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30 最後の拷問②

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食事を終えて、アシュリーの部屋でしばらくのんびりと二人きりで過ごした。
寄り添うように肩を触れ合わせたまま他愛のない話をして笑い合う。
行くあてのない来月の大市や来年の王国祭のことを話すのは滑稽だったけれど、悪くはなかった。

食事の片付けや、お茶を淹れに部屋に入るたびジゼルがぎこちなく目を逸らすのがおかしかった。

そのジゼルから話を聞きつけたのだろう。
一度ロランが冷かしに覗きに来た時は、手を振ってすぐに追い払った。

全てが嘘だとしても、穏やかで温かい時間だった。

「ねえ、少し外を歩きませんこと?」
「そうだな、

アシュリーの提案を受けて、日が暮れる前に庭に連れ出す。
王宮の庭園は一度散歩させたことはあるが、アシュリーは気に入ったようだ。

「どうだ、少しは気晴らしになるか」
「いやですわ、これは気晴らしなんかではなくデートです」

ランドルフの言葉にアシュリーがむくれてみせる。

「そうだな、すまない。野暮なことを言った」

素直に詫びると、アシュリーは「分かればよろしい」と偉そうに頷いた。

手足に枷はしていない。
もう必要性を感じなかったから。

「ねえ恋人さん、手を繋いでくださらない?」

右手を差し出しながらアシュリーが言う。
祭りの時のように「捕まえておくため」という建前ではない。
ただ純粋に手を繋ぎたいと言われて、躊躇いながらその華奢な手に自分の無骨な手を重ねる。

アシュリーが嬉しそうに目を細めてランドルフの手を握った。

「ふふ、ドキドキしますわね」

素直に心の内を明かされて、うっかり抱きしめたくなるのをグッと堪えた。

アシュリーがゆっくり歩き出すのに付き従うように、しばらくの間無言で過ごした。

何を考えているのか分からない美しい横顔を、ランドルフはただ見ていることしかできなかった。

歩きながら、アシュリーが楽し気に鼻歌を歌い出す。
聞いたことのない歌だった。

「カラプタリアの歌か」
「ええ。小さい頃お母様が歌ってくださったの。もう歌詞も覚えていないのだけど」

自嘲するようにアシュリーが笑う。

前王妃が亡くなったのはアシュリーが九歳の頃だったか。
カラプタリアの王族情報を思い出しながら、幼い頃に母親を亡くしたアシュリーを気の毒に思う。

「優しい人だったわ。それに控えめで賢くて。自慢の母だった」

ぽつりぽつりと言って、その面影を思い出すようにアシュリーが目を細める。

「母が亡くなって父……陛下は変わってしまったわ」

アシュリーが笑う。
正体不明の暗い目。
その目が嫌で、ランドルフは繋いだ手にぎゅっと強く力を込めた。

「ふふ、父は母を愛していたのね。素敵だと思わない?」

嬉しそうに言ってアシュリーがこちらを振り返る。

「だからそんな恋をしてみたかったの。他のことなんてどうでもよくなるくらいの」

そう言いながら、もう片方の手も繋いで向かい合う。

「わたくし、あなたを好きになってしまいましたの。おかしいかしら」

頬を薔薇色に染めて、キラキラした目で幸せそうに笑う。

それがこの恋人ごっこのための演技に見えないのは、自分がそうであってほしいと望んでいるからだろうか。

「ここに来てからたくさんの幸せを思い出せたわ。あなたのおかげよ。お仕事のためだとしても、本当に嬉しかった」
「っ、仕事のためだけでは……」

今すぐ「俺も好きだ」と言いたいのを堪えてそれだけ言う。

とっくに私欲が混ざっていた。
次はどんなことをしよう、何をして笑わせてやろう。
いつの間にかそんなことばかりを考えるようになっていた。
情報を引き出すためではなく、ただアシュリーを喜ばせたかった。

「でももうおしまい。情報を全て渡して、わたくしは用済みになるの」

すっきりした顔でアシュリーが言う。

「いつまでも敵国にいるのは体裁が悪いもの。今日の拷問が終わったら、カラプタリアに帰してくださる?」

吹っ切れたような明るい口調で言って、パッとランドルフから手を離す。

「ああ……」

国に戻りたいなんて、今まで一度も言わなかったくせに。

「寒くなってきましたわね。部屋に戻りましょうか」

そう言ってランドルフの返事も待たず、夕焼けを背にさっさと行ってしまう。
ランドルフには彼女を止めるすべはなかった。
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