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第四話
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終わったと思った。実際全ての崩壊までの、第一段階だった。
数日前からなんとなく感じていたのだ。体の痛みと、顔に違和感を。ちゃんと言っておけば良かった。ただ整形の方法が後から聞くと、顔の上にそのまま被せるのに近いのだと言っていた。作った顔を貼り付けているだけだから、元の体へ影響は出ないのだと。
しかし今は、生まれたままの自分の体ではない。全てを過信しすぎてはいけなかったんだ。そう考えたところで、自分も顔の痛みに耐えられずに袖で倒れた。
ネットの評判をまとめることも仕事だったから、ファンの人達がどんなところに不満を持っていて、逆に何が良いと思ったのか、などは結構分かっていた。
だから、そのうちついていけなくなるという予想もついていた。しかしどれだけ言われようと、この歌劇団は完璧でなくてはいけなかったんだ。
完璧にほど遠い人生だったから、妥協できなかった。甘えてしまったら以前の自分に戻ってしまう。そうしたらバレてしまう、何もかも。それだけは死んでも守り抜かなければならない。もし偽物なんて知られたら……恐ろしかった。
全員の過去の写真や書類は一切残されていない。死亡扱いか、探索願いを取り下げになるぐらいの人達を集めてここまで来たのに、一人だけ過去が見つかってしまった。顔は変わっていたけど、さりげない仕草や声なんかで気がついたのだろう。家族から電話があった。そんな彼の昔の写真を見て、ショックだった。自分より明らかに劣った人間、そんなことを思ってしまった自分に一番ショックを受けていた。ここに染まっていたんだ俺自身……。
家族がネットに公開していなかったのと、彼がまだ下っ端だったことが幸いした。穏便に済ませようと条件を聞いたところ、家族は帰って来ることを望んだ。が、それは出来ない。一度ここに来てしまったら、もう逃げられないのだ。それに怒ったのか、口止料を渡したのに家族が漏らしてしまった。まだネット上では嘘だということになっているが、もしかしたら他の人達もそうなのではという噂が、じわじわと広がり始めていた。
色々な想像されていたが、それが少しだけ明らかになってしまった。今まで全く漏れてなかったからこそ、伝わるスピードも早いだろう。そのうちバレるのか、俺たちはみんな自殺志願者だったりただの社会不適合者で、本当は君たちより全然醜い人間だってことが。
そんな恐怖を抱えていた日のことだった。試験管ベビーが完成したのは。今度は整形ではなく、一から優秀な遺伝子を持った子供を育て始めたらしい。これなら確かに下の団員がいなくならない。
マダムが大切に育てた彼らが、レッスンを受けるようになった時のことだ。オーラが違ったのか、劣等から作られたものではない遺伝の差が出ていた。みんな将来はトップで活躍するだろう。それを自分達も分かっていたのか、その他と差別するような発言をした。
他の子達がショックを受け、見返してやると歯向かっても、この子達に勝つことができなかった。そのせいで不穏な空気が流れ始める。はっきりと二分化し、仲良くしようとする気は更々無いようだ。
上にいた者達も彼らの存在を怖がっていた。マダムが可愛がるものだから、格差が収まる様子は無い。母親がいないからと、子供達の面倒を見るのは彼女の役目だった。
その不満は裏のこっちに回ってきたり、練習をサボったりと散々だった。よくあるのは良いことをしてあげるからあいつを次出さないでとか、俺が決める権利なんてあるはずないのに言ってくる。
不満があちこちで溜まっていた。このままではまずい。しかし何をすればいいのか分からない。
チケット制度も面倒だった。一人一人膨大な数の会員証を調べて抽選にかける。それでもやはり当たらなかった人達からは不満が出た。とんでもない数のクレームが毎日毎日送られてくる。ゼロにできるとは思っていないが、少しは我慢したらどうなんだとキーボードを叩きながら吠えていた。
結局忙しくて、約束も無くなってしまった。最近こちらが業務に追われているのを知ってか、全然来なくなった。もう二週間経つだろうか。
「……会い、たい」
ただ隣に立っててくれればいいんだ。もう考えるのは疲れた……。
人が増えても仕事は減らない。裏方も数名追加されたけど、その分忙しさも増えた。
ここで休んでいれば良かったんだ。みんなも。追い詰められた時に無理をしたから、バランスが壊れてしまった。
笑うのに顔が引きつった。喋るのがなんだか億劫だ。でもそれは疲れからだと思っていた。
弱音を吐いてはいけないと、倒れても、血を吐いてでもステージに立つことを望んだ彼らだったから、言えなかっただろう。気づいた時には遅かった。
プロだったからそんな顔は見せなかった。裏でも常に見られていると意識して、こちらに微笑み返す余裕さえあったはずだ。あれは最後の力を振り絞っていたんだ。
どうしてステージの上だったのか……。でも少し安心しているところもある。これで終わりかと、静かに現実を見つめていた。
永遠に続くと思っていた夢は、案外呆気なかった。包帯を巻いた顔は話すことさえ難しい。白い天井を見つめていると、脳裏で彼らのことが浮かんだ。作られた子供とはいえ、ちゃんとした人間だ。不純物無しの……彼らなら立ち直してくれるだろうか。
今度こそ死ぬのかな。マダムはきっと許してくれないだろうし……。俺はいいけど、今まで頑張ってきたみんなが可哀想じゃないか。
流れた涙が包帯に滲んだ。ぼやけた視界に誰かが映る。
「……リュウちん?」
「……えっ」
前と変わらない笑顔で、指先をこちらに近づけた。目にかかってた前髪が横に流れる。一瞬触れただけなのに、その指の温かさに、自分の気持ちがはっきりと滲み出てしまった。
「大丈夫……じゃなさそうだね。でも痛みは最初だけって聞いたよ。薬で抑えてるのかな、今は平気?」
「こっち……来て」
そっと腕を上げて、真っ直ぐに瞳を見つめる。
背中が大きかった。自分からこうして触れてみると、幸せが身体中に広がっていった。その一方でもう終わりなんだと思うと苦しくて、そんなぐちゃぐちゃは全部涙に流れていく。
「俺もそろそろなのかなぁ。この顔ともオサラバか」
「お前は元から……そんなに悪くなかったって、聞いたけど」
「なにそれーははっ……いやーどうなんだろうな。でもリュウちんも絶対可愛いっしょ」
「残念ながら……可愛いかったら、こんなところにいない」
二人で笑い合った。もうヤケになってきている。
「でも、ちょっと安心してるんだ。リュウちんとかみんなが休めるのかなって思ったらさ」
「……っ俺も、同じこと……思ってた」
手が持ち上げられて、自分の顔に触れさせた。ステージでいつも輝いていたそれに、ゼロの距離で触れている。
「……なぁ」
「ん、どうした?」
「家の中は、どうなってる」
確かにそれも気になっていたけど、本当に言いたいのはそんなことじゃなかった。分かっているのになかなか言い出せない。
「あー……とりあえず色々全部中断してる。HPも停止してるって。貯金はあるみたいだから、しばらくはみんなで家事分担して過ごすって感じかな。マダムは自室に籠もったきり出てきてない」
「……そうか」
そんなところに俺の帰る場所はあるのだろうか。
その不安を感じ取ったのか、また体に暖かい体温が回ってきた。身体中が包まれている。
「大丈夫だよ。もしダメだったとしても……俺と一緒に行こう」
にこりと笑ったその後に、涙が一筋流れる。
ああ、こいつはきっと顔を変えていても、中身は変わってないんだと直感で思った。
「……なぁ」
あまり動かせないから少しだけ顔を寄せる。ありがとう、そう伝えた時の表情はいつもに増して優しかった。
「俺はリュウちんの為なら……」
「今だけじゃなくて、ずっと……今までも……助かってた。お前が……いなかったら」
目をぎゅっとつぶった。溢れる涙が邪魔だったから。
「だから……ずっと、ありがとう……好きだ」
お前がと言う前に、強く抱きついてきたのでそれは消えてしまった。痛いぐらいに力が込められていたけど、それも心地良かった。
数日前からなんとなく感じていたのだ。体の痛みと、顔に違和感を。ちゃんと言っておけば良かった。ただ整形の方法が後から聞くと、顔の上にそのまま被せるのに近いのだと言っていた。作った顔を貼り付けているだけだから、元の体へ影響は出ないのだと。
しかし今は、生まれたままの自分の体ではない。全てを過信しすぎてはいけなかったんだ。そう考えたところで、自分も顔の痛みに耐えられずに袖で倒れた。
ネットの評判をまとめることも仕事だったから、ファンの人達がどんなところに不満を持っていて、逆に何が良いと思ったのか、などは結構分かっていた。
だから、そのうちついていけなくなるという予想もついていた。しかしどれだけ言われようと、この歌劇団は完璧でなくてはいけなかったんだ。
完璧にほど遠い人生だったから、妥協できなかった。甘えてしまったら以前の自分に戻ってしまう。そうしたらバレてしまう、何もかも。それだけは死んでも守り抜かなければならない。もし偽物なんて知られたら……恐ろしかった。
全員の過去の写真や書類は一切残されていない。死亡扱いか、探索願いを取り下げになるぐらいの人達を集めてここまで来たのに、一人だけ過去が見つかってしまった。顔は変わっていたけど、さりげない仕草や声なんかで気がついたのだろう。家族から電話があった。そんな彼の昔の写真を見て、ショックだった。自分より明らかに劣った人間、そんなことを思ってしまった自分に一番ショックを受けていた。ここに染まっていたんだ俺自身……。
家族がネットに公開していなかったのと、彼がまだ下っ端だったことが幸いした。穏便に済ませようと条件を聞いたところ、家族は帰って来ることを望んだ。が、それは出来ない。一度ここに来てしまったら、もう逃げられないのだ。それに怒ったのか、口止料を渡したのに家族が漏らしてしまった。まだネット上では嘘だということになっているが、もしかしたら他の人達もそうなのではという噂が、じわじわと広がり始めていた。
色々な想像されていたが、それが少しだけ明らかになってしまった。今まで全く漏れてなかったからこそ、伝わるスピードも早いだろう。そのうちバレるのか、俺たちはみんな自殺志願者だったりただの社会不適合者で、本当は君たちより全然醜い人間だってことが。
そんな恐怖を抱えていた日のことだった。試験管ベビーが完成したのは。今度は整形ではなく、一から優秀な遺伝子を持った子供を育て始めたらしい。これなら確かに下の団員がいなくならない。
マダムが大切に育てた彼らが、レッスンを受けるようになった時のことだ。オーラが違ったのか、劣等から作られたものではない遺伝の差が出ていた。みんな将来はトップで活躍するだろう。それを自分達も分かっていたのか、その他と差別するような発言をした。
他の子達がショックを受け、見返してやると歯向かっても、この子達に勝つことができなかった。そのせいで不穏な空気が流れ始める。はっきりと二分化し、仲良くしようとする気は更々無いようだ。
上にいた者達も彼らの存在を怖がっていた。マダムが可愛がるものだから、格差が収まる様子は無い。母親がいないからと、子供達の面倒を見るのは彼女の役目だった。
その不満は裏のこっちに回ってきたり、練習をサボったりと散々だった。よくあるのは良いことをしてあげるからあいつを次出さないでとか、俺が決める権利なんてあるはずないのに言ってくる。
不満があちこちで溜まっていた。このままではまずい。しかし何をすればいいのか分からない。
チケット制度も面倒だった。一人一人膨大な数の会員証を調べて抽選にかける。それでもやはり当たらなかった人達からは不満が出た。とんでもない数のクレームが毎日毎日送られてくる。ゼロにできるとは思っていないが、少しは我慢したらどうなんだとキーボードを叩きながら吠えていた。
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「……会い、たい」
ただ隣に立っててくれればいいんだ。もう考えるのは疲れた……。
人が増えても仕事は減らない。裏方も数名追加されたけど、その分忙しさも増えた。
ここで休んでいれば良かったんだ。みんなも。追い詰められた時に無理をしたから、バランスが壊れてしまった。
笑うのに顔が引きつった。喋るのがなんだか億劫だ。でもそれは疲れからだと思っていた。
弱音を吐いてはいけないと、倒れても、血を吐いてでもステージに立つことを望んだ彼らだったから、言えなかっただろう。気づいた時には遅かった。
プロだったからそんな顔は見せなかった。裏でも常に見られていると意識して、こちらに微笑み返す余裕さえあったはずだ。あれは最後の力を振り絞っていたんだ。
どうしてステージの上だったのか……。でも少し安心しているところもある。これで終わりかと、静かに現実を見つめていた。
永遠に続くと思っていた夢は、案外呆気なかった。包帯を巻いた顔は話すことさえ難しい。白い天井を見つめていると、脳裏で彼らのことが浮かんだ。作られた子供とはいえ、ちゃんとした人間だ。不純物無しの……彼らなら立ち直してくれるだろうか。
今度こそ死ぬのかな。マダムはきっと許してくれないだろうし……。俺はいいけど、今まで頑張ってきたみんなが可哀想じゃないか。
流れた涙が包帯に滲んだ。ぼやけた視界に誰かが映る。
「……リュウちん?」
「……えっ」
前と変わらない笑顔で、指先をこちらに近づけた。目にかかってた前髪が横に流れる。一瞬触れただけなのに、その指の温かさに、自分の気持ちがはっきりと滲み出てしまった。
「大丈夫……じゃなさそうだね。でも痛みは最初だけって聞いたよ。薬で抑えてるのかな、今は平気?」
「こっち……来て」
そっと腕を上げて、真っ直ぐに瞳を見つめる。
背中が大きかった。自分からこうして触れてみると、幸せが身体中に広がっていった。その一方でもう終わりなんだと思うと苦しくて、そんなぐちゃぐちゃは全部涙に流れていく。
「俺もそろそろなのかなぁ。この顔ともオサラバか」
「お前は元から……そんなに悪くなかったって、聞いたけど」
「なにそれーははっ……いやーどうなんだろうな。でもリュウちんも絶対可愛いっしょ」
「残念ながら……可愛いかったら、こんなところにいない」
二人で笑い合った。もうヤケになってきている。
「でも、ちょっと安心してるんだ。リュウちんとかみんなが休めるのかなって思ったらさ」
「……っ俺も、同じこと……思ってた」
手が持ち上げられて、自分の顔に触れさせた。ステージでいつも輝いていたそれに、ゼロの距離で触れている。
「……なぁ」
「ん、どうした?」
「家の中は、どうなってる」
確かにそれも気になっていたけど、本当に言いたいのはそんなことじゃなかった。分かっているのになかなか言い出せない。
「あー……とりあえず色々全部中断してる。HPも停止してるって。貯金はあるみたいだから、しばらくはみんなで家事分担して過ごすって感じかな。マダムは自室に籠もったきり出てきてない」
「……そうか」
そんなところに俺の帰る場所はあるのだろうか。
その不安を感じ取ったのか、また体に暖かい体温が回ってきた。身体中が包まれている。
「大丈夫だよ。もしダメだったとしても……俺と一緒に行こう」
にこりと笑ったその後に、涙が一筋流れる。
ああ、こいつはきっと顔を変えていても、中身は変わってないんだと直感で思った。
「……なぁ」
あまり動かせないから少しだけ顔を寄せる。ありがとう、そう伝えた時の表情はいつもに増して優しかった。
「俺はリュウちんの為なら……」
「今だけじゃなくて、ずっと……今までも……助かってた。お前が……いなかったら」
目をぎゅっとつぶった。溢れる涙が邪魔だったから。
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