【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

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13.事情聴取

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「昨日のようなことはよくありますの?」
「昨日って?」

午後のお茶の時間に脈絡なく問うと、エドガーは片眉を上げてまるで分からないという顔をした。

「しれっととぼけないでくださいませ。あなたの察しの良さは並外れているのを存じておりますのよ」

呆れながら言うと、お茶を淹れてくれていたマイクと、焼き菓子を持ってきてくれたアンバーが私の背後でくすりと笑った。
二人は仲が良いらしい。
よく談笑している姿を見かけることがある。

「……以前はよくあったよ。だが最近は途絶えていた」

案の定カフェでの出来事だと気付いていたエドガーが、誤魔化せないと分かってくれたのか、彼女とのこれまでの経緯を渋々話してくれた。

「しかしあそこまで露骨な女性はそんなにいないんだ。みんなこう、水面下でこっそりやるというか……」
「余計にタチが悪いですわ」

フォローになっていないフォローにきっぱり言うと、アンバーが「まったくです」と小さく呟く。
便乗するようにマイクが「女ってこわいね!」と女性であるアンバーに言って小突かれていた。

「他にどの御令嬢が関わっておりますの?」
「それは言えない」

聞けばすんなり教えてくれるだろうと思っていたが、それは甘かったようだ。

「なぜ?」
「変に先入観を持ってほしくない。俺さえ関わらなければ周囲からの評判のいい御令嬢たちなんだ。この先シェリルとも仲良くなれるかもしれないだろう」
「それはありえません」
「えっ」

はっきりと否定すると、エドガーが戸惑った顔をした。

「あれさえなければ、という人は大抵それがあるからダメな人なのです。人の迷惑を顧みずに好き放題する方のどこが良い人なのです? 仮に見抜けずうっかり仲良くなったとしても、あなたを苦しめた一人だと分かった瞬間嫌いになりますわ」
「……そういうものか?」
「当たり前でしょう。私たちは家族になったのですよ? その大切な家族が苦しんでいるのだから、知らぬ存ぜぬで無視することなんてできません」

そう言うと、エドガーはハッとした顔になった。
家族にならなれるはず、なんて言ったのは彼なのに、もう忘れてしまっているらしい。

「それともあなたは私が同じ目に遭っても無視するのですか?」
「まさか」

焦ったように否定するエドガーに微笑む。
その言葉に嘘は感じられない。

「ええ分かっています。リチャードの時で実証済みですもの」

あれは嬉しかった。
それに、その後も社交の場に出るたびにさりげなく彼がフォローしてくれているのを知っている。

今までは誰も助けてくれなかった。
男性にしつこく口説かれても、女性に面と向かって悪口を言われても、みんな見て見ぬふり。
その顔で散々得してるんだから、それくらい平気でしょうとでも言わんばかりだ。

「たとえ恋愛感情はなくとも、家族としての絆は深まっているのだから助けたいと思うのは自然なこと。それともそう思うのは私だけですの?」
「もちろん俺だってそう思っている!」

少しの不安は即座に否定され、密かにホッとする。

「でしたら彼女たちの名前を教えてください。あらかじめ知っておけば、それなりの対処だって事前にできます」
「だが、君を煩わせるわけには」
「一人でできることには限界があります。それに昨日見ていて思ったのですが、あなたの対応は優しすぎます。あれでは一生つきまとわれますわよ」
「それでも構わない。事を荒立てなければ彼女たちだって大人しいのだから」

諦めたような表情でエドガーが緩く首を振る。
その顔に今までの苦労が垣間見えて、胸が痛んだ。

「いっそみんなの前ではっきり迷惑だと言って差し上げるのも優しさでは?」
「そんなことはできないよ」

穏やかに言って苦笑する。

「我がライケンス家は侯爵家の中でも特に地位が高い。格上の公爵家の人達だって対等に接してくれるくらいだ。でもそれは父と母が、ひいてはご先祖様たちが懸命に築き上げてきたものだ」

彼がライケンス家をとても大切に思っていることは十分に分かっている。
家の歴史を語る時の彼の表情は輝いているし、ご両親や祖父母のことを愛しげに話してくれるから。

「今は俺に執着しているとしても、じきに飽きて他の男性と結婚する日がくるだろう。そしてどこかの伯爵夫人や侯爵夫人になる。その時に『過去にひどいことをされた』と俺の悪口を夫に吹き込まれたらどうなる?」

そんなことしないでしょうなんて楽観的なことはとても言えない。
逆恨みした女性がどれだけ非人道的な行為に出るか、身をもって知っている。
きっとあることないこと捏造して、さらに何倍にもして、夫となった人に恨みつらみを告げ口するだろう。自分に同情してもらうために。自分を袖にした男性に復讐するために。

「ライケンス家の次期当主として誇りを持っている。個人的ないざこざで台無しには出来ない」

覚悟を決めた顔でエドガーが言う。
きっとこうしてずっと一人で背負い込んで、一人で戦ってきたのだろう。

その考えは貴族としてはとても正しい。
子供の幸せのためなら血筋が途絶えたってかまわないと考える私の両親の方が異質なくらいだ。
彼のその考え方自体を変える気なんてさらさらない。だけど。

「だからこそ、余計に私が必要なのでしょう」

生意気だの高慢だのと散々言われてきた勝気な笑みで言う。

「私はライケンス侯爵家の次期当主夫人なのですよ? 私だってライケンス家のために役に立ちたいのです」
「しかし」
「それに、知っておけば自衛だってできます。そうでしょう?」

私の身を守るために必要だ。そう言えばエドガーが折れてくれるのは分かっていた。
彼は難しい顔で私に乞うような視線を投げかけた。私はそれに気付かないフリで泰然とした微笑みを返した。

ややあって、彼は観念したような深いため息をついた。

「……分かった」
「エドガー様の負け」
「シェリル様が一枚上手ですね」

大人しく控えていたマイクとアンバーが楽し気に顔を見合わせた。

「お前達まだいたのか! 早く他の仕事に戻れ!」

気恥ずかしかったのか、エドガーが耳を赤くしてわざと乱暴に言う。

「はいはーい」
「負けたからって八つ当たりしないでくださいな」

堪えた様子もなく、軽口を叩きながら二人が出ていく。
いつもならやることを終え次第すぐに出ていくはずの彼らが、いつまでもいるなと思っていたら、どうやら私たちの成り行きを観戦するためだったらしい。

エドガーはそんな二人の後ろ姿を見送って、脱力したようにソファの背凭れに突っ伏した。
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