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エピローグ
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最後まで読み終えて、わたしはその古ぼけたキャンパスノートを、パタンと閉じた。
「ふぅ~っ」
大きく息をついて、手元のノートから窓の外の景色に目を移しす。
晩秋の日暮れは早く、もう外は夕闇が濃く、あたりを包んでいる。
夕食の支度も忘れて、思わず読みふけってしまったので、今夜はデリバリーですますとしよう。
「日記の一気読みなんて、するもんじゃないな」
だれに言うでもなく呟いたわたしは、ノートをまとめて元の場所に戻し、戸棚を閉じて、いつもの日常に戻ろうとした。
だけど、まだ心のどこかであの頃の感情がくすぶっていて、今の自分に戻れない。
日記を書いた当時の心境が、生々しく蘇ってきて、心がざわついてしまう。
20年以上も前の出来事なんだけど、つい昨日あった事かのように、生々しく心をえぐる。
そういえばわたし、小説家になりたかったんだ。
どうしてそんな大事なことを、忘れてしまっていたんだろう。
ノートに記された日々は、確かにかつて、自分が経験したこと。
なのに、今の自分とは断絶してしまっている。
それはまるで地中に埋もれてしまった、化石のよう。
毎日繰り返されるできごとが、降り積もっていき、過去の記憶を少しずつ覆っていく。
そしていつしか、古い記憶は心の奥深くに沈んでしまい、憶い出すこともなくなってしまう。
みっこと過ごした日々も、川島君との甘い記憶も、今のわたしにはもう古い化石みたいに、硬く色あせて固まっている。
わたしは今、相変わらず福岡にいる。
川島君とのつきあいは、わたしが西蘭女子大を卒業して数年後、自然と消滅してしまった。
彼は東京でカメラマンとして毎日忙しく飛び回っていて、わたしは遠く離れた福岡で、小説家とはほど遠い仕事について、慌ただしい毎日を送っていた。
ふたりの間には、もう、接点はなくなっていた。
もちろん、就職してはじめのうちは同人誌活動もやっていたし、できるだけ川島君と連絡とったり、長い休みがとれたときは、お互い会いに行ったりしていたけど、ふたりの距離を埋めることに費やすパワーは、次第に失われていった。
もちろん、わたしは彼のことが本当に好きだった。
だけど、大きく隔てられてしまったふたりの道を元に戻す力は、どちらにももう残っていなかった。
それでも、わたしの誕生日には、川島君から必ず、花束が届けられていた。
「誕生日には、毎年花束をちょうだい?」
といういつかの海での約束を、彼はずっと覚えてくれていて、別れてしまってお互い別の恋人ができてからも、こうして花束を届けてくれるのだ。
わたしは花束に顔を埋め、しばらく感傷に浸る。
それは、わたしが結婚した年の誕生日まで続いていた。
森田美湖はだれとも結婚することがないまま、数々の浮き名を流しながら、女優として成長していった。
ドラマや映画にも主役級で出演する傍らで、相変わらずモデル業も続けていて、年齢を感じさせないその美貌とスタイルを、20年以上もずっと保ち続けている。
彼女のあの笑顔を見ていると、今でもなんだか元気が湧いてきて、わたしも『なにかやらなきゃ』って気持ちにさせられる。
もう一度、夢を追いかけてみようかな。
20年前と違って、今では小説投稿サイトもあるし、ブログや自分のホームページを作って、作品の発表も簡単にできるようになった。
必ずしもプロの小説家にならなくても、趣味としてでも書いていける。
子供もだいぶ手がかからなくなってきたし、パパのパソコンを借りて、また小説でも書いてみようかな。
もう20年も前の日記帳を見て、わたしのなかですっかり消えてしまっていた炎が、再び小さな火を灯したような気がする。
昔、みっこが言っていたように、恋愛にも友情にも最終ページがないのなら、夢にだって終わりはないものかもしれない。
そう決めたわたしは、いったん戸棚の奥にしまったキャンパスノートをもう一度取り出し、パラパラとめくってみた。
そして、古ぼけたキャンパスノートの最終ページに書かれた、口紅の文字を指でなぞって、あの頃のように、小さくつぶやいてみた。
「好き」
END
29th Nov. 2011 初稿
19th Apr.2016 改稿
23th Aug.2020 改稿
「ふぅ~っ」
大きく息をついて、手元のノートから窓の外の景色に目を移しす。
晩秋の日暮れは早く、もう外は夕闇が濃く、あたりを包んでいる。
夕食の支度も忘れて、思わず読みふけってしまったので、今夜はデリバリーですますとしよう。
「日記の一気読みなんて、するもんじゃないな」
だれに言うでもなく呟いたわたしは、ノートをまとめて元の場所に戻し、戸棚を閉じて、いつもの日常に戻ろうとした。
だけど、まだ心のどこかであの頃の感情がくすぶっていて、今の自分に戻れない。
日記を書いた当時の心境が、生々しく蘇ってきて、心がざわついてしまう。
20年以上も前の出来事なんだけど、つい昨日あった事かのように、生々しく心をえぐる。
そういえばわたし、小説家になりたかったんだ。
どうしてそんな大事なことを、忘れてしまっていたんだろう。
ノートに記された日々は、確かにかつて、自分が経験したこと。
なのに、今の自分とは断絶してしまっている。
それはまるで地中に埋もれてしまった、化石のよう。
毎日繰り返されるできごとが、降り積もっていき、過去の記憶を少しずつ覆っていく。
そしていつしか、古い記憶は心の奥深くに沈んでしまい、憶い出すこともなくなってしまう。
みっこと過ごした日々も、川島君との甘い記憶も、今のわたしにはもう古い化石みたいに、硬く色あせて固まっている。
わたしは今、相変わらず福岡にいる。
川島君とのつきあいは、わたしが西蘭女子大を卒業して数年後、自然と消滅してしまった。
彼は東京でカメラマンとして毎日忙しく飛び回っていて、わたしは遠く離れた福岡で、小説家とはほど遠い仕事について、慌ただしい毎日を送っていた。
ふたりの間には、もう、接点はなくなっていた。
もちろん、就職してはじめのうちは同人誌活動もやっていたし、できるだけ川島君と連絡とったり、長い休みがとれたときは、お互い会いに行ったりしていたけど、ふたりの距離を埋めることに費やすパワーは、次第に失われていった。
もちろん、わたしは彼のことが本当に好きだった。
だけど、大きく隔てられてしまったふたりの道を元に戻す力は、どちらにももう残っていなかった。
それでも、わたしの誕生日には、川島君から必ず、花束が届けられていた。
「誕生日には、毎年花束をちょうだい?」
といういつかの海での約束を、彼はずっと覚えてくれていて、別れてしまってお互い別の恋人ができてからも、こうして花束を届けてくれるのだ。
わたしは花束に顔を埋め、しばらく感傷に浸る。
それは、わたしが結婚した年の誕生日まで続いていた。
森田美湖はだれとも結婚することがないまま、数々の浮き名を流しながら、女優として成長していった。
ドラマや映画にも主役級で出演する傍らで、相変わらずモデル業も続けていて、年齢を感じさせないその美貌とスタイルを、20年以上もずっと保ち続けている。
彼女のあの笑顔を見ていると、今でもなんだか元気が湧いてきて、わたしも『なにかやらなきゃ』って気持ちにさせられる。
もう一度、夢を追いかけてみようかな。
20年前と違って、今では小説投稿サイトもあるし、ブログや自分のホームページを作って、作品の発表も簡単にできるようになった。
必ずしもプロの小説家にならなくても、趣味としてでも書いていける。
子供もだいぶ手がかからなくなってきたし、パパのパソコンを借りて、また小説でも書いてみようかな。
もう20年も前の日記帳を見て、わたしのなかですっかり消えてしまっていた炎が、再び小さな火を灯したような気がする。
昔、みっこが言っていたように、恋愛にも友情にも最終ページがないのなら、夢にだって終わりはないものかもしれない。
そう決めたわたしは、いったん戸棚の奥にしまったキャンパスノートをもう一度取り出し、パラパラとめくってみた。
そして、古ぼけたキャンパスノートの最終ページに書かれた、口紅の文字を指でなぞって、あの頃のように、小さくつぶやいてみた。
「好き」
END
29th Nov. 2011 初稿
19th Apr.2016 改稿
23th Aug.2020 改稿
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