Campus91

茉莉 佳

文字の大きさ
上 下
245 / 300
18 Rip Stick ~After side

Rip Stick 24

しおりを挟む
「なんとか家につけたね」
緊張が解けたように胸をなでおろし、藤村さんは言った。
それでもまだ不安があるのか、川島君がおずおずと尋ねる。
「ほんとにこれで、よかったんでしょうか?」
「まあ、ベターな選択だろう。スキャンダルは防ぎたいからね」
「その男たちも、未遂で逃げていったんでしょ?」
確認するように、星川先生が訊く。
「ええ」
「じゃあ警察に通報しても、みっこちゃんにとって、いいことはひとつもないわね」
「ぼくも、そう思います」
「頬と手を擦りむいたくらいで、怪我も思ったより軽いみたいだし、不幸中の幸いだな」
みっこの状態を観察した藤村さんだったが、すぐに悔しさを滲ませるような口調でつぶやいた。
「…にしても悔しいな、泣き寝入りなんて。川島君、そいつらをぶちのめしてくれればよかったのに」
「二・三発はぶん殴ってやったけど… ぼくも悔しいです」
「でも川島君、機転がきくわね。感心したわ」
「いえ… ぼくがもっと早く、みっこを見つけられたら…」
「川島君が自分を責める必要はないわよ」
「みっこちゃん…」
みっこの側に寄り添った藤村さんは、彼女の頬を撫でる。怯えるようにピクリと反応して、みっこは藤村さんをじっと見つめていたが、無言のまま目を伏せた。
「今日はゆっくりと眠りなさい。あとのことはぼくたちの方でなんとかしてあげる。なにも心配ないからね」
「…ありがとうございます」
消え入るような声で応え、みっこは川島君のカーディガンに顔を埋めた。
藤村さんはしばらくみっこの顔を心配そうに見ていたが、こちらを振り向くと、申し訳なさそうに言った。
「ふたりともまだ、みっこちゃんの側に、いてあげられるかい?」
「は、はい」
「みっこの側にいてやりたいのはやまやまなんだけど、明日はどうしても外せない仕事があって、ぼくたちはもう引き上げなきゃいけないけど…」
「大丈夫です藤村さん。あとのことはぼくたちに任せて下さい」
「すまないな、川島君。なにかあったらすぐに連絡をくれよ」
「はい」
「さつきちゃんも、みっこのことをくれぐれも頼むわね」
「は、はい」
星川先生の言葉に、わたしもうなずいて答える。
今は…
そう答えるしかない。


「シャワー、浴びる?」
藤村さんたちが帰ってしまうとと、改めて川島君は訊いた。みっこは小さくうなずく。
「さつきちゃん。みっこにシャワー浴びさせてやって」
「え? ええ…」
「いい… ひとりで入れる」
かぶりを振って、みっこは断った。
「そう? じゃあ、飲みたいものとか、ある?」
「…ココア」
「わかった」
みっこがバスルームに入っていくのを見届けると、川島君はわたしに指図する。
「悪いけどさつきちゃんは、みっこの服を出してやって。ぼくはちょっと牛乳を買ってくるから」
そう言って川島君は部屋を出ていったが、5分もたたないうちに戻ってくると、キッチンでココアを温めた。
「みっこ。着替え、ここに置いとくね」
「…」
すりガラス越しにみっこに声をかけたが、返事はなく、バスルームからはシャワーの音が聞こえてくるだけだった。
部屋から適当に見繕ってきた服を、わたしはそっと洗面台に置いて、バスルームを出た。


「…」

 みっこが戻ってくるまで、わたしと川島君はなにも喋らなかった。
凍りついたような、沈黙の時間が過ぎる。
みっこがシャワーを浴び終えるまで、時計の長針は半周も動いていなかったが、わたしには長い長い時間に感じられた。

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。 ・第一章『First step』(全4話) 真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。 ・第二章 『Be with me』(全4話) 母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。 ・第三章 『First christmas』(全5話) ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……? ・第四章 『Be with you』(全4話) 1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

【短編集】或るシンガーソングライターの憂鬱/或るシングルマザーの憂鬱

ふうこジャスミン
ライト文芸
●【連載中】「或るシンガーソングライターの憂鬱」 闇堕ちした元シンガーソングライターの、変人たちに囲まれた平凡な日常 ●【完結】「或るシングルマザーの憂鬱」シングルマザーの小北紗季は、職場の変人メガネ男と恋愛関係に発展するか!?

藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり

Keitetsu003
ライト文芸
 このお話は「風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-」の番外編です。  藤堂正道と伊藤ほのか、その他風紀委員のちょっと役に立つかもしれないトレビア、雑談が展開されます。(ときには恋愛もあり)  *小説内に書かれている内容は作者の個人的意見です。諸説あるもの、勘違いしているものがあっても、ご容赦ください。

スマイリング・プリンス

上津英
ライト文芸
福岡県福岡市博多区。福岡空港近くの障害者支援施設で働く青年佐古川歩は、カレーとスマホゲー大好きのオタクだった。 ある夏、下半身不随の中途障害者の少年(鴻野尚也)に出会う。すっかり塞ぎ込んでいる尚也を笑顔にしたくて、歩は「スマイリング・プリンス」と作戦名を名付けて尚也に寄り添い始める。

【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!

夕姫
ライト文芸
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1期生として活動する、清楚担当Vtuber『姫宮ましろ』。そんな彼女にはある秘密がある。それは中の人が男ということ……。 そんな『姫宮ましろ』の中の人こと、主人公の神崎颯太は『Fmすたーらいぶ』のマネージャーである姉の神崎桃を助けるためにVtuberとして活動していた。 同じ事務所のライバーとはほとんど絡まない、連絡も必要最低限。そんな生活を2年続けていたある日。事務所の不手際で半年前にデビューした3期生のVtuber『双葉かのん』こと鈴町彩芽に正体が知られて…… この物語は正体を隠しながら『姫宮ましろ』として活動する主人公とガチで陰キャでコミュ障な後輩ちゃんのVtuberお仕事ラブコメディ ※2人の恋愛模様は中学生並みにゆっくりです。温かく見守ってください ※配信パートは在籍ライバーが織り成す感動あり、涙あり、笑いありw箱推しリスナーの気分で読んでください AIイラストで作ったFA(ファンアート) ⬇️ https://www.alphapolis.co.jp/novel/187178688/738771100 も不定期更新中。こちらも応援よろしくです

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。 京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。 ※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※ ※カクヨム、小説家になろうでも公開中※

処理中です...