It hurts a little

真城詩

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It hurts a little

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 それは紛れもなく片思いだった。インターネットの小説なんかで見る、「両片思い」とかそういうものではなく。ああ、もしそうだったらどんなにいいか。あいつが俺を陰で慕っている、なんて。ありえないのが現実だ。だって、あいつは毎日のように俺にぼやく。隣のクラス、学年一の美少女と名高き彼女——葉月さん——への恋を。

「おい一樹、聞いてくれよ俺の今日の敗北を」

 正直、もう聞き飽きている。昨日も、一昨日だって敗北していたというのに。でも、俺にできることは聞くくらいしかないから、今日も今日とて「どうしたんだよ」決してとても優しくはないが友人として最低限の優しさをまとった声で言う。

「今日も駄目だった……!」

 そりゃあそうだろうなと思う。そこそこイケてるとはいえ所詮クラスの片隅にいる自称イケメンのこいつなんて、あの葉月さんの箸にはかからない。なんたって、隣のクラスどころか違う高校のミスターコンで優勝した男子生徒にまで彼女の魅力は伝わっているのだ。

「なあ一樹何がだめなんだと思う? 俺は今日もこんなにかっこいいのにそして葉月さんのメガネは今日も綺麗に拭かれていたというのに! 俺がいた時に限って葉月さんは目にゴミが入ってしまったとか? でもこんなに毎日同じタイミングで目にゴミがはいらなくてもいいだろ!?」

 お前の頭がいけないんだと思う。でも、好きなやつにそんなこと言うのもなんだかなあ。

「ま、しょうがないってやつじゃねーの」
「一樹ぃい……お前だけだよ俺の話をこんなに毎日毎日しっかり聞いてくれるのは!」
「おー、そうかそうか」

 そうだろうよ、クラスのやつらはお前のことを葉月さんの取り巻きの一人としてしか見ていないからな。誰も毎日同じことを話すような奴の話をまともに聞く気はないだろうよ……俺以外。

 俺が、こんなやつに不覚にも惚れてしまったのは中学の時、俺がアニメーター志望なのを知ったクラスの不良連中に絡まれていた時のことがきっかけだった。絡まれ方は、まあ、ご想像にお任せする。ともかく、こいつは不良たちから俺を守るように立ち、言い放ったのだ。

「誰の夢も馬鹿にされるべきではない、お前たちは自分の夢を馬鹿にされて楽しいのか?」

 分かりやすく誰かに守られたのが初めてだったモブの俺は、その時彼の友人として世間に登録されたらしい。でも、惚れた理由は、そんな今時じゃない、場合によっては少し痛い奴で恥ずかしい、と思われるようなその台詞ではなく、その日を境に始まった彼との会話だったのだけれど。

 毎日話す友達というのがそれまで俺にはいなかった。そんな生活が一変した。いつも昼は教室の隅の隅で一人アニメ雑誌を見ながら弁当を食べていたのが、そいつの席の隣で、一緒に購買競争で勝ち取ったパンやらなんやらを馬鹿笑いしながら食べるようになった。教室移動だって、体育でペアを組む時だって、帰り道だって。いつだって俺の日常にそいつがいるようになった。そんな、輝いている日々が俺にとっては新鮮で。楽しかった。楽しい日々をくれたそいつを、好きになった。そうして成績までほぼ隣だった俺たちは自然と同じ高校へ入学し、登下校を共にするようになった。それからだった。俺の楽しかった時間が壊れたのは。

「あっ、ごめんなさい、そのプリント取ってくれる?」
そう、学年一の美少女、葉月さんの一言だった。

 その一言で彼は変わってしまった。毎日彼女のことを見るようになり、毎日彼女のことを話し、毎日彼女のことを考えるようになった。彼の生活から、俺は薄れた。一緒にはいるものの、少なくとも彼の思考の中での登場回数は少なくなった。返してくれよ、一度は俺に与えたあの楽しい日々を。もう少し、夢を見せてくれたっていいだろう。そんな俺の嘆きに彼は気づくことなく、今日も葉月さん葉月さんと彼女を恋慕う。俺は、心の中でもうすぐ告げようと思うさよならを思い浮かべた。ああ好きだ。好きだから、もうこれ以上嫌いにさせないでくれ。俺に教えた幸せな日々を、取り上げないでくれ。これ以上、その愚痴を聞かされたら俺はついにお前を嫌いになってしまう。頼む、俺は、お前を好きな俺でいたいんだ。いたかったんだ。ああ、もう。

 下校中、夕日を背に負いながら葉月さんのことを語る彼を見て、俺はいつもの声のトーンで告げたくなかったさよならを告げた。ちくりと、胸の奥が痛んで、それだけ。
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