ENDLESS SUMMER

茉莉 佳

文字の大きさ
3 / 21

1日目 退社後

しおりを挟む

 一日の仕事を終えてオフィスビルを出たのは、もう6時を回った頃だった。
仕事に熱中していたせいか、気がついたら退社時間になっていた。
それでも午後からの外回りのせいで、ワイシャツは汗でベトベト。
相変わらず日差しは強いままで、暑さはちっとも和らいでくれない。

「くそぅ。夕方だってのに、いつまでも暑いな」

ひとり愚痴りながら、俺は帰りのバスに乗り込む。
行きと違って、帰りは時間がマチマチなせいか、知ってる顔ぶれに出くわす事はあまりない。
帰りのバスでは、仕事を終えてほっとした反面、なんとなく孤独感が募ってくる。
大学に入るまでは、ずっと日田の実家で過ごしていて、だれかがいつも家にいる環境に慣れっこになっていた。

朝、起きると、味噌汁の香りが家中に漂っていて、台所には忙しく立ち回るお袋の背中があった。
夕方、学校から帰ると、農作業を終えた父が、庭で農具の手入れをしていたり、ばあちゃんがニワトリの世話をしていたり、近所のおばちゃんが家でできた野菜を持ってきていたりした。

『おはよう、稜ちゃん。もうごはんできるから早く顔洗っといで』
『おう、稜哉。帰ってきたか。宿題ないんだったら、父ちゃんの仕事をちょっと手伝わんか』
『稜くん学校はどう? 大学はどこに行きんしゃるんね?』

いつでもだれかが周りにいて、笑顔で声をかけてくれた。
なので、だれも待つ人のいない、電灯さえついてない部屋に帰るのは、気が滅入ってくる。

『仕事終わって家に帰ってるとこ。今夜もまたコンビニ弁当』

バスに揺られながらスマホを取り出し、ありさへメールを送って、俺は寂しさを紛らした。
降りる頃にレスが来る。

『お疲れさま。いつもコンビニ弁当だと、栄養偏るよ』

…そうだな。
外食やコンビニ弁当より、ありさが作ってくれるメシがいい。
ぶっちゃけ、お袋の年期の入った手料理と較べると、ありさの料理はまだまだ修行が必要だけど、それでも『レシピ+愛』の手料理は格別だ。
休みの日などにたまに家で作ってくれる事があるが、さりげなく俺の嗜好を察知して、好みに合わせながらも、栄養のバランスを上手くとれる様にと、献立に気配りしている。
結婚すれば、そんなありさの手料理が毎日食べられると思うと、嬉しくなってくる。
男はやっぱり、胃袋掴まれると弱いんだよな~。


 部屋に帰る前に、マンションのはす向かいにあるコンビニに寄って、ハンバーグ弁当を買う。
あまりの暑さに、思わずビールにも手が伸びてしまう。
部屋に入るとさっさと暑苦しいスーツを脱ぎ、シャワーで汗を流す。
夏の間はわざわざバスタブにお湯を溜めなくても、これだけで充分だ。
気持ちのいい水の流れに身をまかせながら、頭からシャワーを浴び、シャンプーのボトルをプッシュしてゴシゴシと髪を洗い、顔やからだも洗って、俺は一日の汚れを落とした。
風呂が終わると、ボクサーパンツだけを穿いて冷蔵庫からビールを取り出し、テレビをつけてコンビニ弁当を広げ、録画していた映画を観ながら、ひとり寂しく弁当を口に運び、ビールを喉に流し込む。

今日も熱帯夜だ。
クーラーが壊れてるんじゃないか、と思うくらいだ。
昼間の日差しの熱がまだ壁や床に残っていて、蒸し暑くて寝つけない。
寝る前にもう一度シャワーを浴びて少しは涼しくなったが、それも気休めに過ぎない。
俺は何度も、ベッドの上で寝返りを打った。
そうやって悶々としていると、スマホからメールの着信音が聞こえてきた。

『もう寝た? わたしは今、髪乾かしてるとこ。おやすみなさい』

ありさからのメールだった。
ありさも俺と同じ様に、ひとり暮らしをしている。
ターミナルから地下鉄で10分程走った、湖を抱えた都心の大きな公園の側にある、なかなか高級そうなワンルームマンションの7階だ。
12帖程の洋室には白いスチールのベッドが置いてあって、その脇にはローチェストと小さなテーブル。
クッションやベッドカバー、カーテンは、淡いオリーブグリーンとくすんだ水色で、落ち着いた雰囲気を醸している。インテリアや小物も地味だけど、シックでさりげなく趣味がいい。
そんな部屋で、お気に入りのクッションにもたれながら、ありさが長い髪にドライヤーを当ててメールを打つ姿を、俺は想像した。
細い肩ひものキャミソールに、シルクのショートパンツ姿で、長い脚を床に投げ出しているありさ。
薄いキャミソールは彼女の豊かな胸でふっくらと盛り上がり、濡れた髪がうなじに貼りつく。
その姿はさぞかしセクシ―だろう。
最愛の恋人をベッドのなかで想像しながら、俺は次に彼女に会えるのを心待ちにして、いつの間にか深い眠りに落ちた。

こうしていつもと同じ、平凡な一日が終わった。

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...