双星のギリカ・カーレ

 梨々帆

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掲示板事件2

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 授業中でさえアリシオ郡の生徒はいつもより落ち着きがない。自分たちの寮内が荒らされた話題で生徒たちの話が尽きることはなかったからだ。
おかげで、レニアは授業中に対抗試合の内容を周りの騒ぎに紛れて教えてもらうことができたのだが。
郡将たちの説明よりはるかに詳しい事が書いてあったと言われて、レニアは覚えてる分だけの内容を教えてもらいノートにメモをしておく。
 昼食時に彼女がマルスにそのメモを見せると、彼は内容の重要さに溜め息をついた。

「こんな大事なこと、どうして一人ずつ配らないかな」

「応募性だからだと思う。全員出なくてもいいのね」

レニアはそう言いながらもマルスを見た。

「あのね、昨日マレーシャと話していて、私もずっと思っていたんだけど。
マルス、私たち六人で対抗試合に出てみない?」

「六人ってことは、僕と君とレセン、マレーシャとナップ、シュナベルの六人?」

「うん、いつもの六人よ」

レニアは少し期待を込めてマルスに言った。
もっとも彼が断るとも思っていなかったが。

「もちろん、僕もみんなと出るよ。
他のみんなもそれでいいって?」

「ううん、まだ聞いてないの。
でも、マルスが出るならシュナベルとナップもレセンも出ると思うよ。
だって、みんなあなたをチームに入れたがるだろうから」

マルスは嬉しそうに微笑んだ。

「そうかな…。じゃあ、今後みんなと話さないとね。応募用紙は僕が取っておくよ」

「ありがとう、よろしくね」

レニアはそう言うと次の教室移動のためその場を立ち去ろうとし、一瞬踏みとどまってマルスの方を見た。

「ついでに私、マルスがチームのリーダーでもいいと思う。用紙に自分が大将だって書いちゃえば」

こればかりは彼も反論するだろうと思っていたのだが、レニアが驚いたことにマルスはまた嬉しそうに微笑んだだけだった。

 午後からの授業もアリシオ郡の掲示板の噂は収まるどころではない。
午後にもなると他郡内でもその話は飛び交い、今日一日持ちきりの話題となった。
一日の締めくくり、郡学の授業では郡監のカークライン先生が落ち着きのない一年生を叱責した。

「静かにせんかい、一年生坊主ども!!
お前たちが今日一日どんな様子だったかは聞いておるぞ!」  

カークライン先生は寮の広間の隅々まで目を光らせていた。眼鏡の奥にある目に、生徒が少しでも隣の席の子に話しかけようとする姿が入るものなら、その度に怒鳴っていた。

「全く、あろうことかこのアリシオ郡が…。
知の海の如く、青く知的なアリシオ郡が。
そして、この寮内にも…」
 
カークライン先生は怒鳴ってはぶつぶつ小言を言うのを繰り返している。
そんな先生に一人の生徒が質問をした。

「あの…先生…?」

勇敢なのか、はたまた鈍感なのかはわからないが、おずおずと手を挙げたのはマルスたちと同じ階にすんでいるフリットという生徒だった。
先生は更に眼光を鋭くしたが、質問をゆるした。

「どうしたんじゃ」

「あの…寮の掲示板はいつ元に戻りますか?」

「掲示板に何か特別な用でもあるのかね?」

イライラ声で問い返され、フリットはたじろいだが、すぐにマルスが手を挙げて答えた。

「先生。僕を含む数人の生徒は、対抗試合について書かれている掲示物を見れていません。郡将の先輩たちは僕たち一年生が早く対抗試合について動きだすように言っています。
だから、なるべく早く対抗試合について知りたいのですが…」

マルスの返答には、カークライン先生の機嫌を少し良くする効果が含まれていた。
郡将たちが言ったように各郡監の先生たちは対抗試合に意欲的に取り組むことを望んでいるらしい。おまけに、マルスはどこをどう見ても非の打ち所がない優等生だ。
率先して授業の邪魔をした例がない。

「ふむ、対抗試合の掲示物が見たいとな。
よろしい、ではロード。授業の終わりに郡監室まで来なさい。一枚渡してあげよう。
その他に見ていない生徒には君から回すように」

カークライン先生はキビキビとそう言うと郡学に戻ろうとしたが、また別の声が遮った。

「先生、最後に掲示物を持っていた生徒は、
掲示板が直ったら貼るべきですか?」

フリットの隣の席に座った生徒からの質問だ。
いい加減にしろっと今にも叫び出しそうな声を抑えて、カークライン先生は変な顔になった。

「いや、それには及ばん。
わしが新しい物をもう一枚貼っておこう。
しかし…」

怒鳴られるよりはましだが、幾分か怒りが交じった声が続けた。

「お前たちはどうしても掲示板を荒らした首謀者が知りたいようだね。では、言っておこう。犯人はまだ見当がつかない状態じゃ、
もしかしたら、何らかの魔法動物かもしれぬ。それがはっきりするまで掲示板前の囲いは外さぬ。うかつに触れようとするものなら、夜中から次の朝までわしと共に調査をしてもらうぞ」

脅しのつもりで言ったのだろうが、最後の言葉には何人かの生徒が面白そうに反応した。
少なくとも、レニアたちの中ではナップが犯人がまだ分からないとか、夜の調査だとか、魔法動物といった単語に反応している。
余計なことを口走ったと気付いたカークライン先生の機嫌がまた少し悪くなり始めそうだったので、レニアは近くで興味が湧いたような顔をしているナップを肘で小突いた。
せっかくマルスがもっともで真面目らしいことを言ったのに、予想以上に郡学が進まなかったことでカークライン先生は週明けにレポートにして提出する宿題を出した。
今まで郡学の授業で宿題を出されたことがない生徒たちは不満そうに呟き始める。 
しかし、そのささやかな声でさえ広い集めるほど、先生の耳は遠くなかった。

「お前たちは少し、百科事典でも読んで黙っておれ!!!」

 カークライン先生の怒鳴り声は授業終了のチャイムにも負けていなかった。
生徒たちは先生の怒号から逃げるように各々の部屋に戻って行く。
その中で、レニアたちは授業後すぐに郡監室へ向かったマルスを共同部屋で待っていた。
部屋に戻りたそうなレセンは別として、みんなマルスの身を案じた。
あんなに機嫌が悪かったカークライン先生は始めてだ。普段は気難しい雰囲気ではない人なのだから。マルスがチャイムとほとんど同時に郡監室に向かったのは賢明としか言いようがなかった。
しばらくして、マルスは一枚の紙を筒状にして現れた。最後の最後に先生の機嫌を損ねたかもしれない、と罪悪感があったナップが真っ先に走り寄る。

「カークライン先生はまだ怒っていたか?」

「いや、ただ少し大変そうだった。
掲示板の解決の見込みがたっていないような状況かな。机の上に足跡だらけの掲示物が置いてあった」

「本当に、何かの動物がいるの?
鳥みたいだった?」

レニアは自分も見てみたかったという感情を込めて聞いた。
マルスはやっと見れた対抗試合の掲示物を大切そうに両手で持って眺めている。

「いや、よく分からなかった。何しろ、先生がすごく忙しいそうで、郡監室にあまり長く入れなかったんだ」

「たかが誰かの悪戯か、動物が迷いこんだだけだろ。何でそんなに必死になるんだ?」 

ナップの疑問にはレニアも同感だった。
二人だけでなく、マレーシャとシュナベルも同じことを思ったようだが、マルスとレセンだけはそんな当たり前のことを、という顔をしてナップを見る。
二人は悪戯であっても全力で対処すべきとでも思っているのだろうか。

「それこそ、悪戯だったらほっとけばいいの。誰かが密告するのを待てばいいんだから」

レセンが答えてくれたが、レニアたちは更に分からないという困った表情をする。

「問題は足跡が本当に何らかの魔法動物だった場合。もし、魔法動物を放棄しておいて、生徒に被害を与えたら大変だから。
魔法動物は人間よりはるかに強い魔力を持っている種もあるから、小型といえども侮れないの」

「ギリカ・カーレは魔術を教えている学校だからね、校内に魔力がたまりやすいんだ。だから、魔法動物とかあまり良くない気とかが集まりやすい場所でもある。
生徒に何かあってからじゃ遅いからね。
先生たちも必死になるわけだよ」

四人が一応納得する様子を見せると、マルスは急にハキハキと興奮を隠しきれない様子になった。

「さぁ、せっかくみんな集まっているんだから、対抗試合の話をしようか」

 マルスは白い丸テーブルに詳細が書かれた用紙を置いてみんなを集めた。
レニアたちは彼の後ろを追う形でテーブルに集まる。

「あ~あ、せっかくの白いテーブルが。
誰かがインクでもこぼしたんだな」

ナップが別に残念そうでもない声を上げた。
レニアが声につられて見ると、雪みたいな白色の一カ所に不確かな形の薄い灰色がかかっている。まっさらな紙にこぼしたインクがじわじわと浸食していくのを拭き取ったような感じで。

「こんなに白いテーブルじゃ、拭いたところで意味がないみたいだね」

マルスも白い丸テーブルに同情する気はないらしい。さっきと同じようにハキハキと対抗試合について話始めた。

「じゃあ、みんなに聞くけど、この中で対抗試合に出たくない人はいる?」

全員が揃えて首を振った。

「全員参加っていうことでいいね。
じゃあ、チームの大将だけど…」

「私、あなたがいいと思う。マルス」

レニアはマルスの声を遮って言った。

「前にもそう言ったもの」

「私もレニアに賛成。マルスがいいんじゃない?」

マレーシャが続けて言い、レセンも頷いた。

「そうだね、僕も君が一番適性があると思う」

シュナベルもそう言ったが、マルスは少し浮かない顔をした。

「別に僕だって決まったわけじゃないんだ。
レニアだってさっきそう言ったからって、そうする必要もないし、正直嬉しいんだけど、大将が負ければチームは負けるんだ。
もっと慎重にならないといけないと思う」

「慎重ねぇー、この六人の中で君が一番そうだと思うけどな」

「少なくとも君じゃあり得ないね、ナップ」

「あぁ、そうだとも。自覚ありだ」

ナップはシュナベルをきつく一瞥してからすぐにマルスに顔を戻した。

「それに、対抗試合について一番真剣だったのはマルスだしな。俺たちとしてはマルスがやってくれる方が安心なんだけどな」

ナップにそう諭されてもマルスはまだ実力がどうだか、やりたい人がどうだか言っていたが、最終的にはマレーシャに一喝されて承諾した。

「あなたさっき正直嬉しいって言ってたじゃない!六人中、五人が賛成であなた自身も嬉しいのなら、全員賛成みたいなもんだわ。
対抗試合の話を持ち出したのはあなたなんだから、責任を持ちなさい!!」

レニアは凄い言いようだと思って聞いていたが、それは言わないことにした。
けれど、彼女のおかげでチームの大将がマルスに決まり、六人はようやくそれぞれの部屋に戻ることが許されたのだ。
マレーシャに一喝された我らが大将マルスは、未だにその衝撃が抜けていないようだったが…

















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