上 下
24 / 45

23 捕虜による拷問①

しおりを挟む
「本日の拷問はソレですか……」

含みのある言い方をするロランをじろりと睨む。

王国祭から一週間。
ようやく後処理も落ち着き、日常を取り戻しつつある日のことだ。

「何か文句でもあるのか」
「いいえ別に?」

薄く笑いながら言われて鼻白む。
全然「別に」という顔ではない。

ロランが何を言いたいのか、おおよそ見当がついている。
だがこれ以上突っ込まれたくないので、気づかないフリでランドルフはアシュリーの部屋へと向かった。

もちろん目的は敵国の捕虜への拷問だ。

「ようこそ、お二方」

階段を上り扉を開けると、待ち構えていたようにアシュリーが余裕の笑みで出迎えた。
相変わらず立場をわきまえない態度にも、もう慣れた。

「ジゼル、お茶を淹れて差し上げて」
「かしこまりました、アシュリー様」

ジゼルも当然のようにアシュリーに傅いている。
その堂々たる振る舞いは、まるでこの監獄塔の主にでもなったかのようだ。

「どうぞお掛けになって?」
「捕虜が拷問官に許可を出すな」
「あら失礼」

一連の流れに思わずツッコミを入れると、アシュリーは悪びれた様子もなく上品に笑った。

「ではお言葉に甘えて失礼しますね、アシュリー様」
「おまえも捕虜にへりくだるな」

悪ノリするロランを窘めるが、こちらも笑うばかりだ。
お茶を淹れながらジゼルまで笑っている。

敵対国同士の交渉の場だという緊迫感はゼロだ。

「それで、今日はどんな拷問をご用意くださったの?」

ワクワクと期待に満ちた顔のアシュリーがわずかに身を乗り出す。
拷問を楽しみにする捕虜にも、捕虜に仕切られるのにも納得はいっていないが、それも今更だ。

「これだ」

急かされるような空気の中、ランドルフは有名ブランドのロゴが印刷された紙袋をテーブルに置いた。

「そっ、それは……!」

お茶を淹れ終わったジゼルの目が驚愕に見開かれた。

さすが我が国の女性だ。彼女はこれの価値を知っているらしい。
その反応に満足してランドルフは唇の端を微かに上げた。

「なんですの!? 何か素晴らしいお菓子ですの!?」

滅多なことでは取り乱さないジゼルを見て期待値が一気に上がったのだろう。
アストラリスにどんな店があるかを知らないアシュリーが、興奮したように言う。

完全に食べ物の類だと思い込んでいるらしい。

同種の拷問は禁止したくせに、食べ物関連は判定が甘い。
これまでもおやつだのデザートだのと散々名目を変えて、別枠の拷問として許可されてきた。

食い意地の張ったやつだと呆れるが、残念ながら今日の拷問は食べ物ではない。

「お菓子ではありませんよアシュリー様。これは上流階級の女性に大人気の化粧品ブランドです!」
「お化粧品……?」

ジゼルの説明に、アシュリーの表情が一瞬で曇る。

ランドルフの横で、ロランが「ほらね」と言わんばかりの顔でジゼルが淹れたお茶に口をつけた。

アシュリーはしかめっ面で紙袋の持ち手に指をかけ、ひょいと自分の方に引き寄せた。
それから中身をテーブルの上にひとつずつ出していく。

いくつもの細々としたケースが並べられていく。
凝った意匠が施されたそれらは、見た目も人気が高いらしく、中身を使い切った後も捨てずにとっておく女性が多いのだそうだ。

ランドルフにはよく分からないが、ジゼルが憧れの眼差しを一心に注いでいるのを見るに、女性の心をくすぐる何かがあるのだろう。

「どうだ、喋る気になったか」

ランドルフが問うと、アシュリーが渋い顔を向けてきた。

「……現王妃は国王の後妻」

心底興味のなさそうな表情でそれだけ言って、化粧品の山をジゼルの方に押しやった。

「え!?」
「あなたにあげるわジゼル。いつもよくしてくれるお礼よ」
「よろしいんですか!?」

にっこり笑いながらアシュリーが言う。

「あっ、ありがとうございます……!」

ジゼルが涙目になって礼を言う。
高位貴族でもなかなか手に入らない代物だ。王宮勤めとはいえ、メイドには手が出せないはずだ。

大喜びするジゼルとは反対に、アシュリーはなんとも白けた顔をしている。
どうやら今日の拷問はまったく響かなかったらしい。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...