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17 しあわせの作り方
しあわせの作り方 11
しおりを挟む無言のまま、みっこはフォークを口に運んでいた。
わたしも彼女のとなりに座り、いっしょに食べた。
計算どおり、今回のケーキはリキュールがフルーツの香りを引き立てて、ちょっぴり大人の雰囲気を醸し出し、フルーツ同士の甘さと酸味のハーモニーも抜群。スポンジもふんわりと軽く、ちょっと減らした砂糖の加減も、ちょうどいい感じ。
見栄えだけじゃなく、味も会心の出来に、わたしは満足していた。
“スッ”
となりで黙ってケーキを食べていたみっこは、かすかに鼻をすすった。
寒いのかな?
その音で、わたしはなに気なく、みっこの方を見た。
膝の上のケーキを乗せた紙のお皿には、染みができていて、添えてあった手に、ポトリと一粒、雫が落ちて、はじけた。
「みっこ?」
「ん? おいしいよ」
「どうしたの?」
よく見ると、みっこの瞳には、こぼれんばかりの涙が、いっぱいに溢れている。
わたしを振り向き、まばたきをした拍子に、その涙のひとしずくが、長い下睫毛を伝って、夜露のようにこぼれ落ちる。
なのに彼女は、わたしを見つめて微笑み、美味しそうにケーキを頬張っている。
「ごめん、さつき。あんまり美味しいんで、なんか涙が出てきちゃった。おかしいよね」
そう言って笑い、涙をこぼしながら、みっこはケーキを食べた。
「い… いったいどうしちゃったの?」
「なんでもない。なんでもないから… ありがと、さつき。あたし、あなたのこと、一生忘れない。一生、親友でいたいから」
うわごとのようにそんな言葉をつぶやきながら、みっこはケーキを食べた。
わたしと同じように、みっこも辛い想いを、ケーキといっしょに味わっているのかもしれない。
わたしには、奥さんのいる人に恋する辛さなんて、ほとんど想像もつかない。
『蘭さんと川島君がつきあってる』と思っていたときは、わたしも胸を掻きむしられるように辛かったけど、みっこは今この瞬間も、それ以上の辛さを味わっているのかもしれない。
そんな辛い胸の内をだれにも言えず、森田美湖はずっとひとりで耐えていたんだろうと、さっきの取り乱した彼女を見て、痛いほど感じる。
親友として、わたしはそんな彼女に、なにかしてあげたい。
少しでも、彼女の気持ちの慰めになってあげたい。
友情なんて、このケーキといっしょかもしれない。
放っておいたら、ボソボソに固くなって、干からびてしまって、腐れ、ヒビが入っていく。
友情にはレシピなんてないけど、『なにかしてあげたい』って気持ちさえあれば、ずっと美味しいままでいられるはず。
泣きながらケーキを食べる彼女を横目で見ながら、わたしは心からそう思っていた。
『あなたのこと、一生忘れない。一生、親友でいたいから』
それはわたしも、同じ思い。
みっことはずっと、親友でいたい。
そしてわたしは、あとになって、森田美湖のその言葉と涙に込められた、もっと深い意味を、痛いほど知ることになった。
END
25th Aug. 2011
27th May 2020 改稿
わたしも彼女のとなりに座り、いっしょに食べた。
計算どおり、今回のケーキはリキュールがフルーツの香りを引き立てて、ちょっぴり大人の雰囲気を醸し出し、フルーツ同士の甘さと酸味のハーモニーも抜群。スポンジもふんわりと軽く、ちょっと減らした砂糖の加減も、ちょうどいい感じ。
見栄えだけじゃなく、味も会心の出来に、わたしは満足していた。
“スッ”
となりで黙ってケーキを食べていたみっこは、かすかに鼻をすすった。
寒いのかな?
その音で、わたしはなに気なく、みっこの方を見た。
膝の上のケーキを乗せた紙のお皿には、染みができていて、添えてあった手に、ポトリと一粒、雫が落ちて、はじけた。
「みっこ?」
「ん? おいしいよ」
「どうしたの?」
よく見ると、みっこの瞳には、こぼれんばかりの涙が、いっぱいに溢れている。
わたしを振り向き、まばたきをした拍子に、その涙のひとしずくが、長い下睫毛を伝って、夜露のようにこぼれ落ちる。
なのに彼女は、わたしを見つめて微笑み、美味しそうにケーキを頬張っている。
「ごめん、さつき。あんまり美味しいんで、なんか涙が出てきちゃった。おかしいよね」
そう言って笑い、涙をこぼしながら、みっこはケーキを食べた。
「い… いったいどうしちゃったの?」
「なんでもない。なんでもないから… ありがと、さつき。あたし、あなたのこと、一生忘れない。一生、親友でいたいから」
うわごとのようにそんな言葉をつぶやきながら、みっこはケーキを食べた。
わたしと同じように、みっこも辛い想いを、ケーキといっしょに味わっているのかもしれない。
わたしには、奥さんのいる人に恋する辛さなんて、ほとんど想像もつかない。
『蘭さんと川島君がつきあってる』と思っていたときは、わたしも胸を掻きむしられるように辛かったけど、みっこは今この瞬間も、それ以上の辛さを味わっているのかもしれない。
そんな辛い胸の内をだれにも言えず、森田美湖はずっとひとりで耐えていたんだろうと、さっきの取り乱した彼女を見て、痛いほど感じる。
親友として、わたしはそんな彼女に、なにかしてあげたい。
少しでも、彼女の気持ちの慰めになってあげたい。
友情なんて、このケーキといっしょかもしれない。
放っておいたら、ボソボソに固くなって、干からびてしまって、腐れ、ヒビが入っていく。
友情にはレシピなんてないけど、『なにかしてあげたい』って気持ちさえあれば、ずっと美味しいままでいられるはず。
泣きながらケーキを食べる彼女を横目で見ながら、わたしは心からそう思っていた。
『あなたのこと、一生忘れない。一生、親友でいたいから』
それはわたしも、同じ思い。
みっことはずっと、親友でいたい。
そしてわたしは、あとになって、森田美湖のその言葉と涙に込められた、もっと深い意味を、痛いほど知ることになった。
END
25th Aug. 2011
27th May 2020 改稿
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