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17 しあわせの作り方
しあわせの作り方 9
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なにも言えなかった。
『みっこは川島君のことが好き』
だなんて、疑っていた自分が、情けない。
みっこはこんなにも辛い気持ちでいたのに、自分のことしか考えられなかったわたしが、恥ずかしい。
「…ごめん」
そう言って寄り添うように、わたしもみっこのとなりにしゃがみ込む。
彼女の肩におそるおそる、指を触れる。
かすかに震える、細い肩。
みっこはなにも言わず、ただ、両腕を抱えて、顔を伏せたままだった。
わたしはただ、黙って見ているしかなかった。
そう…
まるで、去年のみっこの誕生日に、『Moulin Rouge』のドレッシングルームで泣いていたみっこを、なにもできずに見守っていたときのように。
それは、わたしには入ることのできない、みっこだけの心のテリトリー。
いったいどのくらい、そうしていただろう?
「…ごめん。さつき」
かすかな嗚咽のあと、ため息のように、みっこはつぶやいた。
「わたしの方こそ… なにも知らないでひどいことばかり言って。ごめん」
「…」
わたしの言葉が聞こえているのかいないのか、みっこはバッグからハンカチを取り出すと、わたしに背を向けて、黙って目頭に押し当てた。
「見ないでさつき。あたし、ひどい顔してる」
「いいよ、泣いたって」
「恥ずかしい」
みっこはそう言って、すっくと立ち上がり、顔を背けたまま言った。
「あたし、もう、帰るね。今日はわざわざありがとう。じゃあ、おやすみ」
そう言ってみっこは足早に歩きはじめる。
え?
なに、この中途半端な別れ。
こんなんじゃ、すっきりしない。
いてもたってもいられない気持ちで、わたしは彼女の背中に、思わず声をかけた。
「みっこ! あなたにあげたいものがあるの」
わたしの言葉に反応し、みっこは何歩か歩いたあと、背中を向けたまま立ち止まった。
「ちょっと待ってて。すぐ家から持って来るから」
後ろ姿の彼女の頭が、かすかに下がる。
…うなずいたのよね。
「待っててね。すぐ戻って来るから。どこにも行かないでね! 絶対よ!」
このままじゃ、みっこはわたしの前から消えていなくなってしまいそう。
そんな不安で、わたしは重ねて念を押して、公園を出て駆け出した。
わたしは走った。
みっこと川島君のこと。
みっこの好きな人。
わたしの誤解。
モルディブから帰ってきて以来、わたしのなかで渦を巻いていたいろんな想いが、今夜のみっこの告白で、いっしょくたになって、混ざりあい、心を揺さぶる。
そんな濁った感情を振り払うかのように、わたしは夜の住宅街をひたすら走っていった。
『みっこにあげたいもの』って、思わず言っちゃったけど…
別に、そんなものはなかった。
ただ、なにかしてあげたくて。
みっこを元気づけてあげたくて、咄嗟に口に出た言葉だった。
家に駆け込んだわたしは、反射的に冷蔵庫を開け、できあがったばかりのケーキをガラスのケーキケースに入れ、それをトートバッグに詰めると再び家を飛び出し、できるだけ揺らさないように、でもできるだけ早く、みっこの待つ公園に戻った。
つづく
『みっこは川島君のことが好き』
だなんて、疑っていた自分が、情けない。
みっこはこんなにも辛い気持ちでいたのに、自分のことしか考えられなかったわたしが、恥ずかしい。
「…ごめん」
そう言って寄り添うように、わたしもみっこのとなりにしゃがみ込む。
彼女の肩におそるおそる、指を触れる。
かすかに震える、細い肩。
みっこはなにも言わず、ただ、両腕を抱えて、顔を伏せたままだった。
わたしはただ、黙って見ているしかなかった。
そう…
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「…ごめん。さつき」
かすかな嗚咽のあと、ため息のように、みっこはつぶやいた。
「わたしの方こそ… なにも知らないでひどいことばかり言って。ごめん」
「…」
わたしの言葉が聞こえているのかいないのか、みっこはバッグからハンカチを取り出すと、わたしに背を向けて、黙って目頭に押し当てた。
「見ないでさつき。あたし、ひどい顔してる」
「いいよ、泣いたって」
「恥ずかしい」
みっこはそう言って、すっくと立ち上がり、顔を背けたまま言った。
「あたし、もう、帰るね。今日はわざわざありがとう。じゃあ、おやすみ」
そう言ってみっこは足早に歩きはじめる。
え?
なに、この中途半端な別れ。
こんなんじゃ、すっきりしない。
いてもたってもいられない気持ちで、わたしは彼女の背中に、思わず声をかけた。
「みっこ! あなたにあげたいものがあるの」
わたしの言葉に反応し、みっこは何歩か歩いたあと、背中を向けたまま立ち止まった。
「ちょっと待ってて。すぐ家から持って来るから」
後ろ姿の彼女の頭が、かすかに下がる。
…うなずいたのよね。
「待っててね。すぐ戻って来るから。どこにも行かないでね! 絶対よ!」
このままじゃ、みっこはわたしの前から消えていなくなってしまいそう。
そんな不安で、わたしは重ねて念を押して、公園を出て駆け出した。
わたしは走った。
みっこと川島君のこと。
みっこの好きな人。
わたしの誤解。
モルディブから帰ってきて以来、わたしのなかで渦を巻いていたいろんな想いが、今夜のみっこの告白で、いっしょくたになって、混ざりあい、心を揺さぶる。
そんな濁った感情を振り払うかのように、わたしは夜の住宅街をひたすら走っていった。
『みっこにあげたいもの』って、思わず言っちゃったけど…
別に、そんなものはなかった。
ただ、なにかしてあげたくて。
みっこを元気づけてあげたくて、咄嗟に口に出た言葉だった。
家に駆け込んだわたしは、反射的に冷蔵庫を開け、できあがったばかりのケーキをガラスのケーキケースに入れ、それをトートバッグに詰めると再び家を飛び出し、できるだけ揺らさないように、でもできるだけ早く、みっこの待つ公園に戻った。
つづく
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