双星のギリカ・カーレ

 梨々帆

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アリシオ郡

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 レニアがアリシオ郡を選び、ドアの外に出て、リーサに今までのことを報告した後はアリシオ郡の寮の入口にいた。
 レニアと同じアリシオ郡の一年生はアリシオ郡の六年生から説明を受けている。

「いいかい、アリシオ郡の入口は寮の右側の扉から入るんだ。
その時に鏡を出して我、ルカナヴィーアの鏡を持つと言うんだ。
鏡を出しただけでは寮へは入れない。
これは合言葉みたいなものだからしっかり言うように。
いい、ルカナヴィーアだよ。
恥ずかしがってたら、いつまでたっても寮には入れないからな、男子諸君」

六年生は少し気乗りしなさそうな男子生徒を見て言った。
何人かの生徒はがっかりしたように見える。
一番最初に寮に入るのは六年生が手本を見せてくれた。
全く難しいことはないとレニアは感じたが、男子生徒を思うと少し気の毒だ。
この年頃の男子なら、鏡を持ち歩くだけでも抵抗を感じるかもしれないのに、それを高々と提示するように言うのはやっぱり嫌なのかもしれない。
アリシオ郡の鏡は確かに綺麗なのだが、それはどちらかと言えば女性向きな美しさから感じられるものだ。
寮の中まで鏡みたいな感じだったら、もっと気の毒なことだ。
 しかし、足を踏み入れた寮内はさすがにそんなことはなかった。
そこには青を基調とした空間が広々と広がり、本棚に、清潔そうな白い丸テーブル、レースのカーテンが付いた窓が見事に調和している。おまけに、座り心地が良さそうなソファーにクッション、新聞なんかも揃っている。ここは生徒にとっての憩いの場に違いない。
 しかも、部屋の隅には一年生たちの荷物がまとめておいてあった。
上級生がここまで運んでくれたのだろう。
この光景には男子生徒のみならず女子生徒も感嘆した。
 部屋には暖炉やストーブといった暖房器具が見当たらなかったが、それでも中はとても暖かくて快適な温度だった。
 一年生が周りをキョロキョロ見渡してはしゃいでいるなか、六年生は先頭をきって部屋の奥にある三日月が描かれた扉をバーンと勢いよく両手で開けた。
 左右に大きく扉を開かれた直後、キラキラと光るカラフルな物が破裂音と一緒に舞い上がった。クラッカーだった。
破裂音に耳を塞いでいた先頭の六年生は一年生に中に入るように促した。
一年生がおずおずと足を踏み入れると、誰かが横で口笛を吹く。
アリシオ郡の生徒は一年生が通れるように道を開けて拍手していた。
何人かの生徒は横長に「ようこそ!アリシオ郡へ」と書かれた紙を広げてにっこりする。
レニアが空けてくれた道を進んでいると、中にクレンとサムの姿を見つけた。
二人はレニアにとても嬉しそうに手を振ってくれる。
お祝いムード全開のなか一年生が全員入りきると、一人の青年が壇上に上がった。
彼は高らかに告げる。

「アリシオ郡を選び取った一年生の諸君、入学おめでとう!
そして、ようこそアリシオ郡へ。
僕はアリシオ郡の郡将、パース・カークラインだ。君たちとここで会えたことに感謝したい」

ここでまた拍手が湧き上がった。
パースは涼しい笑顔のまま続ける。

「僕は六年間このギリカ・カーレで過ごしてきて、一番素晴らしい時をこの郡と共に経験している。
だから、自信を持って言おう、アリシオ郡は決して君たちを失望させない!
この郡は仲間と協力しあい、戦略で攻めあがっていく郡だ。君たちとの間にどんな絆で結ばれ、そこからどんな策が立ち上がるのか待ち遠しい。
失敗策は受け止めよう、成功策はより良いものへ、新たなアリシオ郡の誕生を祝って、乾杯!!」

 パースがいつから持っていたのか、ガラスのコップを大演説に合わせて掲げた。
他のアリシオ郡の生徒もパースの大演説の間にそれぞれ配られたコップを掲げる。
乾杯が合図となってアリシオ郡での歓迎パーティーが始まった。
 レニアはコップを持ちながらクレンの姿を探し回った。
だが、あまりの人の多さにクレンの目立つ金髪でさえ見つからない。
金髪頭がたくさんいて、それだけで目が回りそうだ。
それでも、レニアはめげずにクレンを探そうと思った。
それ以外にやることが見つからなかったし、楽しいムードのこの空間に一人でユラユラしているのは惨めに思えたからだ。
レニアはとりあえず見渡せる範囲で金髪頭を目で追っていった。
 すると、六人目くらいである男の子と目が合った。少し気恥ずかしくなった彼女は目を逸らそうとしたが、向こうが友好的にも声をかけてきた。

「やぁ、誰か探しているの?」

「えぇ、兄を探しているの」

レニアは答えながら俯いた。
人を探していることが分かったということは、彼女がウロウロしているところを見られていたということだ。
一層恥ずかしさが増したレニアに構わず彼は質問を続けた。

「お兄さん?何年生?」

「五年生。人混みに紛れて見つからないの」
 
「僕にも兄がいるけど、君のお兄さんとは他学年になるね。
僕の兄は三年生だから。
ねぇ、良かったら探すのを手伝わせてくれない?」

 予想外の申し出にレニアは驚いて顔を上げた。
「そんなの、悪い」と言おうとした彼女の前で知的に笑った顔に見覚えがあった。
 クレンとは違う系統の金髪が耳を覆う髪型は、入学式で脚光を浴びたあの彼のものだ。

「あなた入学式の代表生?」

更に驚いた顔でレニアが聞き返す。
目の前の少年は照れたようにはにかんだ。

「顔覚えていてくれたんだ。
ありがとう。
僕、ひどく緊張していたけど、うまくいったように思うんだ。」

「とてもすごかった!本当にびっくりしたもの。あれは、その、あなたの魔術なの?まさか全部?」

レニアは入学式からずっと不思議続きだった一つをようやく解くことができるのが嬉しかった。
 彼はレニアの質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。
入学式の演出は最初の部分だけ彼の魔術によるものだとか、郡将パースがいつの間にか持っていたコップも魔術の力によるものだったとか。彼は魔術師としての力を磨くために入学したことなどの自分のことも教えてくれた。
 レニアは彼といるのがとても頼もしいことのように思えてきた。
他の一年生はただ周囲の様子に驚くだけだが、彼だけは他の一年生よりも知らないことを知っていた。
それに、理知的な目も魅力があった。
 彼はマルス・ロードと名乗った。
レニアはマルスにクレンを探すことを手伝ってもらうことにした。
でも、クレンを探すというよりも、二人で会話をしている方が多かった。
レニアとマルスはジュースをおかわりしたり、テーブルに綺麗に盛り付けられたお菓子を摘まんだりしながら、自分たちのことを喋って過ごしていた。
途中ようやく巡り会えたクレンとサムにレニアはマルスを紹介した。
二人は今年の代表生徒とレニアが既に知り合っていることにびっくりしたが、クレンはほっとしたような表情を見せた。
 レニアが思っていたより早く歓迎会はお開きとなった。
一年生はそれぞれの荷物を持って今度は自室へと足を向かう。
彼女の部屋は三階で、一年生が後二人いる三人部屋だった。
マルスと別れ、三階まで一気に登り、自室に荷物を置いたことでレニアの緊張続きだった一日がやっと終わったような気がした。
 綺麗なベッド、使われるのが待ち遠しそうな新品の机と椅子にレニアはどことなく満足した気分になった。
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