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9.特別じゃない結婚式

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後日エドガーの集めた情報によると、その後社交界に流れた噂は概ね予想通りのものだったようだ。

女遊びをやめられないエドガーが、嫉妬しない同性愛者の女を選んだらしい。
シェリルも好きに女遊びが出来るから了承したらしいわ。
お互い利害が合致したわけね。
女好き同士、ある意味お似合いじゃないか?
しかし政略結婚にしても愛がなさすぎる。舞踏会での二人を見たか。
お互い異性が親し気にしても知らん顔。私なら耐えられないわ。
あんな冷え切った関係になるくらいなら、エドガー様より少し容姿は劣るけど私の婚約者の方ががマシよ。

そんな下世話でくだらない噂が飛び交っているのだとか。

もちろんあれ以降も社交の場に出る時は、特に親し気にするわけでもなく冷めた関係を貫いている。
本当に彼らは婚約したのか? と周囲が訝るほどに。

「おかげで変に絡まれることも減ったわ」

実際は社交界に顔を出す回数より多く二人で会っているし、今も彼はくつろいだ様子でうちの応接室で紅茶を飲んでいる。

一緒にいるのを見られると過激派の御令嬢方が怒り狂うからと、デートはもっぱらお互いの屋敷でお忍び状態だ。
お茶会程度のおままごとみたいな関係だったけれど、それにさほどの不満はなかった。

エドガーは驚異的なモテぶりだけあって、顔だけではなかった。
あらゆる能力に秀でているし、同性愛者であることをあっさり受け入れる懐の深さも納得の見識の深さで、一緒に過ごしていて心地いいのだ。

私の気持ちを決めつけて理解あるふりをしないし、過剰に容姿を褒め称えて話の腰を折ることもない。
それは思っていた以上にありがたいことだった。

「俺もだ。交際もしていない女性から『あの女はなんなの』とヒステリックに問いただされることが減ったよ」
「本当に苦労なさってきたのですねぇ……」

穏やかな表情で言うエドガーに、しみじみ同情しながら私も紅茶に口をつける。

彼の苦労は私の比ではないだろう。
初めのうちこそ深く共感していたけれど、私程度の苦労では彼に遠く及ばないと気付いてしまった。

私の場合は、ただ悪意に晒され遠巻きにされる方が多かった。
しつこく言い寄ってくる男性も、鬱陶しくはあったが最終的には兄や父がガードしてくれたし、うんざりはしていたけれど恐怖を覚えるまでには至っていない。

けれど彼は違う。
彼の場合、まず守ってくれる人がいないのだ。

その上、女性は自分の方が力も立場も弱いという前提があるから遠慮なくグイグイくるし、傍から見れば純粋に想いを寄せているだけに見える。それを強く拒絶すれば、男性の方が悪者にされてしまう可能性が高い。

侯爵家令息がそんな問題を起こすことも出来ない。
どちらに正当性があるにせよ、貴族界においてスキャンダルはご法度なのだ。
元婚約者のリチャードが徹底的に私を悪者に仕立てたのも、腹は立つけれど当然の判断と言えた。

それで仕方なくやんわりいなしていたら、今度は女性が平気で嘘をつきだすらしい。
彼から愛を告白されたとか、一夜を共にしたとか、彼の子供がいるとか。
それも複数人の女性が、まるで判を押したように同じ嘘を言うのだそうだ。

独占欲と思い込みが高じるとそうなってしまうのだろうか。

彼に関する噂の数々は、こうして出来上がっていったようだ。

スキャンダルを避けるために公平に接したつもりが、どんどん悪化していくことに耐えかねてとうとうエドガーは社交界から姿を消すことを選んだという。

「しかし自分で提案しておいてなんだが、君を冷遇している演技は心苦しいな……」
「構いませんと言いましたでしょう。平和が一番ですわ」

申し訳なさそうに言われて苦笑する。

社交界から遠ざかる前は、陰口も無視も日常茶飯事だったのだ。
婚約者からの冷遇など何ほどのものでもない。ましてや皆の前でだけの仮初めの姿だ。

実際のエドガーは穏やかで気遣い屋だということをもう知っている。
それどころか会話を重ねるうちに、彼の立場ではどうすることもできない無力感や恐怖心を理解して、私はすっかり彼が可哀想になってしまっていた。

できる限り彼が心穏やかに過ごせるようにしてあげたい。
そのためなら、私の悪評がさらに高まろうがどうでもよく思えた。


こうして初顔合わせから半年はあっという間に過ぎ、忍んでいた甲斐もあって結婚式までの日々は平穏無事に過ぎていった。

式は厳かに、披露宴は盛大に、奇をてらうこともせず当たり障りなく行われた。

古くからの名家であることをことさら誇示することもなく、伝統にのっとったそれらは、親世代の招待客たちから絶賛された。

結婚式の主役だというのに、私たちは浮ついた空気を微塵も出さずに、至極冷静に賓客たちに対応した。

若い男女には冷え切った関係を揶揄するような視線を向けられたけれど、年配の方達には「年のわりに落ち着いた夫婦」と評されたのは幸いだった。

私たちの政略結婚は、波風を立てることなく侯爵家としてお手本となるような出来のまま終えることができた。
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