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7 極上の捕虜生活①
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その日のうちに再び部下を走らせた。
国境付近の村に滞在させていた密偵に情報を渡し、カラプタリアに戻らせる。
その四日後の夜に、アシュリーの漏らした秘密が正しかったことを知った。
「カラプタリアでは王女が行方不明になったと大騒ぎらしいですよ」
「だろうな」
報告書を片手に言うロランにランドルフが笑う。
「捕らえた騎士を解放してやるといい」
「よろしいので?」
「アシュリー王女がこちらの手にあることが知れれば、あちらも下手な動きはできんだろう」
ここ数日、久しぶりに前線に動きがあって鬱陶しく思っていたところだ。
少し間が空くと、カラプタリアが思い出したように攻撃してくる。
そのせいで停戦に持ち込むこともできずにいるのだ。
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げ、部下への指示のためロランが速やかに執務室を出ていく。
一人になり、ランドルフは新たに得た情報をもとに戦略を練り直すことに集中した。
アシュリーのもたらす情報の大きさには目を瞠るものがある。
この先もこれらと同等のものが得られるのであれば、終戦に向かう足掛かりになるどころか年内にも決着がついてしまうかもしれない。
もちろん、すべてが真実であればの話ではあるが。
ランドルフ自らも情報の正しさを検証するために、しばし膨大な資料に没頭する。
ふと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
そろそろロランが戻ってくる頃だろうかと考えていると、タイミングよくノックの音が聞こえた。
「大喜びで逃げていきましたよ」
入室するなりロランがため息交じりに言う。
なんというか、カラプタリアの騎士はあまり質が良くないようだ。
うっかりアシュリーに同情しそうになるのを慌てて否定する。
だがそもそも護衛の騎士がしっかりしていたら、第一王女が敵国に捕まるなんてヘマはしなかったはずだ。
情報を引き出すきっかけを作ってくれた彼らには感謝すべきだ。
「悪逆宰相は慈悲深いという噂が流れてしまうな」
「それで困るのはあなたでしょう」
冗談を言うと、ロランが呆れた顔になる。
「それもそうだな」
ランドルフは肩を竦めて同意した。
拷問なんて手間のかかることに時間を割くほど、ランドルフは暇ではない。
この顔と噂を利用して手っ取り早く情報を吐かせることに慣れてしまったから、噂は尾ひれが大きいほど助かるのだ。
「だと思って最後に釘を刺しておきました。これは追いかけっこですので捕まったら鬼に食べられてしまいますよって」
「おまえな……」
その場合、鬼はもちろんランドルフのことを言っているのだろう。
露骨な脅し文句だ。
文句を言おうとロランを見ると、彼は得意げな顔をしていた。
「まあいい。王女のところへ行くぞ」
「は」
その顔にやる気が失せて、仕方なく立ち上がる。
それから仕上げたばかりの書類を脇に積んで、ロランと地下牢のある監獄塔へ向かう。
三度目の拷問の内容はすでに考えていた。
きっとお気に召すことだろう。
あの女のご機嫌を取っていれば、戦況は大きく変わる。
ランドルフにはその確信があった。
独房までの湿気た空気。
薄暗く辛気臭い石壁の中。
余裕の笑みを崩さぬまま、ソファにゆったり腰掛け、アシュリーが王女の貫禄を滲ませて言った。
「それで、今日は一体どのような拷問をご用意いただけましたの? 悪虐宰相様」
自分のもたらす情報の有用性をアシュリーも分かっている。
そしてそれをもっと引き出すために、こちらがどんな対応を取るのかも。
「アシュリー・エヴァーグレン。地下牢からの出獄を許可する」
アシュリーが満足そうに目を細める。
過度の喜びはない。
まるでそう言われるのをあらかじめ知っていたかのように。
ロランが看守から預かった鍵で独房の鍵穴に差し込んだ。
彼女はすっと立ち上がり、扉が開くのを静かに待った。
魔法を封じる鎖は繋がったままだ。
いきなり逃亡を企てる心配はない。
扉が開いて、アシュリーが焦る様子もなくゆったりとした動作で独房を出る。
手足の自由を制限する鎖に繋がれ、くたびれた囚人服に身を包み、風呂で身体を清めることもできていないというのに。
少しも惨めにならない彼女は一体なんなのだろう。
「それで、私はどこへ移されるのかしら?」
地下牢から出ることを許されたからといって、さすがにすんなり解放されるとは思わなかったようだ。
そしてそれは正しい。
「この塔の三階だ。個室を用意した。せいぜいくつろぐといい」
今からアシュリーを移送するのは、罪を犯した王族や高位貴族が刑の沙汰を待つ間軟禁される部屋だ。
平民の家よりもよほど質のいいその部屋は地下牢とは段違いに環境が整っているが、扉には外側からしか開閉できない鍵がついている。
敵国の捕虜とはいえ、王女という身分を持つアシュリーをそこへ入れるのは適切だろう。
陛下からの許可はすでに下りている。
これからアシュリーは、正式な捕虜として丁重に幽閉されることになるのだ。
国境付近の村に滞在させていた密偵に情報を渡し、カラプタリアに戻らせる。
その四日後の夜に、アシュリーの漏らした秘密が正しかったことを知った。
「カラプタリアでは王女が行方不明になったと大騒ぎらしいですよ」
「だろうな」
報告書を片手に言うロランにランドルフが笑う。
「捕らえた騎士を解放してやるといい」
「よろしいので?」
「アシュリー王女がこちらの手にあることが知れれば、あちらも下手な動きはできんだろう」
ここ数日、久しぶりに前線に動きがあって鬱陶しく思っていたところだ。
少し間が空くと、カラプタリアが思い出したように攻撃してくる。
そのせいで停戦に持ち込むこともできずにいるのだ。
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げ、部下への指示のためロランが速やかに執務室を出ていく。
一人になり、ランドルフは新たに得た情報をもとに戦略を練り直すことに集中した。
アシュリーのもたらす情報の大きさには目を瞠るものがある。
この先もこれらと同等のものが得られるのであれば、終戦に向かう足掛かりになるどころか年内にも決着がついてしまうかもしれない。
もちろん、すべてが真実であればの話ではあるが。
ランドルフ自らも情報の正しさを検証するために、しばし膨大な資料に没頭する。
ふと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
そろそろロランが戻ってくる頃だろうかと考えていると、タイミングよくノックの音が聞こえた。
「大喜びで逃げていきましたよ」
入室するなりロランがため息交じりに言う。
なんというか、カラプタリアの騎士はあまり質が良くないようだ。
うっかりアシュリーに同情しそうになるのを慌てて否定する。
だがそもそも護衛の騎士がしっかりしていたら、第一王女が敵国に捕まるなんてヘマはしなかったはずだ。
情報を引き出すきっかけを作ってくれた彼らには感謝すべきだ。
「悪逆宰相は慈悲深いという噂が流れてしまうな」
「それで困るのはあなたでしょう」
冗談を言うと、ロランが呆れた顔になる。
「それもそうだな」
ランドルフは肩を竦めて同意した。
拷問なんて手間のかかることに時間を割くほど、ランドルフは暇ではない。
この顔と噂を利用して手っ取り早く情報を吐かせることに慣れてしまったから、噂は尾ひれが大きいほど助かるのだ。
「だと思って最後に釘を刺しておきました。これは追いかけっこですので捕まったら鬼に食べられてしまいますよって」
「おまえな……」
その場合、鬼はもちろんランドルフのことを言っているのだろう。
露骨な脅し文句だ。
文句を言おうとロランを見ると、彼は得意げな顔をしていた。
「まあいい。王女のところへ行くぞ」
「は」
その顔にやる気が失せて、仕方なく立ち上がる。
それから仕上げたばかりの書類を脇に積んで、ロランと地下牢のある監獄塔へ向かう。
三度目の拷問の内容はすでに考えていた。
きっとお気に召すことだろう。
あの女のご機嫌を取っていれば、戦況は大きく変わる。
ランドルフにはその確信があった。
独房までの湿気た空気。
薄暗く辛気臭い石壁の中。
余裕の笑みを崩さぬまま、ソファにゆったり腰掛け、アシュリーが王女の貫禄を滲ませて言った。
「それで、今日は一体どのような拷問をご用意いただけましたの? 悪虐宰相様」
自分のもたらす情報の有用性をアシュリーも分かっている。
そしてそれをもっと引き出すために、こちらがどんな対応を取るのかも。
「アシュリー・エヴァーグレン。地下牢からの出獄を許可する」
アシュリーが満足そうに目を細める。
過度の喜びはない。
まるでそう言われるのをあらかじめ知っていたかのように。
ロランが看守から預かった鍵で独房の鍵穴に差し込んだ。
彼女はすっと立ち上がり、扉が開くのを静かに待った。
魔法を封じる鎖は繋がったままだ。
いきなり逃亡を企てる心配はない。
扉が開いて、アシュリーが焦る様子もなくゆったりとした動作で独房を出る。
手足の自由を制限する鎖に繋がれ、くたびれた囚人服に身を包み、風呂で身体を清めることもできていないというのに。
少しも惨めにならない彼女は一体なんなのだろう。
「それで、私はどこへ移されるのかしら?」
地下牢から出ることを許されたからといって、さすがにすんなり解放されるとは思わなかったようだ。
そしてそれは正しい。
「この塔の三階だ。個室を用意した。せいぜいくつろぐといい」
今からアシュリーを移送するのは、罪を犯した王族や高位貴族が刑の沙汰を待つ間軟禁される部屋だ。
平民の家よりもよほど質のいいその部屋は地下牢とは段違いに環境が整っているが、扉には外側からしか開閉できない鍵がついている。
敵国の捕虜とはいえ、王女という身分を持つアシュリーをそこへ入れるのは適切だろう。
陛下からの許可はすでに下りている。
これからアシュリーは、正式な捕虜として丁重に幽閉されることになるのだ。
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