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17 なにが真実か③
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ジゼルがいなくなったあとの部屋で、残された二人の間に沈黙が落ちる。
「……ティーカップが割れてしまったわね。片付けなくては」
思い出したようにアシュリーが言って、ランドルフの眉根が寄る。
「そんなの放っておけ」
「でも」
「いいから腕を見せろアシュリー」
「え? ああ、どうぞ」
ランドルフに言われて、アシュリーはキョトンとした顔で腕を差し出す。
その腕に、ランドルフは自分の手をかざし魔力を込めた。
すぐにアシュリーの腕がほのかな光を帯び始める。
「……驚いた。あなた治癒魔法が使えるのね」
徐々に火傷が治り始めたのを見て、やはり呑気な顔でアシュリーがそんなことを言う。
「とても難しいのでしょう? アストラリスでは珍しくないの? カラプタリアではめったにお目にかかれないのよ」
治りきるまで痛みがなくなるわけでもないのに、アシュリーは他人事のように自分の腕を見ながらどうでもいい話をする。
「アシュリー」
どうしてだかそれを聞いていられなくて、ランドルフは遮るように名前を呼んだ。
「……初めて名前を呼んでくれましたわね」
そんなどうでもいいことを言って微かに笑う。
その微笑が、とても空虚なものに見えた。
「……痛くないのか」
「最初に言ったでしょう、わたくし、痛みには強いの」
覚えている。
ここに囚われた最初の日に言っていた。
だけどあんなの、拷問から逃れるためのハッタリだと思っていたのだ。
「痛みに強いだけで、好きなわけではないとも言っていた。痛いんだろう」
「さあ、どうでしょう」
空虚な微笑のままでアシュリーが曖昧なことを言う。
「それより、わたくしも宰相様を名前でお呼びしてもいい?」
それからカラリと表情を変えて、場違いなほど明るい笑顔であからさまに話題を変える。
答える気はないという拒絶を感じて、ランドルフはらしくもなく怯んだ。
「……好きに呼ぶがいい」
ようやく完治した細い腕に、傷跡が残っていないことを確認するようにそっと触れながら頷く。
「では、ランドルフ様、と」
はにかむようにランドルフの名を呼んで、微かに笑う。
その微笑みは嘘ではないと信じたかった。
「それで、ランドルフ様。今日はどのような拷問をしていただけるのかしら?」
そうしていつもの高慢な物言いでアシュリーが問う。
まるで何も起こらなかったみたいな顔で。
ランドルフは綺麗に治った彼女の腕に触れたまま、庭園の散策を提案した。
王宮の庭園で、アシュリーが咲き乱れた花を見て嬉しそうに笑う。
部屋の窓から少しだけ見えて、ずっと行ってみたいと思っていたのだと。
花に見入るその横顔は本当に幸せそうで、噂で聞く贅沢で我儘なお姫様にはとても見えなかった。
ずっと感じていた違和感だ。
もう見ないふりをするには無理があった。
アシュリーと長く居すぎてしまったせいだろう。
ドレスやアクセサリーには目もくれず、身を飾るでもない花や豪華でもない温かい食事を喜ぶ。
高慢で高飛車かと思えば不満を抱くメイドを短期間で懐かせ、自分の身よりも先にそのメイドの心配をする。
いつも楽しそうに笑っているようで、すべてが演技なのではと疑わしくなる瞬間がある。
ロランやランドルフに心を許しているように見えて、そのほとんどが虚構のようにも思えてくる。
彼女は何を見て、なにを考えているのだろう。
ここに囚われるまで、どんな人生を過ごしていたのだろう。
聞いてみたかったけれど、拷問を受けてどんな秘密を白状するのかはアシュリーが決めることだ。
彼女が自ら話す気になるまで、ランドルフが聞いても答えてはくれないのだろう。
「……ティーカップが割れてしまったわね。片付けなくては」
思い出したようにアシュリーが言って、ランドルフの眉根が寄る。
「そんなの放っておけ」
「でも」
「いいから腕を見せろアシュリー」
「え? ああ、どうぞ」
ランドルフに言われて、アシュリーはキョトンとした顔で腕を差し出す。
その腕に、ランドルフは自分の手をかざし魔力を込めた。
すぐにアシュリーの腕がほのかな光を帯び始める。
「……驚いた。あなた治癒魔法が使えるのね」
徐々に火傷が治り始めたのを見て、やはり呑気な顔でアシュリーがそんなことを言う。
「とても難しいのでしょう? アストラリスでは珍しくないの? カラプタリアではめったにお目にかかれないのよ」
治りきるまで痛みがなくなるわけでもないのに、アシュリーは他人事のように自分の腕を見ながらどうでもいい話をする。
「アシュリー」
どうしてだかそれを聞いていられなくて、ランドルフは遮るように名前を呼んだ。
「……初めて名前を呼んでくれましたわね」
そんなどうでもいいことを言って微かに笑う。
その微笑が、とても空虚なものに見えた。
「……痛くないのか」
「最初に言ったでしょう、わたくし、痛みには強いの」
覚えている。
ここに囚われた最初の日に言っていた。
だけどあんなの、拷問から逃れるためのハッタリだと思っていたのだ。
「痛みに強いだけで、好きなわけではないとも言っていた。痛いんだろう」
「さあ、どうでしょう」
空虚な微笑のままでアシュリーが曖昧なことを言う。
「それより、わたくしも宰相様を名前でお呼びしてもいい?」
それからカラリと表情を変えて、場違いなほど明るい笑顔であからさまに話題を変える。
答える気はないという拒絶を感じて、ランドルフはらしくもなく怯んだ。
「……好きに呼ぶがいい」
ようやく完治した細い腕に、傷跡が残っていないことを確認するようにそっと触れながら頷く。
「では、ランドルフ様、と」
はにかむようにランドルフの名を呼んで、微かに笑う。
その微笑みは嘘ではないと信じたかった。
「それで、ランドルフ様。今日はどのような拷問をしていただけるのかしら?」
そうしていつもの高慢な物言いでアシュリーが問う。
まるで何も起こらなかったみたいな顔で。
ランドルフは綺麗に治った彼女の腕に触れたまま、庭園の散策を提案した。
王宮の庭園で、アシュリーが咲き乱れた花を見て嬉しそうに笑う。
部屋の窓から少しだけ見えて、ずっと行ってみたいと思っていたのだと。
花に見入るその横顔は本当に幸せそうで、噂で聞く贅沢で我儘なお姫様にはとても見えなかった。
ずっと感じていた違和感だ。
もう見ないふりをするには無理があった。
アシュリーと長く居すぎてしまったせいだろう。
ドレスやアクセサリーには目もくれず、身を飾るでもない花や豪華でもない温かい食事を喜ぶ。
高慢で高飛車かと思えば不満を抱くメイドを短期間で懐かせ、自分の身よりも先にそのメイドの心配をする。
いつも楽しそうに笑っているようで、すべてが演技なのではと疑わしくなる瞬間がある。
ロランやランドルフに心を許しているように見えて、そのほとんどが虚構のようにも思えてくる。
彼女は何を見て、なにを考えているのだろう。
ここに囚われるまで、どんな人生を過ごしていたのだろう。
聞いてみたかったけれど、拷問を受けてどんな秘密を白状するのかはアシュリーが決めることだ。
彼女が自ら話す気になるまで、ランドルフが聞いても答えてはくれないのだろう。
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