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5 二度目の拷問②
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「それで、貴様はなにを望む」
アシュリーを捕らえた二日後の夜。
ランドルフは地下牢まで出向いて、挨拶もなく彼女に問う。
「あら、もう真偽の確認が済んだんですの?」
不躾な態度にちらりとも不快な顔をせず、たおやかな笑みでアシュリーが迎えた。
こうなることは予測済みだったようだ。
「思ったよりお早いご来訪ですこと。優秀な部下をお持ちのようで羨ましい限りですわ」
本心なのか皮肉なのか。
薄暗い照明下の表情は読みづらく、ランドルフの眉間にシワが寄る。
「無駄口を叩くな。早く望みを言え」
アシュリーの言う通り、密偵は秘密の小部屋を発見していた。
厩舎の裏の手入れもされていない、無造作に草の生えた区画の地面に隠し扉があったのだ。
世紀の大発見だと大興奮の密偵に、報告を受けた部下がすでに入手済みの情報だと伝えるのは心苦しかったらしいとあとで聞いた。
鍵がないので中を確かめることはできなかったが、周辺の土色の変化や音の響き方で一家族分ほど入れる空間がありそうだと判断できたらしい。
「せっかちですこと。モテませんわよ」
揶揄うようにアシュリーが言う。
三日間も地下牢に閉じ込められているというのに、余裕の笑みはとても強がりには見えなかった。
看守の報告によると、ランドルフたちが去った後ものほほんとした様子で過ごしていたらしい。
硬いベッドにも繋がれた鎖にも文句を言わず、それどころか引くほどに熟睡していたそうだ。
それを裏付けるように、アシュリーは妙にすっきりした顔をしている。
普通の囚人であれば、少なくとも最初の一週間は恐怖と緊張でまともに眠れないはずなのに。
娯楽もなく風呂にも入れないのに文句を言う様子もなく、初日と変わらぬ偉そうな態度だ。
どうやら隣国の姫君は相当に神経が太いらしい。
すでに粗末な囚人服に着替えさせられているというのに、どうにもみすぼらしく見えないのはなぜだろう。
「ちょうど定時報告だったのかしら。タイミングばっちりでしたわね」
「余計な詮索をするな。俺は望みを聞いている」
見透かすようなことを言われても不遜な態度は崩さない。
慣れ合うつもりはなかった。
密偵からの報告を聞いた後、ロランは「こちらがすでに得た情報だったということで別の情報を引き出すべきでは」と言った。
それも一理ある。
だが今回の目的はアシュリーが話す情報の正確さと、対価にどの程度のものを望むか知ることだ。
ロランもそれで納得したのか、今はランドルフの背後におとなしく控えている。
拘束を解けとか、捕虜用の地下牢ではなく貴人用の牢に移せとか。
その程度だったら対応してやってもいい。
それ以上を望むようであれば、身の程知らずめと笑ってやるつもりだった。
アシュリーは顎に人差し指を当て「うーん、そうですわね」と考えるようなそぶりを見せた後、パッと顔を輝かせた。
「では、パンを所望いたします」
「……は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「パンだけでよろしいのですか?」
二の句が継げないランドルフの代わりに、ロランが訝しげに問う。
するとアシュリーは「まさか」と鼻で笑った。
それはそうだ。あの情報の対価がパンひとつであるはずがない。
少しホッとして続く言葉を待つ。
「柔らかいパンと、具だくさんの温かいスープ。それから食後の紅茶を一杯。ああもちろん一度きりではなくてよ? 決まった時間に三食必ず。これだけは譲れませんわ」
アシュリーが胸を張って言い切るのを聞いて再び言葉を失う。
確かに囚人に出される食事はカチカチの黒パンと冷え切ったスープ、それに水だけだ。
不満があるのは分かる。改善を望むのも理解できる。
だがこれではまるで庶民の望みだ。しかもかなりの貧困層の。
あの情報にはとても釣り合わない。
せめて城の使用人レベルの食事を要求するべきだ。
「幸せレートぶっ壊れてませんか」
ロランが背後でボソリと言う。
彼の言うことはもっともだ。
果たしてアシュリーは本気で言っているのだろうか。
情報の価値が分かっていないのか。
分かった上でこちらを揶揄っているのか。
投獄されてから変わらぬ不敵な笑みからは、その真意を読み取ることはできなかった。
「……看守に伝えておこう」
とはいえこちらからもっといいものを提供しようと言うのもおかしな話なので、前言撤回される前にその条件を呑むことにする。
「明日の朝食からお願いいたしますね」
要求が通ったと見て、今日の夕食をすでに終えているアシュリーが嬉しそうに言う。
冗談だと言われるかと身構えたのに、それもない。
無茶苦茶な要求をされるだろうと出方を窺うつもりだったのに、完全なる肩透かしを食らってランドルフはムッツリした顔で考えて込んでしまった。
アシュリーを捕らえた二日後の夜。
ランドルフは地下牢まで出向いて、挨拶もなく彼女に問う。
「あら、もう真偽の確認が済んだんですの?」
不躾な態度にちらりとも不快な顔をせず、たおやかな笑みでアシュリーが迎えた。
こうなることは予測済みだったようだ。
「思ったよりお早いご来訪ですこと。優秀な部下をお持ちのようで羨ましい限りですわ」
本心なのか皮肉なのか。
薄暗い照明下の表情は読みづらく、ランドルフの眉間にシワが寄る。
「無駄口を叩くな。早く望みを言え」
アシュリーの言う通り、密偵は秘密の小部屋を発見していた。
厩舎の裏の手入れもされていない、無造作に草の生えた区画の地面に隠し扉があったのだ。
世紀の大発見だと大興奮の密偵に、報告を受けた部下がすでに入手済みの情報だと伝えるのは心苦しかったらしいとあとで聞いた。
鍵がないので中を確かめることはできなかったが、周辺の土色の変化や音の響き方で一家族分ほど入れる空間がありそうだと判断できたらしい。
「せっかちですこと。モテませんわよ」
揶揄うようにアシュリーが言う。
三日間も地下牢に閉じ込められているというのに、余裕の笑みはとても強がりには見えなかった。
看守の報告によると、ランドルフたちが去った後ものほほんとした様子で過ごしていたらしい。
硬いベッドにも繋がれた鎖にも文句を言わず、それどころか引くほどに熟睡していたそうだ。
それを裏付けるように、アシュリーは妙にすっきりした顔をしている。
普通の囚人であれば、少なくとも最初の一週間は恐怖と緊張でまともに眠れないはずなのに。
娯楽もなく風呂にも入れないのに文句を言う様子もなく、初日と変わらぬ偉そうな態度だ。
どうやら隣国の姫君は相当に神経が太いらしい。
すでに粗末な囚人服に着替えさせられているというのに、どうにもみすぼらしく見えないのはなぜだろう。
「ちょうど定時報告だったのかしら。タイミングばっちりでしたわね」
「余計な詮索をするな。俺は望みを聞いている」
見透かすようなことを言われても不遜な態度は崩さない。
慣れ合うつもりはなかった。
密偵からの報告を聞いた後、ロランは「こちらがすでに得た情報だったということで別の情報を引き出すべきでは」と言った。
それも一理ある。
だが今回の目的はアシュリーが話す情報の正確さと、対価にどの程度のものを望むか知ることだ。
ロランもそれで納得したのか、今はランドルフの背後におとなしく控えている。
拘束を解けとか、捕虜用の地下牢ではなく貴人用の牢に移せとか。
その程度だったら対応してやってもいい。
それ以上を望むようであれば、身の程知らずめと笑ってやるつもりだった。
アシュリーは顎に人差し指を当て「うーん、そうですわね」と考えるようなそぶりを見せた後、パッと顔を輝かせた。
「では、パンを所望いたします」
「……は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「パンだけでよろしいのですか?」
二の句が継げないランドルフの代わりに、ロランが訝しげに問う。
するとアシュリーは「まさか」と鼻で笑った。
それはそうだ。あの情報の対価がパンひとつであるはずがない。
少しホッとして続く言葉を待つ。
「柔らかいパンと、具だくさんの温かいスープ。それから食後の紅茶を一杯。ああもちろん一度きりではなくてよ? 決まった時間に三食必ず。これだけは譲れませんわ」
アシュリーが胸を張って言い切るのを聞いて再び言葉を失う。
確かに囚人に出される食事はカチカチの黒パンと冷え切ったスープ、それに水だけだ。
不満があるのは分かる。改善を望むのも理解できる。
だがこれではまるで庶民の望みだ。しかもかなりの貧困層の。
あの情報にはとても釣り合わない。
せめて城の使用人レベルの食事を要求するべきだ。
「幸せレートぶっ壊れてませんか」
ロランが背後でボソリと言う。
彼の言うことはもっともだ。
果たしてアシュリーは本気で言っているのだろうか。
情報の価値が分かっていないのか。
分かった上でこちらを揶揄っているのか。
投獄されてから変わらぬ不敵な笑みからは、その真意を読み取ることはできなかった。
「……看守に伝えておこう」
とはいえこちらからもっといいものを提供しようと言うのもおかしな話なので、前言撤回される前にその条件を呑むことにする。
「明日の朝食からお願いいたしますね」
要求が通ったと見て、今日の夕食をすでに終えているアシュリーが嬉しそうに言う。
冗談だと言われるかと身構えたのに、それもない。
無茶苦茶な要求をされるだろうと出方を窺うつもりだったのに、完全なる肩透かしを食らってランドルフはムッツリした顔で考えて込んでしまった。
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