箱庭の宝石

膕館啻

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《21》

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ドアにバリケードを作って、先生が扉を叩いてる間みんなで身を寄せ合う。僕一人じゃ何もできないけど、みんななら大丈夫。僕はまだ希望を捨てずに生きていける。
また新しい作戦を考えていた時だった。あっちの寮の裏で、騒いでる声が聞こえる。ただごとではなさそうだったので、小走りでそこに向かった。
「ああ……起きてっ! 起きてくれよ……っ、どうしてこんなこと……っ」
「何があったの」
紅玉が近寄ると、その輪にスペースができた。真ん中には誰かを抱いたリシアが、髪を振り乱して泣き叫んでいた。いつもの彼からは想像できない姿だ。
「心臓が、動いていない……っ、息をしていない」
誰かが先生を呼びに行っていたらしい。校長が現れて、僕は端に寄った。
「先生っ……先生助けて、くださいっ……彼が、死んでしまう」
校長は脈を確認した後、心臓マッサージを始める。僕達はどうすることもできなくて、ただ鼓動を早くしていた。
いつの間にかあの人が帰って来ていて、倒れていた子を確認した後この学校から連れ出した。校長もついて行ってしまったので、僕達はそこに待ちぼうけになった。今なら学校の外へ出られるかもしれない。でも、出るつもりはない。先生達のようにバイクや車があればなんとかなるが、徒歩では森で迷って終わりだろう。ここで待っていても仕方ないと、寮に戻った。今更あの男が来てどうしたのか聞いてきたけど、答える気もなかった。
なかなか眠りにつけなくて、まだ暗いうちに起き上がった。みんなもそうだったようで、一緒に教会へ向かった。祈ってから、ただ黙って壁に背をつけて座っていた。ここにいれば奇跡が起きる気がした。
控えめな音がして、扉が開く。校長は白い布に包まれた大きな物を腕に抱いていた。
「皆さん……彼に……お別れをしましょう」
棺が用意されて、そこに彼は入れられた。全員集まって、静かに鎮魂歌を歌う。白の生徒はほとんどが泣いていて、上手く歌えないみたいだった。僕もそれにつられて詰まってしまったけど、彼の為にもしっかり歌わなきゃいけないと、堪えて声を出した。
彼は土の中ではなく、教会の地下へと運ばれた。薄暗いけど、土ではなくここで良かったと思った。花を置いて、棺を見つめる。僕達はあまり関わりが無かったけど、同じ運命を背負った者同士だ。仲間を失ったのは辛かった。白の生徒達はもっと辛いのだろう。
終わった後、リシアは理由を聞きたがった。校長は言い淀んでいたけど、しばらくしてその口を開いた。
「彼は……即死だったようです。原因は毒物を口にしてしまったこと。……でもここにそんなものは」
「何かを混ぜれば……違う物質に変化するかもしれない。洗剤とか……だとしたら自分で口にするはずなどない。誰かに飲まされた……」
殺された? 考えていなかった可能性が浮上する。誰がそんなこと……もしかしてあの人が? いや、例え最低な教師だとしても、わざわざ毒物なんて用意するだろうか。僕らは弱い。彼なら暴力でなんとかした方が早いだろう。それに毒物を用意して計画的にというよりは、カッとして殴ってしまったという方がしっくりとくる。まさかその裏をかいて……?
「皆さん、気持ちは分かりますが犯人探しなどはしても意味がありません。疑心暗鬼になるよりも互いに信用し合う。こうすればもうこのような悲しい事故は起こらないでしょう」
確かに、ここには警察が来ない。疑い合うよりも信頼と言いつつ、お互いに監視した方がいいだろう。でも、みんなの頭の中には一人の人物が浮かんでいた。それを始末すれば、彼は報われる。
結局それぞれが寮に篭ってしまい、他のクラスの生徒と話すことはできなかった。僕達は空いた時間で先生を観察する。
先生達は基本ずっと職員室にいた。生徒が犯人の訳が無い。これは部外者の犯行だ。
一週間ほど観察を続け、次はどうやって毒を用意したのか、隅々まで学園内を探索した。一番可能性のありそうな理科室。まぁ理科室としての役目は果たしていないけど、薬品のようなものは一応あった。紅玉によると、それは消毒液や重曹などで、死に至らしめるものではないらしい。大量に摂ったら危険だろうけど、それが使われた様子はなかった。後、多分これでは即死と判断されない。
結局、証拠になるようなものは見つからなくて、先生を監視するしかなかった。
僕は甘かったんだ。一度起きたらみんなが警戒するから、もう起きることなんてないって、そう思い込んでいた。まさかまた起こってしまうなんて。しかも、先生のアリバイは僕たちが証明できてしまう。
この前は夜に発見されたけど、今回はまだ暗くなる前だった。中庭に倒れていた制服は僕達と少し違う深緑。うつ伏せに倒れていて、僕はそれを窓の外に見つけた。扉を開けて中庭へと駆け出す。少し離れたところにいた蛇紋や翠も追いかけてきた。
「よ、呼んできて……先生を」
ああと返事をして蛇紋が走り出す。僕は震える手で、彼の細い腕を握った。まだ暖かい。でも……動いていない。測り方が悪いのか? 脈ってどこ? いくら触っても、何も感じられない。手が震えていたけど、恐る恐る肩を掴んだ。ひっくり返す前にみんなが集まっていて、僕は緑の彼らに突き飛ばされた。僕のことなど御構い無しに、すぐに倒れていた彼を抱きしめる。目を閉じていたが、口が僅かに空いていた。そこに薄っすらと紫の液体が付いているだろうか。彼が口をつけて人工呼吸をしようとしたので、後ろから引っ張った。
「ダメだよ! 口に毒がついてるかもしれない」
「じゃあほっとけって言うのか! 息してないんだよ! 急がなくちゃ……」 
「落ち着け! お前まで死ぬつもりか」
皇華が彼を引っ叩いた。それを受けて泣き出す彼を見て、皇華も涙を流していた。それからはまた同じような流れで、僕は何かの映像を見ているかのように、ただそれを眺めていた。声が遠くに聞こえて現実味がない。僕がやっと実感できたのは、二つ並べられた棺に触れた時だった。
圧倒的にこの前より状況が悪化している。気がついた瞬間手が震えた。あの時間に先生を監視していたのは、僕、翠、蛇紋以外のメンバー。交代で、大体二、三人で行っていた。きちんとメンバーが決まっていた訳ではない。
「先生は……いた。職員室に。でも、白の先生はいなかった」
灰蓮が小声で伝えた。見ていたのは灰蓮兄弟三人らしい。残りの人は、僕達と同じように探索していたはずだ。
「白の先生は最初の事件が起こった時、職員室にいたと緑の先生はともかく、校長も証言している。今回の事件は最初と全く別なのかもしれないけど……そうだとは思いにくい」
僕はまだ気づいていなかった。みんなの目線が以前と全く違うことに。教会から出た後、彼らに睨まれていた。
「どうして、白と緑から一人ずつ殺されたと思う?」
感情の上下がない声で、リシアが尋ねた。
「まだ殺されたとは限らない」
紅玉が言い終える前に、他の生徒が叫んだ。
「じゃああいつらが自殺したとでもいうのかよ!」
「……先生達のアリバイがはっきりしていないよ。最初の事件の模倣だという可能性も考えた方がいい。一人だと決めつけるのは……」
「そんなことは分かっている。ただ疑うべきその対象にお前達が追加されたということだ! 僕は絶対に許さない。犯人が見つかれば絶対に処刑する」
「君たちは仲間に犯人がいないと思っている。僕だって同じだ。証拠がないのに、僕の仲間を傷つけたら容赦しないよ」
もしかしたらと思っていた。僕らの仲が悪かったのは親が原因なのだから、自分達は仲良くなれると。でも、もう無理だ。一生この溝は埋まらない。完全に僕達は分けられてしまった。
廊下で少し姿が見えただけでも、その視線は鋭く僕達に突き刺さってきた。僕達の中に誰かを殺すような人がいるなんて、そんなはず絶対にないのに。
「呪い、かもしれないね」
誰かが呟いた。本当に幽霊とかそういう存在がいて、彼らを殺したとか。もはやそんな可能性しか考えられなかった。
「あああああ! クソッ何なんだよ! 何なんだよお前ら……っ、殺したのか? そんなちっせー手で? 罰当たりだな……罰当たりだ。の、呪いなんてそんなのあるわけねーだろ」
「先生は本当に何も知らないんですか」
「ああ? 知らねーって……知るわけないだろ。なんだよその目……気色悪いな、てめぇらの誰かに決まってるんだ! ほら、お前なんて誰彼構わず殺せそうじゃねーか! 分かるんだよ俺は……っ!」
お前と言ったけど全員を慌ただしく見ていたので、誰に向けたのかは分からない。
「く、クソッ! 俺はもう知らねえこんなところ! 勝手にくたばればいいんだ。俺は帰るぞ、いられるかよこんなところ!」
先生は出ていった。最後は半狂乱であの人に掴みかかって、バイクを貸せと騒いでいた。それからどうなったかは知らないけど、もう二度と彼はここには来ないだろう。一応先生を追い出すという目標は果たせたので良かったけど、心は晴れないままだった。
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