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11 卑怯な手段

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翌朝、ランドルフは朝食を運ぶジゼルについてアシュリーの部屋を訪れた。

「あら、おはようございますわね、宰相様」

ランドルフの姿を認めるなりアシュリーがいつもの勝気な笑顔を浮かべる。
それは捕縛初日から見せるものとなんら変わりなく、場違いなほどに明るかった。

やはり昨日のは何かの見間違いだったのだろう。

少しホッとしながら、テーブルを挟んでアシュリーの向かいに座る。

何か文句でも言われるかと思ったが、アシュリーはテーブルに並べられていく食事に釘付けで、こちらが座ったことに気づいてすらいなそうだ。

全ての料理を並べ終わると、ジゼルが静かに退室していった。

立ち上る匂いに刺激されたのか、アシュリーの喉がごくりと鳴る。
明らかにキラキラした顔なのに、食べようとしないのはなぜなのか。

「どうした、食べないのか」

不思議に思って問うと、アシュリーがハッと顔を上げ、ランドルフをじろりと睨んだ。

「言ったはずでしょう、同じ拷問内容は通用しませんと」

何の話か分からず、ランドルフは首を傾げる。

アシュリーが無言で並べられた料理を指さした。
素直に視線を向けるが、やはり彼女が何を言いたいのか分からなかった。

「食事のランクを上げるのが今日の拷問なのでしょう? 悪名高い宰相閣下にしては稚拙な手口ですわ」

まるで悪事の糾弾でもするかのような真剣さに頭を抱えたくなる。

確かに今並べられている朝食は数日前アシュリーが要求した食事内容よりも数段豪華になっている。
だがもちろんこれは拷問ではなく、単に地上階では標準的な内容だというだけだ。

「こんな卑怯な手にわたくしは屈しません!」

妙にキリッとした顔で言うが、表情に反してアシュリーの腹がキュルリと鳴った。

「……拷問ではないから食え」

ランドルフが呆れながら言うと、アシュリーが驚愕の表情になる。

「正気ですの!?」
「はいはい正気正気。いいからさっさと食え」

うんざりしながら警戒を緩めないアシュリーにヒラヒラ手を振って言う。
どうせ警戒するなら毒の有無を警戒しろ。

ランドルフの態度にようやく朝食が拷問ではないと察したのか、アシュリーは恐る恐るナイフとフォークを手にして食事に手を付け始めた。

「美味しいですわ……!」

悔しいのか嬉しいのか分からない微妙な表情でアシュリーが言う。
一口一口噛み締めるように味わっているアシュリーを眺めながら、ランドルフはジゼルが淹れていってくれたコーヒーを飲んだ。

その表情は本当に幸せそうで、拷問に屈したフリで偽情報を流すための演技には見えない。
こちらの油断を誘うために馬鹿を演じているようでもない。

ならば彼女のこの幸福感度の高さはなんなのだろう。

カラプタリアの第一王女ともなれば、贅沢には慣れているはずだ。
食事も装飾品も望めばいくらでも手に入る。
だというのに、アシュリーがわざわざ機密情報と引き換えにしてまで欲するものが少し裕福な庶民なら簡単に手が届くものばかりというのはなぜなのか。

それに、一見噂通りの高飛車で高慢に見えるのに、偉そうな口調や態度に反して妙に素直だ。

もしかしたら敵国に捕まった腹いせに、自国を巻き込んでめちゃくちゃにしてやろうという企みでもあるのかとも思うが、そこまで厄介な人間にも見えない。

「ふう、アストラリスの食事は素晴らしいですわね」

ぼんやり考えていると、全て食べ終え口の周りを優雅に拭いながら、満足げにアシュリーが嘆息した。

「あら? これが拷問でないのならなぜわざわざ宰相様はこちらに?」

それから今気づいたと言わんばかりに不思議そうな顔になる。

「ふっふっふ、ようやく気づいたか愚か者め」

ニヤリと笑って、ランドルフは魔力のこもった指先をパチンと慣らした。
指音に呼応するようにノックが聞こえる。

もちろん朝からここに来たのには理由がある。
アシュリーの食事風景を観察しにきたわけではない。
捕らえた捕虜を休ませず情報を搾り取るための拷問にきたのだ。

「入れ」
「失礼いたします」

再び登場したジゼルが、静々と部屋の中に入ってきた。

手にはドーム型のフタをかぶせたトレイを持っていて、アシュリーの前まで歩いてくると恭しい手つきでそれをテーブルに置いた。
それから音もたてずにフタを取る。

中から現れたものを見て、アシュリーの吊り気味の目がまん丸に見開かれた。

勝利を確信してランドルフの口の端が吊り上がる。

それは色とりどりのフルーツが盛られたクリームたっぷりのタルトだった。

アシュリーの目がキラキラと輝いている。

「……これも食事に含まれますわよね?」

慎重に尋ねられて、ランドルフの笑みが深くなる。

「いいや、これは食事ではなく、デザートだ」

ゆっくりハッキリ子供に言い聞かせるように発音する。

アシュリーの顔が絶望に染まる瞬間は、なかなか見ものだった。

「さあ、これを食べたければ秘密を話せ」

悪魔のようだと評された笑みを浮かべて詰め寄る。

「卑怯ですわ!」

アシュリーは涙目で抗議してきたが、それは怯えではなく怒りらしい。
どうやら本気で憤慨しているらしい。

そこまでか? とは思いつつも、この拷問が効果的だったことにランドルフは満足する。

「ふふん、どうする? 屈するならば最高級の紅茶もくれてやる」
「ズル! ズルいですわこの人非人! 恥を知りなさい!」

王女らしからぬ悔しがり方に、陥落はすぐだろうと確信してランドルフはソファにふんぞり返る。

ふと妙な気配を感じてジゼルの方を見ると、彼女はこちらに背を向け肩を震わせていた。
どうやら笑いを堪えているらしい。

数度に渡る拷問にもはや慣れつつあったが、やはり傍から見るとおかしな光景なのだろう。
ノリノリでアシュリーを煽ったのが少し恥ずかしくなってくる。

「おい、さっさと話せ。どうせ欲望に抗えんのだろう」
「くっ……こんな手に屈服させられるなんて……!」

急かすランドルフに大仰なほどのセリフを吐いて、アシュリーはタルトに添えられたフォークを握り締めた。

すかさずジゼルが最高級茶葉の紅茶を淹れてアシュリーの前に置く。
笑いは無事おさまったらしい。
よくできたメイドだ。

アシュリーは幸せそうにタルトを平らげたあと、秘密を白状した。
そのあまりの喜びようと、やはり釣り合わぬ秘密の大きさに、なんとなく後ろめたさを感じたランドルフはそれ以降、食後には毎回ちょっとしたデザートをつけてやるように厨房メイドに命じた。

ちなみにアシュリーは後日「おやつ」でも秘密を白状した。

どうやら王女のくせに、相当食い意地が張っているらしいことだけは確かだった。
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