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[改 注文の多い料理店]

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注意:この話は宮沢賢治『注文の多い料理店』をベースに、大幅に改変しています。


一人の若い男が普通のシャツを着て、リュックを背負い、電車の終わりまでこんなことを思いながら乗っていました。
「こんな駅まで誰も乗らないもんだ。人っ子一人いやしない」
それはだいぶ田舎の方でした。地図アプリで確認してみても不安になるぐらいの静けさで、男はまた頭を傾げたまま進みました。
あんまりに寂れた商店街や、住宅街が続くものですので、これまた不安になりながらも自動販売機を探しました。
「じつにぼくは百三十円の損害だ」
値段が上がったのです。無駄遣いしたときのレシートもでてきたりして、更に気分を害されました。
男はよく分からない味の飲み物に少し顔色を悪くしながらじっと、もうやっていない店を見回しました。
「これは釣りだ。騙されたんだ。もう戻ろうと思う」
実は男は紹介された仕事場に、挨拶に来たのです。HPもないので怪しいとは思っていましたが、暇だったこともあり寄ってみたのです。
「ちょうど面倒臭くもなったし、腹は空いてきたし。適当なスーパーにでも寄って、おかずを買って帰ればいい」
ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。アプリで確認しても目印になる建物なんかはなく、右も左も回転してみても分かりません。
誰もいない畑の前で、風がどうと吹き、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
「どうも腹が空いた。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。もうあんまり歩きたくない。ああ困ったなぁ、何か食べたいなあ」
ざわざわ鳴る林の中で、こんなことを云いました。

その時ふと前を見ますと、細い道がありました。その先には立派な一軒の西洋造りの家があります。
【西洋料理店  山猫軒】という札がでていました。
「ちょうどいい。こういうところにあるのは穴場だったりするんだ。なんの店か知らないが、入ろうじゃないか。ぼくはもう何か食べたくて倒れそうなんだ」
男は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。そして硝子の開き戸のところに、金文字でこう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
男はひどくよろこんで云いました。
「ふう、こいつは大丈夫そうだ。あれやこれと言われるタイプのラア麺屋という訳ではなさそうだ。世の中はうまくできてるぜ」
男は戸を押して中へ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。
「肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」
「あれ、こんな看板があるということは怪しい。だが大歓迎と書いている。それにしてもこんな話をどこかで聞いたことがあるぞ」
ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水色のペンキ塗りの扉がありました。
「どうも変な家だ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだろう」
男はその扉を開けようとしますと、上に黄色の字でこう書いてありました。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
「ははーん当たったぜ。こいつぁ有名な注文の多い料理店じゃないか。最後にゃ僕を食べるつもりなんだ。生憎、痩せ型で美味くはないだろうが。だが僕は運がいい。なんせ、結末を知っていて挑めるんだからね。ゲームマスターのようなもんだぜ」
男は云いながら、その扉を開けました。するとその裏側に、「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい」
「はいはい、知ってる知ってる」
また扉が一つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄のついたブラシが置いてあったのです。
扉には赤い字で、「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それから履物の泥を落してください」と書いてありました。
「まぁこれぐらいはしてやろうじゃないか」
男はきれいに髪を梳かして、スニーカーの泥を落としました。
そしたらどうです。ブラシを板の上に置くや否や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。
「こんなシーンあったっけ」
びっくりして、次の室へ入って行きました。早く真相を突き詰めて、お家に帰りたいと男は思ったのでした。

扉の内側に、また変なことが書いてありました。
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください」
「ねぇよ。こっちの鉄砲のことを云ってるのか? ってオイオイ!」
男は一人で虚しくなりながらも、次の黒い扉を開けました。
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい」
「じゃあさっき靴の泥落としたのはなんだったんだよ!」
さすがに靴を脱いだら危険なので履いたままにしました。そうしたら何故か戸が開かないので、実はセンサーでも付いているのか、なんとハイテク生意気な、と思いながら靴を胸に抱きかかえ、ぺたぺた歩いて扉の中にはいりました。
 扉の裏側には「ネクタイピン、カフスボタン、財布、その他金物類、ことに尖とがったものは、みんなここに置いてください」と書いてありました。
扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵まで添えてあったのです。
「はいはいはいはい。ほらね、ほら」
これに従わないと扉は後にも先にも開かなそうだったので、仕方なく靴からリュックまで預けることにしました。
「ああ、さよなら相棒達」
みんな金庫の中に入れて、ぱちんと錠をかけました。

すこし行きますとまた扉があって、その前に硝子の壺が一つありました。扉にはこう書いてありました。
「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」
確かに壺の中は牛乳色のクリームでした。
「どうせなら自分たちで塗れよなぁ。俺、潔癖だし人が塗ったのとか無理。あ、でも食べる側なら豚や牛が何を塗ってたとしても気になんねえのか。ここら辺で主人公達も気づけよな。って説得力ねえか」
思ったよりいい匂いだったので、壺のクリームを顔に塗って手に塗って、それから靴下をぬいで足に塗りました。
扉しつけえなと震えた声で呟き、恐る恐る次を開けますと、その裏側には。
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか」
「耳とか絶対美味くないわー。珍味にもならねえわー」
するとすぐその後に次の戸がありました。
「料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。すぐ食べられます。早くあなたの頭と手に、棒をつけてください」
「あれ……こんなシーンあったっけ」
箱の中には十本ほど、手のひらに収まるサイズの棒が入っておりました。プラスティックで作られたそれの用途が分かりません。一応つけてみました。串刺し用でもないみたいです。
なんとなく男がぱちゃぱちゃと飛び跳ねてみると、うっすらとその棒は光りはじめました。
次の扉の裏側には、大きな字でこう書いてありました。
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかこれを身に付け、よく暴れて下さい。紳士の心を持ち、全身全霊で己を解放して下さい」
そこにあったのは大量のグッズでした。微妙な大きさのライブタオル、派手なうちわ、刺繍入りのはっぴ、ハートのサイリウム、アイドルのブロマイド。
今度という今度は男も言葉を失いました。
「どうもおかしいぜ。何がなんだか分からない。来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやるってことだろ?」
男は自分の体を見下ろしました。手の中の棒が蛍光色に光り始めています。
「つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくは……」
がたがたがたがた、震えだしてもうものが云えませんでした。
「その、ぼ、ぼくが……うわあ!」
がたがたしながら後ろの戸を押そうとしましたが、どうです、戸はもう一分も動きませんでした。
奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つ。
「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。さあさあ、中にお入りください」と書いてありました。
おまけにかぎ穴からは、わぁわぁと騒いでいる人の熱気がむんむんと伝わってきました。
「うわあ」
がたがたがたがた。男は泣き出しました。
すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。
「だめだよ。初めての人には真ん中の列だって危ないんだから」
「あたりまえさ。親分の書きようがまずいんだ。全身全霊で己を解放して下さいなんて、間抜けたことを書いたもんだ」
「どっちでもいいよ。どうせぼくらは今日も、最前に入れてくれやしないんだ」
「それはそうだ。けれども、もしここへあいつがはいって来て怪我したら、それはぼくらの責任だぜ。一応仕切り担当してるんだから」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん早くいらっしゃい。いらっしゃい。音響も整っていますし、演出もよく考えられておりますよ。あとはステージに向かって叫ぶだけです。はやくいらっしゃい」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともあずの、はお嫌いですか。そんならこれはセンターのかりんちゃんにしてあげましょう。どのメンバーも素晴らしいですから、とにかくはやくいらっしゃい」
男は顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、ぶるぶる震え、泣き出しながらも立ち上がりました。
中ではふっふっとわらってまた叫んでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いてはせっかくのステージも見えないじゃないですか。ほら、客席の照明が落ちましたよ。さあ、早くいらっしゃい」
「ここはドリンクも、軽食も食べ放題なんだ。後でたんまり飲み食いしたらいい。ここのスペースを空けておきましたから、モッシュに巻き込まれても守ってあげます。ほら、lovejupiterのみんなが待っておられます」
男は泣いて泣いて、二人の間に立ちました。
そのとき周りからいきなり、「わん、わん、ぐゎあ」という声がして鳴き声のようでしたが、人々の歓声でした。
心臓を直接叩いているかのような、激しい音が飛び込んできました。男は部屋の中をくるくる見ておりましたが、また一声。
「あずのぉっ!」と高く吠えて、いきなり俺を上げてくれと叫びました。
靴も、金属類もつけていない体は持ち上げやすく、おまけに不快な匂いもせず、髪も整っておりました。
ステージはド派手な照明が当てられ、女の子達が現れました。
「うぉおお! まさかこんなところで! 十年前に辞めた君に会えるとは思っていなかったあああ!」
真っ暗な部屋の中でサイリウムがピカピカ光りました。男の言葉に一層盛り上がった客席が、いつもに増して最高潮に達していました。

男は一心不乱に腕を振り、名前を叫びながら汗を流しました。自由な振りでも、推しが被ろうと誰も気にしませんでした。全身全霊に愛を伝えていたからです。

耳がぐわんぐわんと揺れていました。心地よい疲労感の中、スペースを空けてくれた二人組が戻ってきました。
「旦那あ、旦那あ!」
男はすっかりここに来るまでの苦労は忘れ、目を輝かせていました。
「おおい、おおい。ここだぞ、早く来い」
頭に何本ものサイリウムをつけた、でっぷりとした男が、人をざわざわ分けてやってきました。
受け取ったドリンクを一気に流し込むと、やっと男は落ち着きました。
そして二人組の持ってきたホットドッグを食べ、チェキを見せてもらいながらステージを振り返りました。

数十年ぶりの興奮が冷めやらない男は、お家に帰っても、お湯にはいっても、もう元の通りには直りませんでした。
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