言い方じゃないか」

ニコニコと無邪気に言うミランダに、エドガーは呆れたように返すけれどどこか嬉しそうだ。

ミランダの手はエドガーの腕に自然に触れていて、彼もそれを気にした様子はない。
だけど私の胸にはモヤモヤしたものが湧き上がって、なんとなく二人から目を逸らしてしまった。

「しかしすまないがしばらくの間、少し忙しいんだ。女性向けの店ならシェリルが詳しいし、二人で出掛けるのはどうだろう」
「えっ」

エドガーが私を見て言う。
たぶん、親族に早く慣れてほしいという彼なりの気遣いなのだとは思う。
だけど。

「わ、私でいいのかしら」

焦ってたじろいでしまう。
女性と二人でなんて、今まで経験がない。

正直言って、できれば遠慮したい。

それにどう見たってミランダは王都を楽しみたいというより、エドガーと一緒にいたがっている。

「ええー残念……お兄様とのデート、楽しみにしていたのに」

がっかりしたようにミランダが言う。

綺麗に弧を描いていた眉が悲しそうに垂れ下がり、思わず撫でたい衝動に駆られた。
どんな仕草も、彼女がすると可愛らしくてひとつひとつに目がいってしまう。
同性の私から見ても、彼女はとても可愛らしい。

「でもいいわ! 実はお姉様とお話できるのも楽しみだったの」

気持ちを切り替えたように明るい声でミランダが言う。

くるくると変わる表情はとても魅力的で、社交界デビューして以来すっかりひねくれてしまった私にはその素直さが眩しかった。

「シェリル様、お出掛けにご一緒させていただいてもいいですか?」

ひらりとスカートの裾をひるがえして、ミランダが私へと向き直る。

その顔は期待で満ちていて、とてもではないが嫌ですと言えそうになかった。

「う、ええと、その」

助けを求めるようにエドガーをちらりと見ると、彼は真剣な目でミランダのことを見つめていた。

どきん、と心臓が嫌な音を立てた。

「……私でよろしければ。では早速私の部屋でどこに行くか相談いたしましょうか」

その視線に言い知れぬ不安を感じて、気付けば私は彼の目から隠すようにミランダをその場から連れ出していた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

処理中です...