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18 Rip Stick ~After side
Rip Stick 25
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シャワーのあと、わたしの用意した服を着て、森田美湖はリビングルームへ戻ってきた。
うつむいたまま、居場所がないかのように、ドアのところに立ったまま黙っている。
寄り添うようにみっこの側にいった川島君は、熱いココアの入ったカップを手渡すと、ソファを勧めた。
「…なにかしてほしいこと、ない?」
長い時間をかけて、みっこがココアを飲み終えるのを見計らって、川島君が訊いた。
「…眠りたい」
やっぱりわたしたちの顔を見ないまま、まだぬくもりの残るカップを、みっこは両手で包んでつぶやいた。
川島君はみっこの手をとり、肩を押しながら、彼女を寝室に連れていき、ベッドに横たえ、毛布をかけてやった。
「じゃ、おやすみみっこ。今夜はもう、なにも考えるんじゃないよ」
そう言って、川島君はみっこにやさしく微笑むと、となりで見守っていたわたしを促し、部屋を出ようとした。
だけどみっこはベッドから手を出し、川島君のカーディガンの裾を握りしめた。
瞳には、溢れるほどに涙が溜まっている。
涙でうるんだ瞳で、彼女は川島君を見つめたまま黙っていたが、ようやく聞き取れるくらいのか細い声で、ひとことだけ言った。
「…いて」
「…」
川島君は立ち止まり、黙ってみっこを見つめる。
みっこもしばらく彼を見つめていたが、もう一方の手で毛布をまくり上げ、顔を埋めた。
「…いいよ。さつきちゃんと、ここにいるよ」
そう言って同意を求めるように、川島君はわたしを振り向く。わたしはうなずくしかなかった。
今は、なにも言えない。
なにか言い出すと、それがとんでもないことになっちゃいそうで、わたしは今夜だけは、自分の思考をすべて、ストップさせることにした。
『今夜はもう、なにも考えるんじゃないよ』
川島君のみっこへのアドバイスが、そのままわたしの心にも響いてきた。
一晩中、わたしと川島君は、ほとんど口をきかなかった。
リビングのソファで眠れぬ夜を過ごし、ようやくウトウトとまどろみはじめた頃には、外はもう白みかけていた。
ガチャリとドアノブを回す音で、わたしは目を覚ます。
見ると、すっかり身支度を整えたみっこが、うしろ手でドアを閉め、こちらをじっと見ていた。
「夕べはいろいろありがとう。お世話になりました」
わたしたちから少し距離を置いて立ち止まると、みっこはそう言って、ぺこんと頭を下げた。
ずいぶんと繕った、丁寧な口調。
だけどそれは、ファンデーションで隠そうとしている頬の青あざと同じように、彼女の傷ついた心を覆い隠すことは、できなかった。
「いいんだよ。気にしなくて」
睡眠不足で真っ赤になった目を無理になごませて、川島君はみっこに微笑む。
みっこはそんな川島君をじっと見つめていたが、今度はわたしに向かって、うなだれるように肩を落とし、つぶやいた。
「さつき… ごめんなさい」
「…っち朝食、作ろうか?」
わたしも川島君と同じように、自分の感情を抑えるように、無理に微笑みを作って言ったが、彼女はかぶりを振った。
「ううん。いい」
「大丈夫かい?」
「心配ない。ひとりにしといて」
「そう? じゃあ、ぼくたちも、そろそろ帰るよ」
「…ん」
「なにかあったら、連絡して」
「…ん」
「さつきちゃん。行こうか」
わたしの肩をポンとたたいて促し、川島君はソファを立つ。
わたしも黙ったまま、立ち上がった。
みっこはわたしたちを、玄関まで見送った。
「じゃあ、みっこ。気をしっかり持てよ」
「…ん」
「藤村さんも言ってたけど、あとのことは心配しなくていいから」
「…ん」
「じゃあ、帰るね」
「…さよなら」
川島君の言葉にそう応えるだけで、みっこは伏せ目がちにしてわたしたちを見ず、ドアを閉じた。
何度も心配そうに振り返りながら、後ろ髪を引かれるように、川島君はみっこのマンションをあとにした。
それまでの間…
森田美湖と川島祐二が抱きあい、キスするのを見せられて、彼女を家まで送り、翌朝部屋を出るまで…
わたしがその後のような言動に出なかったのは、多分、親友だった森田美湖に対する、最後のいたわりの気持ちと、自分の醜態を、彼女にだけはさらけ出したくないという、女としてのギリギリのプライドがあったからだと思う。
つづく
うつむいたまま、居場所がないかのように、ドアのところに立ったまま黙っている。
寄り添うようにみっこの側にいった川島君は、熱いココアの入ったカップを手渡すと、ソファを勧めた。
「…なにかしてほしいこと、ない?」
長い時間をかけて、みっこがココアを飲み終えるのを見計らって、川島君が訊いた。
「…眠りたい」
やっぱりわたしたちの顔を見ないまま、まだぬくもりの残るカップを、みっこは両手で包んでつぶやいた。
川島君はみっこの手をとり、肩を押しながら、彼女を寝室に連れていき、ベッドに横たえ、毛布をかけてやった。
「じゃ、おやすみみっこ。今夜はもう、なにも考えるんじゃないよ」
そう言って、川島君はみっこにやさしく微笑むと、となりで見守っていたわたしを促し、部屋を出ようとした。
だけどみっこはベッドから手を出し、川島君のカーディガンの裾を握りしめた。
瞳には、溢れるほどに涙が溜まっている。
涙でうるんだ瞳で、彼女は川島君を見つめたまま黙っていたが、ようやく聞き取れるくらいのか細い声で、ひとことだけ言った。
「…いて」
「…」
川島君は立ち止まり、黙ってみっこを見つめる。
みっこもしばらく彼を見つめていたが、もう一方の手で毛布をまくり上げ、顔を埋めた。
「…いいよ。さつきちゃんと、ここにいるよ」
そう言って同意を求めるように、川島君はわたしを振り向く。わたしはうなずくしかなかった。
今は、なにも言えない。
なにか言い出すと、それがとんでもないことになっちゃいそうで、わたしは今夜だけは、自分の思考をすべて、ストップさせることにした。
『今夜はもう、なにも考えるんじゃないよ』
川島君のみっこへのアドバイスが、そのままわたしの心にも響いてきた。
一晩中、わたしと川島君は、ほとんど口をきかなかった。
リビングのソファで眠れぬ夜を過ごし、ようやくウトウトとまどろみはじめた頃には、外はもう白みかけていた。
ガチャリとドアノブを回す音で、わたしは目を覚ます。
見ると、すっかり身支度を整えたみっこが、うしろ手でドアを閉め、こちらをじっと見ていた。
「夕べはいろいろありがとう。お世話になりました」
わたしたちから少し距離を置いて立ち止まると、みっこはそう言って、ぺこんと頭を下げた。
ずいぶんと繕った、丁寧な口調。
だけどそれは、ファンデーションで隠そうとしている頬の青あざと同じように、彼女の傷ついた心を覆い隠すことは、できなかった。
「いいんだよ。気にしなくて」
睡眠不足で真っ赤になった目を無理になごませて、川島君はみっこに微笑む。
みっこはそんな川島君をじっと見つめていたが、今度はわたしに向かって、うなだれるように肩を落とし、つぶやいた。
「さつき… ごめんなさい」
「…っち朝食、作ろうか?」
わたしも川島君と同じように、自分の感情を抑えるように、無理に微笑みを作って言ったが、彼女はかぶりを振った。
「ううん。いい」
「大丈夫かい?」
「心配ない。ひとりにしといて」
「そう? じゃあ、ぼくたちも、そろそろ帰るよ」
「…ん」
「なにかあったら、連絡して」
「…ん」
「さつきちゃん。行こうか」
わたしの肩をポンとたたいて促し、川島君はソファを立つ。
わたしも黙ったまま、立ち上がった。
みっこはわたしたちを、玄関まで見送った。
「じゃあ、みっこ。気をしっかり持てよ」
「…ん」
「藤村さんも言ってたけど、あとのことは心配しなくていいから」
「…ん」
「じゃあ、帰るね」
「…さよなら」
川島君の言葉にそう応えるだけで、みっこは伏せ目がちにしてわたしたちを見ず、ドアを閉じた。
何度も心配そうに振り返りながら、後ろ髪を引かれるように、川島君はみっこのマンションをあとにした。
それまでの間…
森田美湖と川島祐二が抱きあい、キスするのを見せられて、彼女を家まで送り、翌朝部屋を出るまで…
わたしがその後のような言動に出なかったのは、多分、親友だった森田美湖に対する、最後のいたわりの気持ちと、自分の醜態を、彼女にだけはさらけ出したくないという、女としてのギリギリのプライドがあったからだと思う。
つづく
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