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プロローグ

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宮殿から少し歩いたところにある小さな監獄塔。

刑場にほど近く、ひっそりと佇むその塔の階段を、長身の男が地下に向かって降りていく。

ひんやり冷たい石壁。
鉄格子から漂う金属臭。
地上階とは明らかに違う、湿った空気。

石の床に硬質な靴音が響く。
男は雑居房にいる無気力な目をした囚人たちに目もくれず、狭い通路を急いだ。

地下牢の一番奥。
通路の突き当りにある独房。

その鉄格子の前で男は足を止めた。

「顔を上げろ、アシュリー・エヴァーグレン」

高圧的に命令する。

男の来訪にはとっくに気づいていたはずだ。
それなのに彼女はようやくゆっくりと顔を上げた。

薄っぺらい囚人服。
乱れた髪。
薄汚れた肌。

それでも彼女は不敵に笑う。
化粧もしていないのに、やけに紅い唇で。

「……ようこそ、ランドルフ・アーキンズ宰相閣下」

それから恐怖のカケラもない、滑らかな声で男の名を呼んだ。

「閣下自ら地下牢にご訪問とは、ずいぶんとお暇ですのね?」

彼女は嘲るように言って、妙になまめかしい仕草で小首を傾げた。

「敵国の王女から情報を引き出すのも俺の仕事なんでね」
「楽しそうなお仕事ですこと。でもわたくしもおしゃべりは嫌いじゃないわ」

皮肉でもなくにっこりと笑ってアシュリーが答える。
囚人らしからぬ余裕だ。

「そうだな。せいぜい楽しく話をしようじゃないか」

だが挑発的な態度を諫める気にならないのはなぜか。

彼女に翻弄されている自覚はある。
虜囚らしくない虜囚。

ランドルフにとって、彼女のような人間は初めてだった。

「この国の行く末を決める、大事な話をな」
「あらあら責任重大ですわね。この華奢な肩に王国の未来を背負わせるなんて」

とんでもないお方、とアシュリーが笑う。

「貴様にはそれだけの価値がある、ということだ」
「ご期待にお応えすることができるといいのだけど」

困ったように眉尻を下げて、細い指先を顎に当てる。
まるで自分の立場を理解していないかのような呑気さだ。

彼女と話していると、ここが地下牢であることを忘れてしまいそうになる。

「お手柔らかにお願いしますわ」
「ならばせいぜい素直に情報を吐くことだな」

脅すように声を低めても、彼女は余裕の笑みを浮かべるばかり。
まるで拷問官であるランドルフを嘲笑うかのように。

「では、始めましょうか」

それからアシュリーは挑発的に目を細め、口の端をニィっと吊り上げた。

彼女は優雅に足を組む。
まるで君主のような振る舞いだ。

「それで、今日は一体どのような拷問をご用意いただけましたの? 悪虐宰相様」

敵国カラプタリアの第一王女、アシュリー・エヴァーグレン。

彼女を捕らえてからおよそ一週間。

悪虐宰相と呼ばれ周辺諸国に恐れられる、ランドルフ・アーキンズによる三度目の拷問が今始まろうとしていた。
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