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26 捕虜による拷問④
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「そう呼ばれるようになったのは誤解が原因だ」
自分で言っていて少し恥ずかしい。
見た目を噂に寄せているとはいえ、本来であればただの地味で目つきが悪いだけの人間なのだ。
「誤解?」
「ああ。あれはカラプタリアとの戦争がまだ激しかった頃のことだ」
記憶を探るようにランドルフは目を閉じる。
あの頃はまだ若くて、仕事に不慣れな上に戦争に翻弄された。
たくさんの人死にが出て、精神的にかなり参っていたのだ。
自分だけ王宮という安全圏にいることに罪悪感を覚えながら、それでもすべきことを全力で成した。
少しでも前線の兵士たちの命を繋げるよう物資を確保し、補給路を死守するために情報をかき集めた。
そんな中、カラプタリアの捕虜十数名を連れて負傷兵たちが帰還した。
医療施設のベッドはその時点でほぼ満員で、捕虜も怪我をしていたが自国の兵優先で彼らは施設外の臨時テントに収容されることとなった。
「俺が治癒魔法を使えるのは覚えているだろう」
「ええもちろん。お世話になりましたもの」
つるりとした腕を見せながらアシュリーが頷く。
彼女が言っていたように治癒魔法の使い手は世界的に見ても希少で、その施設にも当時一人しかいなかった。
その一人の魔力で収容された全員を治せるわけもなく、命に関わる重傷の場合のみ治癒魔法士が宛がわれるため、医療施設は常に怪我人でいっぱいだった。
「それでとうとう俺が駆り出されることになってな」
「他のお仕事でお忙しいのに……」
ジゼルが気の毒そうに言う。
「有能な人間に大量に仕事が回ってくるのは世の常ですね」
ロランがため息交じりに言って肩を竦める。
「まあ国に貢献できるのは誇らしいことだから構わん。それに身体を張ってくれる兵士たちに少しでも報いたかったからな」
前線に立つことのできない後ろめたさを、埋め合わせるためにもランドルフはその命令に一も二もなく従った。
もとより自分の力を存分に役立てたいと思っていた。
時間が足りなくて物理的に無理だったが、何度自分が二人いればと歯噛みしたことだろう。
その時点で睡眠時間は平均二時間を切っていたが、不思議と身体は軽かった。
たぶん色々と麻痺していたのだと思う。
ランドルフは意気揚々と医療施設に出向き、重傷患者を一室に集め、治療を開始した。
「お待ちになって。献身的で素晴らしいお話ですが、それが悪名轟くお話にどう繋がりますの?」
アシュリーが首を傾げる。
確かにこれだけではただの苦労自慢だ。
「まあ聞け。俺の治癒魔法は特殊でな。傷を癒やすのとは違うんだ」
「違う? でも、わたくしの火傷はすっかり元通りですわ」
アシュリーの問いに、ランドルフが頷く。
「そう、元通りにするんだ」
ランドルフの魔法は厳密に言えば治癒魔法ではなく、傷口の時間を戻す、いわば時間魔法の分類だ。
治癒魔法よりもさらに希少な魔法で、前例が少ないせいでロクに資料も残されていない。
大昔には偉大な魔法使いが過去に遡ったなんて話もあるが、眉唾物だ。
「時間魔法なんて実在するのですね……」
アシュリーが呆けたように言う。
「秘密ですよ?」
ロランが人差し指を口元に当てて言う。
ジゼルがそれにつられたように自分の口元を手のひらで覆って息を呑む。
「拷問されても喋らないと誓いますわ」
「いや拷問されるくらいなら喋っていい」
覚悟を決めた顔で頷くアシュリーに苦笑する。
自分から言い回る気はないが、別にそこまで隠したいものでもない。
他国に知られたら狙われるかもしれない能力だが、一国の宰相を拉致するような輩もそうそういないだろう。
「それに俺に使える時間魔法は、傷口だけに限定された半端なものだしな」
砲撃で崩れた建物や、戦闘で摩耗した武器の修復はできない。
だが戦時下では、それだけ使えれば十分だった。
通常、長期の戦闘で裂けた傷口は歪んだ形で癒着して自然治癒してしまう。
そのせいで皮膚が引き攣れ、傷痕自体が痛む。
あるいは骨折して正しい処置ができなかった骨が、変形したままくっついてしまう。
治癒魔法でそういう傷を治すのは不可能だ。
せいぜい塞がりきっていない傷口を完全に塞ぐ程度で、元には戻せない。
だがランドルフの魔法はそれらの治癒を可能にした。
「ただ、これがなかなか厄介な魔法でな」
「ええ、一筋縄ではいかないんですよ」
ため息交じりに言うランドルフの横で、ロランが難しい顔で同調の頷きを見せる。
便利な魔法ではあるが、簡単ではないのだ。
いや、魔法自体は適性のあるランドルフにとっては造作もないことなのだが。
自分で言っていて少し恥ずかしい。
見た目を噂に寄せているとはいえ、本来であればただの地味で目つきが悪いだけの人間なのだ。
「誤解?」
「ああ。あれはカラプタリアとの戦争がまだ激しかった頃のことだ」
記憶を探るようにランドルフは目を閉じる。
あの頃はまだ若くて、仕事に不慣れな上に戦争に翻弄された。
たくさんの人死にが出て、精神的にかなり参っていたのだ。
自分だけ王宮という安全圏にいることに罪悪感を覚えながら、それでもすべきことを全力で成した。
少しでも前線の兵士たちの命を繋げるよう物資を確保し、補給路を死守するために情報をかき集めた。
そんな中、カラプタリアの捕虜十数名を連れて負傷兵たちが帰還した。
医療施設のベッドはその時点でほぼ満員で、捕虜も怪我をしていたが自国の兵優先で彼らは施設外の臨時テントに収容されることとなった。
「俺が治癒魔法を使えるのは覚えているだろう」
「ええもちろん。お世話になりましたもの」
つるりとした腕を見せながらアシュリーが頷く。
彼女が言っていたように治癒魔法の使い手は世界的に見ても希少で、その施設にも当時一人しかいなかった。
その一人の魔力で収容された全員を治せるわけもなく、命に関わる重傷の場合のみ治癒魔法士が宛がわれるため、医療施設は常に怪我人でいっぱいだった。
「それでとうとう俺が駆り出されることになってな」
「他のお仕事でお忙しいのに……」
ジゼルが気の毒そうに言う。
「有能な人間に大量に仕事が回ってくるのは世の常ですね」
ロランがため息交じりに言って肩を竦める。
「まあ国に貢献できるのは誇らしいことだから構わん。それに身体を張ってくれる兵士たちに少しでも報いたかったからな」
前線に立つことのできない後ろめたさを、埋め合わせるためにもランドルフはその命令に一も二もなく従った。
もとより自分の力を存分に役立てたいと思っていた。
時間が足りなくて物理的に無理だったが、何度自分が二人いればと歯噛みしたことだろう。
その時点で睡眠時間は平均二時間を切っていたが、不思議と身体は軽かった。
たぶん色々と麻痺していたのだと思う。
ランドルフは意気揚々と医療施設に出向き、重傷患者を一室に集め、治療を開始した。
「お待ちになって。献身的で素晴らしいお話ですが、それが悪名轟くお話にどう繋がりますの?」
アシュリーが首を傾げる。
確かにこれだけではただの苦労自慢だ。
「まあ聞け。俺の治癒魔法は特殊でな。傷を癒やすのとは違うんだ」
「違う? でも、わたくしの火傷はすっかり元通りですわ」
アシュリーの問いに、ランドルフが頷く。
「そう、元通りにするんだ」
ランドルフの魔法は厳密に言えば治癒魔法ではなく、傷口の時間を戻す、いわば時間魔法の分類だ。
治癒魔法よりもさらに希少な魔法で、前例が少ないせいでロクに資料も残されていない。
大昔には偉大な魔法使いが過去に遡ったなんて話もあるが、眉唾物だ。
「時間魔法なんて実在するのですね……」
アシュリーが呆けたように言う。
「秘密ですよ?」
ロランが人差し指を口元に当てて言う。
ジゼルがそれにつられたように自分の口元を手のひらで覆って息を呑む。
「拷問されても喋らないと誓いますわ」
「いや拷問されるくらいなら喋っていい」
覚悟を決めた顔で頷くアシュリーに苦笑する。
自分から言い回る気はないが、別にそこまで隠したいものでもない。
他国に知られたら狙われるかもしれない能力だが、一国の宰相を拉致するような輩もそうそういないだろう。
「それに俺に使える時間魔法は、傷口だけに限定された半端なものだしな」
砲撃で崩れた建物や、戦闘で摩耗した武器の修復はできない。
だが戦時下では、それだけ使えれば十分だった。
通常、長期の戦闘で裂けた傷口は歪んだ形で癒着して自然治癒してしまう。
そのせいで皮膚が引き攣れ、傷痕自体が痛む。
あるいは骨折して正しい処置ができなかった骨が、変形したままくっついてしまう。
治癒魔法でそういう傷を治すのは不可能だ。
せいぜい塞がりきっていない傷口を完全に塞ぐ程度で、元には戻せない。
だがランドルフの魔法はそれらの治癒を可能にした。
「ただ、これがなかなか厄介な魔法でな」
「ええ、一筋縄ではいかないんですよ」
ため息交じりに言うランドルフの横で、ロランが難しい顔で同調の頷きを見せる。
便利な魔法ではあるが、簡単ではないのだ。
いや、魔法自体は適性のあるランドルフにとっては造作もないことなのだが。
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