希望演舞グロリア歌劇団

膕館啻

文字の大きさ
上 下
7 / 10

第三話

しおりを挟む
ここ数年、世の中の女性が綺麗になったと言われている。高い化粧品や美容に良いという食品も、売り上げが飛躍的に伸びていた。
その一方で娯楽に関しては、彼らに関する物以外はほとんど売れなかった。昔は賑わっていたテーマパークも常に貸し切り状態だったし、ゲームや映画も最低額を常に更新し続けている。
コラボ企画などができれば連日満員になっただろうけど、彼らは独自のブランドなので使うことができなかった。
雑誌の特集は美を求めるものばかり。
女子力なんて言葉があったけど、あんなものはぬるい。彼らに合わせる為に、本物のお嬢様レベルの高い振る舞いと意識を要した。
今までの自分を恥じるぐらい彼らが美しかったから、みんな必死になった。少しでも近づきたかっただけなのに、いつの間にか追い込まれていた。ちょっと疲れたなんて言葉は、言いたくても口に出せなかった。
美意識を保つことが彼らへの愛の証明になる。頑張れば頑張るほど近づけると、思い込んでいた。
でもいくら痩せても綺麗になっても、彼らには届かない。みんな知っていたけど……それでも続けてしまうぐらいに信じてた。宗教になってしまうぐらい、もはや集団催眠のようだったとも言える。
しかし自分達が勝手に好きになったのだから、どうこう言える立場ではない。あちらは何も悪くない。
最近じわじわと、私と同じようなことを言う人が増えていた。完璧なパフォーマンスは、息継ぎする暇がなかったのだ。常に誇り高く、爪の先まで神経を尖らすような繊細な演技……それに私たちはついていけなくなってしまった。
重く悲しい演目が多かったのも、彼らには合っていた。ただ私達の生活はテレビでくだらないと分かっているのに、お笑い番組をだらだらと見てしまうような庶民だから。
こんなことを考えていた時だった。一番の親友に話しかけられる。誰もいない教室で、机の角を触りながら小さく笑った。
「昨日さ、掃除してたんだ。そしたら……見つけちゃってさ。恭介のやつ」
恭介は、彼女がグロリア歌劇団にハマる前に好きだったアイドルだ。バラエティが得意な五人グループで、その中でもお笑い担当だった。
「写真見た時、なにこれぶっさーって思ったのハハハ! そう考えるとみんな顔綺麗すぎだよねー……でもさ、なんか凄い落ち着いちゃってさ。DVD見返していつの間にか泣いてたの。インタビューとかほんとしょうもないし、ライブ中噛むしフリも間違えるし……でも、それでも全然良かったんだよね。むしろそれが可愛くてさ。ま、本当はダメなんだろうけど」
「それ、すごい気持ち分かる……」
「マジ? だってまだみんな必死ぽいじゃん? こんなこと言ったら迫害されそうだなって」
冗談ぽく手を叩いて、笑った。
「あーなんであんなブサイクがいいんだろ。愛嬌ってズルいよね。もちろん完璧なみんなを見てるのもやっぱ憧れるし、すげーって毎回なってるよ? でもたまにはジャンクを食べたいっていうかさ。フランス料理ばっかだと飽きるとか言ってた人いたよね」
「うんうん。それと似た感じ。私達庶民だからさ、結局お嬢様にはなれないんだよ。あ、分かった。みんな……必要じゃないんだよ、ファンが。ファンにいつも凄いものを見せてくれようって気は分かるけど、あそこに客がいてもいなくても、完璧な舞台をするんだと思う。多分そういうところが……寂しいんだ」
「あーなるほど……分かるかも。完璧すぎて隙がないんだよね。悩んでも団員同士でなんとかすると思うし。そういうとこもいいんだけどさぁ……なんつーか届けてくれないんだよね、こっちまで。舞台後にインタビューとかもしてるけどさ、裏までお人形みたいなんだもん。失言とか絶対しない安心感はあるけど、どこまでも作られてるんだよね」
「ねぇ、恭介ってまだ活動してるの?」
「昨日調べてみたら、まだやってるらしいよ。超キャパ下がってたけどね。前だったら信じられない会場でやってる」
「……見に行っちゃう?」
「マジ? ……行っちゃおっか」
二人で机の上に腰掛けながら、ずっと笑っていた。

少し前に当たったライブチケットを眺める。五つのグループが揃うライブらしい。演劇以外を生で見るのは初めてだけど……これで最後かもしれない。とりあえず当分チケットは取らないと心に決めて、行くことにした。
天井が無い外の会場。とても大きなところで、数々のトップアーティスト達はここで様々な伝説を作ってきた。
一応ツカサ様の所属する白色のペンライトを持って、会場を眺めた。演劇のときよりみんなラフな感じで盛り上がっている。スタンド形式というのも大きいだろう。
「あああ……っ!」
冷めてきたとはいえ、つい最近まで死ぬ程好きだった人達だ。始まったらちゃんとテンションは上がっていた。ツカサ様が現れた瞬間涙も出てきた。
全員で歌った後、それぞれのグループが順に出る。腕も疲れてきた頃、一通りが終わった。この後は全員がまた出てきて、アンコールもあるはずだ。
タオルで汗を拭いてステージを眺める。やっぱり彼らはトップだ。凄く引き込まれる。普段どれだけ努力しているかが伺えた。こんなに頑張ってる彼らがつまらないなんてはずはない。あんな三流アイドル達は所詮甘えなんだ。たまに戻ってもいいけど、私は彼らを追いかけたい。追いつかなくても、追って追って……そのまま死にたい。
わっと歓声が上がった。衣装を変えて全員が並ぶ。それぞれ個々のグループもいいけど、一緒に歌う姿はとても楽しそうだ。こんな満面の笑みを見るのは珍しい、いや初めてかもしれない。
涙と汗を雑に拭いて、必死に腕を上げた。少しでも彼らに届くように。
「……あれっ?」
一瞬音が聞こえなくなったのは気のせいだろうか。思わず周りを見た次の瞬間だった。
誰かが膝をついてステージに倒れた。悲鳴が湧き上がる。倒れた彼を支えようとした彼もまた、力尽きたように倒れてしまう。
「……どうしたのかな」
「顔を押さえてる?」
「どこか痛めた? 怪我? 貧血?」
色んな声が聞こえてきた。完全に歌は流れなくなっている。そのうちBGMも止まって、スタッフが裏から現れた。
「どうしたの……ねぇっねぇっ!」
ざわざわと、心配や困惑の声が広がっていた。
「大丈夫……っかな、どうしよう」
泣き出してしまう人や、大声で名前を呼ぶ人、ステージに上がろうとする人までいて、客席はめちゃくちゃになっていた。
ふと目の前が暗くなる。照明が消えた空っぽのステージ。これが表しているものは、彼らの転落かもしれない。
「嘘……嘘だよね?」
無理しすぎたのかな……。もう頑張らなくていいから、ただ生きていてほしい。
手を合わせて祈った。
これ以上苦しまないで……彼らを苦しめないで。
そんな想いは、上で輝いている星に届いただろうか。

――それ以来彼らがステージに現れることは無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……

紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz 徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ! 望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。 刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界

レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。 毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、 お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。 そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。 お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。 でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。 でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。

処理中です...