サファイアの雫

膕館啻

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《2》

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「あまり話せることはないですよ……僕らも覚えていないから。……そういえば、話という程のことでもないんですけど、台風の日があって、その時建物が停電していたんです。ちょうど今みたいに、全部真っ暗で。僕たちは部屋に毛布を運んで、それを頭から被って、みんなで風の音とか、雨の音が消えるように騒いで……。本とかボードゲームとかを運んで、気づいたら空が明るくなっていたんです。怖い音はもうとっくにしなくなっていて、ぐちゃぐちゃの毛布にくるまって寝ました。そういう日は、僕たちは家族みたいだなと、改めて思うんです。たまに喧嘩もするけど、それもただの日常で。みんないなくちゃダメなんです。邪魔な子なんて、消えていい人なんていない……」
小さな手が私の手に重なった。爪の先まできっちり揃えられた、子供らしい手だ。
「壊させない……壊しちゃいけない。先生もそう思ってくれているでしょう? みんなで平和に暮らしたいって」
「それは、当たり前だよ。私はまだ時間が短いけど、皆を大切に思っているからね」
手首にあるのは、汚れのない真っ白なカフス。しっかりとボタンが止められている。
「だからエース、大丈夫だ」
「はい……先生」
エースは正義を固めて作られたような子だ。その正義の中心は確かに硬いのかもしれないが、その周りには脆い部分もありそうだ。芯が残っていればやり直せるだろうか。その時にはもう手遅れになる? 
いくら脆くても私が守って、磨いて、閉じ込めておけば割れることはない?
「ねぇエース……君」
数十センチ離れた場所にエースの顔がある。
「……いや、なんでもない」
君の瞳は、そんな色をしていたんだ。
「ふふ、なんですかそれ」
「はは、ごめん。ね、エースは何か着てみたい服はない? ここで私ができることはそれぐらいだから」
「服、ですか? これで充分ですけど……あ、もしかしてジョーカーですか?」
彼の顔に笑みが戻ってきた。しばらくこういう人間を演じた方が、彼らは緊張をほぐしてくれるかもしれない。
「そうだね。きっと私の方が君に合う服を作れる。手始めに、ソックスガーターはどうかな。靴下がずり落ちることはなさそうだけど、合った方がバランスが……」
「先生が必要だと思うのなら。作ってくれたら、僕は大切にしますよ」
「エース、君って本当に良い子だね」
「実は悪い子だったらどうします?」
「想像できないなぁ……でも、どんな君でも好きだよ。なんて言葉は安っぽいかな?」
ジョーカーに負けそう? と聞くと、彼は頰を緩めた。初めて見せた表情に、私は素直に感謝した。


あまりにも変わっていたからか、さすがに皆から指摘されていた。
ジャックは薄く笑うだけで、答えようとはしない。
「あの、ジャック……その服はどうしたの」
エイトが聞いている間に、近くに座っていたセブンがジャックの方へ寄った。
「なんだこれ……えっ、腕!」
捲り上げたそこから、編み上げた腕が現れる。皆の視線がそこへ向き、冷めたような空気が流れた。
「ジャックそれ……まさか自分で?」
「い、痛くないの?」
「さぁ~どうだろうなぁ」
ジャックの目がこちらに向いた。それを辿った子の視線もこっちに集まる。
「えっと、それやったの私なんだ……」
「先生が?」
「ジャックに似合うと思って……つい」
「へぇ、ジャックとそんなに仲良くなってたなんて、知らなかった」
「これ、腕に直接?」
「ん、そーだよ。セブンもやってみるか?」
セブンは興味深そうに見てはいるが、答えは返さなかった。
「あれから炎症を起こしたり、傷口が開く、なんてこともないよね。元々あったみたいに綺麗に仕上がっている。不思議だけど」
「ま、まぁジャックが気に入ってるなら、いいんじゃないか」
こんな時に不謹慎だったか? しかし時間が解決することもないだろう。永遠に近い世界に生きているものは、トラブルが起こった時どうしているのだろうか。
全員が教室に集まっていたが、三人はまだ一言も発していない。隅の方で大人しくしているだけだ。
彼らと個別に話す? またゲームでもするか? こういう時にいいアイデアが浮かばないということは、昔の私もきっと人付き合いが苦手だったのだろう。
「なぁ今考えたんだけどよ……しばらく二人で、他の人間と会わねーように過ごしてみるってのはどーだ?」
「は、何言ってんだお前」
提案したジャックに、トレイが鋭い視線を向けた。
「もし何か起きたら、誰が犯人なのかハッキリするだろお? それにそいつがどれぐらいヤベー奴なのかも分かる。全員いる前ではさすがに襲わないが、ペアの一人が相手ならどうにかできる。そう考えるようなヤツだったら?」
「それは囮にするってことか? こいつらが襲われてもいいって?」
「……はっきりするかもしれないけど、襲ってこないなら、わざわざ罠を用意する必要もないだろう。全員でいて姿を現さないのなら、全員でいるべきだ」
部屋の中から数人、エースの意見に賛成する声が上がった。
「ヘッ、ただの案だよ。でも俺ぁ、進むのもそこに止まってるのも、どっちも危険だと思うぜ? 今の状況はアレだ。安全に見えて、じわじわ減ってんだよ。このまま消耗し続けたら、お前らのほそっこーい神経がぷっつーんだ」
ジャックは顔の前で、服についていた細い糸を引っ張って千切った。
「まぁ二人じゃなくても、例えば半分くらいに分けるのはどうだ」
「あみだくじでもやってみる?」
「とりあえず分けるかどうかの多数決を」
サイスが後ろから私の肩を叩いてきた。
「ちょっと先生と話してくるから、その間どっちを選ぶか、または別のアイデアを考えておいてくれ。なるべく三人の主張を優先したいと思う」
私に拒否権はなく、皆の困り顔を背にそこから出る。隣ではなく、少し離れた教室に入った。
「ごめんな、先生。ちょっと問題が」
「それは……シンク達のことで?」
「ああ、そうだ。まぁ気づいてるとは思うが……シンクとエースは離した方がいい。このままじゃエースの方が参っちまう。ジャックの言う通りだ。で、エースとシンクを分けられたら負担は減るが……それが難しい」
「うん……そうだろうね」
シンクはずっとエースにくっついているのだ。ここまでくると怖がっているというより、これを利用してエースの側にいられるのを喜んでいるように見えてしまう。まさか彼の自作自演か? 
「はぁーあ、良い案なんかあるわけないんだよな。嫌われても恨まれても、無理矢理にでも引き離すしかないんだ。けどそれでシンクが悪化したらどうする。あいつが暴れ出したら、何の意味もない。でもこのままじゃエースが……っ」
「サイス、落ち着いて」
肩に手を当てて、軽めに叩く。肩を掴んだまま、サイスの目をしっかり見つめた。
「サイス、君も追い込まれている。君だって優先すべき一人だよ。そうだね、このままじゃよくない。ジャックの言った通り消耗するだけだ。とりあえずシンクとエースは別れさせるよ。シンクがもし暴れ出したら、それを止められる人数が必要だ。最悪の事態を考えて、どう分けるか決めていこう」
「ああ……すまない。ありがとう先生」
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