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19 12月のダイアリー
12月のダイアリー 11月27日
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11月27日(水) 晴
久し振りに、西田教授の研究室にお邪魔した。
教授が執筆されていた本の手伝いをしていたのは、去年の冬から夏にかけてで、その頃はよく研究室に伺っていろいろお手伝いしていたが、本が出版されたあとは、たまにしか顔を出していなかった。
今日、思い切って教授に訊いてみた。
『失恋のショックから立ち直る最良の方法』を。
教授は腕組みをして、少し考え、ひとこと言った。
『そんな最良の方法があるなら、わたしが訊きたいな』って。
『失恋は人生の危機なんだ』と、『自己の喪失なんだ』と、教授はおっしゃった。
人は危険に直面すれば、本能的に避けようとする。
失恋もそんな『危機』なんだから、避けたくなるのもしかたない。
無理に立ち向かったりせず、『逃げて当然だ』って、認めてもいいじゃないか。
それはなにも、恥ずかしいことじゃない、と、教授はおっしゃった。
『現実から逃げた自分を責める必要はない。辛いものは辛いと、素直に受け入れればいい』と。
だけど、もし、そこから少しでも前に進んでいきたいという気になれば、たまにはその気持ちと向き合って、自分を顧みればいいんじゃないか。
自分が立っている場所から、一歩だけ高いところに立ってみるようにして、自分を見下ろして眺めてみることは、できないだろうか、と。
つまり、失恋で苦しんでいる自分を、客観的に眺めてみること。
『岡目八目』という諺があるけど、物ごとの渦中にいる人より、それを外から眺めている人の方が、より遠くまで事柄を見通せるように、客観的に自分を見つめることで、より広く自分を知ることができるということだ。
それは、口で言うのはやさしいけど、実際に行うのは難しい。
難しくてできなければ、無理にやる必要はない。
できそうなときに、重荷にならない程度に、やってみたらいい。
自分の行いを顧みて、反省するのは人間だけで、それが自分磨きに繋がっていくんだからね。
教授はそうおっしゃって、最後にご自分の経験を語って下さった。
「わたしも若い頃、とっても好きだった女の子に振られたことがあるんだよ。
その子のことは、他のだれよりも好きで、自分の人生をかけて愛していると自負し、幸い相手もわたしを好きになってくれて、しばらくはつきあったけど、結局彼女は他の男を選んで終わったのだよ。
そのときはとにかく、自分の失恋をネタにして、いろんな小説を書いたよ。
『失恋』というモチーフを様々な角度から眺めて、書いて書いて、書きまくったよ。
まあ実際は、好きな女の子にこっぴどく振られて、立ち直れなくて、小説どころじゃなかったけど、負けず嫌いのわたしは、『この悲しみを文学に昇華するぞ!』って、奮起した…
いや。
正確には、奮起したと自分に思わせることで、『失恋』という破滅的な経験を無理矢理にでも正当化して、それを自分の人生に意味づけようとしたんだよ。
失恋ってのは手っ取り早い葛藤の機会だから、『ありがたい経験だ』って強がりながらね。
そうすることで、自分を見つめ直すことができて、今では振ってくれた彼女に、感謝しているんだよ。
いやいや。これも強がりだね。
実際失恋は、惨めで、残酷で、みっともないもんだ。
もう二度とごめんだね」
そうおっしゃって、教授は照れ笑いを浮かべた。
そうか…
そうよね。
わたしだって、小説書きを目指す女の子だもん。
このピンチをチャンスに変えていかなくっちゃね。
やっぱり教授に話してみて、よかった。
少しは、気持ちを切り替えられるかもしれない。
つづく
久し振りに、西田教授の研究室にお邪魔した。
教授が執筆されていた本の手伝いをしていたのは、去年の冬から夏にかけてで、その頃はよく研究室に伺っていろいろお手伝いしていたが、本が出版されたあとは、たまにしか顔を出していなかった。
今日、思い切って教授に訊いてみた。
『失恋のショックから立ち直る最良の方法』を。
教授は腕組みをして、少し考え、ひとこと言った。
『そんな最良の方法があるなら、わたしが訊きたいな』って。
『失恋は人生の危機なんだ』と、『自己の喪失なんだ』と、教授はおっしゃった。
人は危険に直面すれば、本能的に避けようとする。
失恋もそんな『危機』なんだから、避けたくなるのもしかたない。
無理に立ち向かったりせず、『逃げて当然だ』って、認めてもいいじゃないか。
それはなにも、恥ずかしいことじゃない、と、教授はおっしゃった。
『現実から逃げた自分を責める必要はない。辛いものは辛いと、素直に受け入れればいい』と。
だけど、もし、そこから少しでも前に進んでいきたいという気になれば、たまにはその気持ちと向き合って、自分を顧みればいいんじゃないか。
自分が立っている場所から、一歩だけ高いところに立ってみるようにして、自分を見下ろして眺めてみることは、できないだろうか、と。
つまり、失恋で苦しんでいる自分を、客観的に眺めてみること。
『岡目八目』という諺があるけど、物ごとの渦中にいる人より、それを外から眺めている人の方が、より遠くまで事柄を見通せるように、客観的に自分を見つめることで、より広く自分を知ることができるということだ。
それは、口で言うのはやさしいけど、実際に行うのは難しい。
難しくてできなければ、無理にやる必要はない。
できそうなときに、重荷にならない程度に、やってみたらいい。
自分の行いを顧みて、反省するのは人間だけで、それが自分磨きに繋がっていくんだからね。
教授はそうおっしゃって、最後にご自分の経験を語って下さった。
「わたしも若い頃、とっても好きだった女の子に振られたことがあるんだよ。
その子のことは、他のだれよりも好きで、自分の人生をかけて愛していると自負し、幸い相手もわたしを好きになってくれて、しばらくはつきあったけど、結局彼女は他の男を選んで終わったのだよ。
そのときはとにかく、自分の失恋をネタにして、いろんな小説を書いたよ。
『失恋』というモチーフを様々な角度から眺めて、書いて書いて、書きまくったよ。
まあ実際は、好きな女の子にこっぴどく振られて、立ち直れなくて、小説どころじゃなかったけど、負けず嫌いのわたしは、『この悲しみを文学に昇華するぞ!』って、奮起した…
いや。
正確には、奮起したと自分に思わせることで、『失恋』という破滅的な経験を無理矢理にでも正当化して、それを自分の人生に意味づけようとしたんだよ。
失恋ってのは手っ取り早い葛藤の機会だから、『ありがたい経験だ』って強がりながらね。
そうすることで、自分を見つめ直すことができて、今では振ってくれた彼女に、感謝しているんだよ。
いやいや。これも強がりだね。
実際失恋は、惨めで、残酷で、みっともないもんだ。
もう二度とごめんだね」
そうおっしゃって、教授は照れ笑いを浮かべた。
そうか…
そうよね。
わたしだって、小説書きを目指す女の子だもん。
このピンチをチャンスに変えていかなくっちゃね。
やっぱり教授に話してみて、よかった。
少しは、気持ちを切り替えられるかもしれない。
つづく
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