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6 二度目の拷問③
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「……まあいい。とりあえず、次の秘密を話してもらおうか」
とにかくこのまま黙っていても話は進まない。
気を取り直して口を開けば、アシュリーは猫のように目を細めて笑った。
「あら、先払いサービスは最初のひとつだけと約束したでしょう?」
おかしなレートを提示してくるくせに、そういうところはキッチリしているらしい。
「では次の望みを言え」
「いやですわ、虜囚に拷問内容を決めさせるおつもり?」
非常識な提案をする女に非常識だと咎められて、こめかみのあたりがピクリとうずく。
思わず言い返しそうになって、ひとつ深呼吸をした。
腹は立つが、確かにアシュリーの言う通りだ。
主導権はこちらで握るべきなのだ。
一度目の内容をアシュリーに決めさせたのは、あくまでもレートを見定めるためのものに過ぎない。
「そんなわけがあるか。今のは貴様がどう出るか試しただけだ。どうやら身の程を弁えているらしいな」
冷静なフリで誤魔化すと、アシュリーは「ですわよね」と笑って頷いた。
「いいか、今ので貴様の言う幸せレートを把握した。程よい拷問を考えるから少し待っていろ」
そう言って相談のためロランを振り返る。
腹心の部下は、なんだか呆れたような小馬鹿にしたような腹の立つ顔をしていた。
「どんなものが適切だと思う」
「いいように転がされていますね」
何か言いたげなのを無視して小声で問うと、ロランが不敬極まりないことを言って短くため息をついた。
「うるさい。いいからおまえも考えろ」
「ええ……住環境の改善とか?」
ボソボソと声を潜めて対策を練る。
「馬鹿者。いきなりそんな下手に出るやつがあるか。少しずつ吊り上げていけ」
食事内容の向上だけであの情報だ。
大した条件でなくとも、それなりの情報がもらえるのではないか。
最初から好条件を出しては勿体ない。できれば少しずつ刻んでいきたいのが人情というものだろう。
「セコっ」
「当然の戦略だろうが」
「拷問官はあなたなのですから、他の方に考えさせるのもズルですわ」
ロランと言い合っていると、面白がるような声音でアシュリーが割り込んでくる。
まったく、あっちもこっちもうるさくてかなわない。
ぎろりと睨むと、アシュリーはちっとも怖がった様子もなく軽く肩を竦めてみせた。
「では、昨日仰ってた寝床の改善はいかがです」
「ああそうだな。それでいこう」
ロランに言われてポンと手を打つ。
それなら正々堂々とランドルフの案だと言えるはずだ。
「お話はまとまりました?」
見透かしたようなタイミングで朗らかな声がかかる。
「ああ、ちゃんと俺が考えた内容だ」
胸を張って答えて、すぐにベッドのことを伝えようとして思いとどまる。
口頭だけで拷問内容を低く見積もられた結果、それに見合った安い情報を提供されては困る。
「ロラン、城から今すぐに運ばせろ。上等なヤツだぞ」
「かしこまりました」
意図を即座に察したらしいロランが、即座に地下牢から出ていく。
「あら、一体どんな拷問を用意してくださるのかしら」
二人きりになってアシュリーがウキウキと言った。
どう考えても拷問と呼べるものではないのに、アシュリーはあえて楽しそうに拷問という言葉を口にする。
その薄暗い言葉の響きが新鮮なのだろう。
箱入り娘が好奇心から危ないことに首を突っ込みたがるというのは、どこの国でも同じらしい。
「本格的な拷問器具を持ってくるよう命じた」
少しは怖がる素振りの一つも見せたらどうだ。
意地の悪い気持ちでそんなことを言う。
「あら、では今日の秘密は無しですわね」
けれどアシュリーはカケラも怯えた様子を見せず、薄い笑みで答えた。
嘘を見抜かれているのだろう。
拷問で手間と時間をかけるより、王女様の我儘に応えた方が手っ取り早い。
こちらがそう思っていることなど分かっていて、だからこんな馬鹿げた駆け引きを持ち掛けているのだ。
昨日も思ったがこの女、噂ほど馬鹿ではない。
甘やかされ放題で贅沢三昧。
金が足りなければ税を上げればいいと笑い、王侯貴族以外は人ではなく家畜と言い切る。
こちらに聞こえてくるのはそんな噂ばかりだったが、一体どこをどう脚色した結果なのか。
探るような視線を向けるが、アシュリーはそれを泰然と受け止め微笑むばかりだ。
しばらくの間睨み合いとも呼べないような沈黙が続いたが、複数の足音が聞こえてきて中断する。
「お待たせいたしました」
駆け寄ってくるロランの背後には、大きなベッドを担いだ使用人たちがしんどそうな顔でついてきていた。
「まあ!」
それを見てアシュリーが顔を輝かせた。
その表情に、ランドルフはつい見入ってしまう。
ここにきてから一番人間らしい表情に見えたのだ。
ベッドの到着を待ちきれないのか、彼女は椅子から立ち上がり鎖を引きずって鉄格子に近付いた。
「ソファにもなる優れモノです」
使用人たちが床に置いたベッドを指し示し、なぜか誇らしげにロランが言う。
「いいだろう。中に入れろ」
ランドルフが頷くと、ロランが鍵を開けて使用人たちが再びベッドを持ち上げた。
地下牢に不釣り合いな巨大家具を、使用人たちが苦心して牢の小さな扉にねじ込んでいる。
それを囚人服に身を包んだアシュリーがキラキラした目で見ている。
なんだかシュールな光景だ。
無事狭い独房に収まったソファベッドを見て、アシュリーが満足げな顔をしている。
牢の半分以上がソファベッドで埋まっているが、そこは問題ないようだ。
やはり硬い寝床に不満はあったらしい。
「どうだ、情報を吐く気になったか」
牢の扉が開いたままだというのに逃げ出す素振りも見せずに、いそいそとソファ時の背もたれ部分を起こしているアシュリーに問う。
「あっぱれ! 素晴らしい拷問ですわ! わたくしの負けです!」
やけに凛々しい顔つきで言って、ぼふんとソファに腰を下ろした。
それからベッドと引き換えに重大な秘密を話し始める。
やはり噂通りの馬鹿かもしれない。
ランドルフは半眼になりながらその秘密を聞いた。
この三日間でアシュリーの評価は二転も三転もして、ランドルフの中でいつまでも定まりそうになかった。
とにかくこのまま黙っていても話は進まない。
気を取り直して口を開けば、アシュリーは猫のように目を細めて笑った。
「あら、先払いサービスは最初のひとつだけと約束したでしょう?」
おかしなレートを提示してくるくせに、そういうところはキッチリしているらしい。
「では次の望みを言え」
「いやですわ、虜囚に拷問内容を決めさせるおつもり?」
非常識な提案をする女に非常識だと咎められて、こめかみのあたりがピクリとうずく。
思わず言い返しそうになって、ひとつ深呼吸をした。
腹は立つが、確かにアシュリーの言う通りだ。
主導権はこちらで握るべきなのだ。
一度目の内容をアシュリーに決めさせたのは、あくまでもレートを見定めるためのものに過ぎない。
「そんなわけがあるか。今のは貴様がどう出るか試しただけだ。どうやら身の程を弁えているらしいな」
冷静なフリで誤魔化すと、アシュリーは「ですわよね」と笑って頷いた。
「いいか、今ので貴様の言う幸せレートを把握した。程よい拷問を考えるから少し待っていろ」
そう言って相談のためロランを振り返る。
腹心の部下は、なんだか呆れたような小馬鹿にしたような腹の立つ顔をしていた。
「どんなものが適切だと思う」
「いいように転がされていますね」
何か言いたげなのを無視して小声で問うと、ロランが不敬極まりないことを言って短くため息をついた。
「うるさい。いいからおまえも考えろ」
「ええ……住環境の改善とか?」
ボソボソと声を潜めて対策を練る。
「馬鹿者。いきなりそんな下手に出るやつがあるか。少しずつ吊り上げていけ」
食事内容の向上だけであの情報だ。
大した条件でなくとも、それなりの情報がもらえるのではないか。
最初から好条件を出しては勿体ない。できれば少しずつ刻んでいきたいのが人情というものだろう。
「セコっ」
「当然の戦略だろうが」
「拷問官はあなたなのですから、他の方に考えさせるのもズルですわ」
ロランと言い合っていると、面白がるような声音でアシュリーが割り込んでくる。
まったく、あっちもこっちもうるさくてかなわない。
ぎろりと睨むと、アシュリーはちっとも怖がった様子もなく軽く肩を竦めてみせた。
「では、昨日仰ってた寝床の改善はいかがです」
「ああそうだな。それでいこう」
ロランに言われてポンと手を打つ。
それなら正々堂々とランドルフの案だと言えるはずだ。
「お話はまとまりました?」
見透かしたようなタイミングで朗らかな声がかかる。
「ああ、ちゃんと俺が考えた内容だ」
胸を張って答えて、すぐにベッドのことを伝えようとして思いとどまる。
口頭だけで拷問内容を低く見積もられた結果、それに見合った安い情報を提供されては困る。
「ロラン、城から今すぐに運ばせろ。上等なヤツだぞ」
「かしこまりました」
意図を即座に察したらしいロランが、即座に地下牢から出ていく。
「あら、一体どんな拷問を用意してくださるのかしら」
二人きりになってアシュリーがウキウキと言った。
どう考えても拷問と呼べるものではないのに、アシュリーはあえて楽しそうに拷問という言葉を口にする。
その薄暗い言葉の響きが新鮮なのだろう。
箱入り娘が好奇心から危ないことに首を突っ込みたがるというのは、どこの国でも同じらしい。
「本格的な拷問器具を持ってくるよう命じた」
少しは怖がる素振りの一つも見せたらどうだ。
意地の悪い気持ちでそんなことを言う。
「あら、では今日の秘密は無しですわね」
けれどアシュリーはカケラも怯えた様子を見せず、薄い笑みで答えた。
嘘を見抜かれているのだろう。
拷問で手間と時間をかけるより、王女様の我儘に応えた方が手っ取り早い。
こちらがそう思っていることなど分かっていて、だからこんな馬鹿げた駆け引きを持ち掛けているのだ。
昨日も思ったがこの女、噂ほど馬鹿ではない。
甘やかされ放題で贅沢三昧。
金が足りなければ税を上げればいいと笑い、王侯貴族以外は人ではなく家畜と言い切る。
こちらに聞こえてくるのはそんな噂ばかりだったが、一体どこをどう脚色した結果なのか。
探るような視線を向けるが、アシュリーはそれを泰然と受け止め微笑むばかりだ。
しばらくの間睨み合いとも呼べないような沈黙が続いたが、複数の足音が聞こえてきて中断する。
「お待たせいたしました」
駆け寄ってくるロランの背後には、大きなベッドを担いだ使用人たちがしんどそうな顔でついてきていた。
「まあ!」
それを見てアシュリーが顔を輝かせた。
その表情に、ランドルフはつい見入ってしまう。
ここにきてから一番人間らしい表情に見えたのだ。
ベッドの到着を待ちきれないのか、彼女は椅子から立ち上がり鎖を引きずって鉄格子に近付いた。
「ソファにもなる優れモノです」
使用人たちが床に置いたベッドを指し示し、なぜか誇らしげにロランが言う。
「いいだろう。中に入れろ」
ランドルフが頷くと、ロランが鍵を開けて使用人たちが再びベッドを持ち上げた。
地下牢に不釣り合いな巨大家具を、使用人たちが苦心して牢の小さな扉にねじ込んでいる。
それを囚人服に身を包んだアシュリーがキラキラした目で見ている。
なんだかシュールな光景だ。
無事狭い独房に収まったソファベッドを見て、アシュリーが満足げな顔をしている。
牢の半分以上がソファベッドで埋まっているが、そこは問題ないようだ。
やはり硬い寝床に不満はあったらしい。
「どうだ、情報を吐く気になったか」
牢の扉が開いたままだというのに逃げ出す素振りも見せずに、いそいそとソファ時の背もたれ部分を起こしているアシュリーに問う。
「あっぱれ! 素晴らしい拷問ですわ! わたくしの負けです!」
やけに凛々しい顔つきで言って、ぼふんとソファに腰を下ろした。
それからベッドと引き換えに重大な秘密を話し始める。
やはり噂通りの馬鹿かもしれない。
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