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茉莉 佳

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17 しあわせの作り方

しあわせの作り方 6

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 秋の長い夜は、はじまったばかり。
街角の街灯が、わずかに群青色の残る空に、点々とまぶしい滲みをつくっている。

すっかり暗くなった公園に着くと、わたしはあたりを見回した。
街灯が公園の所々を照らしているものの、薮の奥や木陰はもう真っ暗で、よく見えない。
こうして夜の公園を歩いていると、どうしても過去の幻影がよぎる。

そう。

この公園は、川島君が家まで送ってくれるときに、たまに寄り道するところ。
ベンチに座ったり、ブランコに揺られたりしながら、この暗がりで川島君とキスをしたり、抱きあったりしたっけ。
そんなまぼろしが、一瞬、オレンジ色のナトリウム灯の下に見えた気がした。

みっこは公園の隅のブランコに座り、ゆらゆらとわずかにブランコを揺らしながら、淋しそうにうつむいていた。
見つけて近寄っていくと、彼女は顔を上げて、パッと花が咲いたように、嬉しそうな顔で迎えてくれる。
たまらないな。
みっこのこの微笑みには、やっぱり人を惹きつける魅力がある。
それは、作られた微笑みなんかじゃなく、純粋に、好意の感情から溢れ出した笑顔だからかなぁ。

「ごめん。待たせちゃって」
みっこのそばに駆け寄ってわたしは言った。恥じらうように微笑みながら、彼女はブランコを揺らし続ける。
「ううん。こっちこそごめんね。こんな夜に呼び出したりしちゃって」
「いいのよ」
「ブランコなんて、久し振りに乗っちゃった。なんだか子供の頃に戻ったみたい」
「あは。そうかもね」
「あの頃はよかったな」
「あの頃?」
「まだ幼かった頃。
そのときは必死に悩んでたことでも、今考えたらどうでもいいような、ほんのちっぽけなことだった。そんな風に、今悩んでることも、いつかは笑って、思い出せるようになるのかなぁ」
「どうしたの? 急に」
「ううん… 直接ね。さつきの顔を見て、話したくて」
「え? なにを?」
みっこはブランコを揺らすのをやめ、じっとわたしの瞳を見つめて言う。

「あたし、さつきに謝らなきゃいけないことがあるの」
「謝る?」
訝しげに訊き返す。
花のような笑顔から一転して、思いつめた表情になり、みっこは少し沈黙したあと、覚悟を決めたように、告白した。

「あたし、先週、川島君のモデルをして、長崎に行ったのよ」

しばしの沈黙が、ふたりの間に流れる。
わたしの脳裏をいろんな想いが駆け巡り、なんと応えようか迷ったが、ひとことだけ、言った。

「……知ってる」
「えっ? どうして?」
『まさか』というように驚いて、みっこは訊き返す。わたしは説明した。

「昨日、学校のカフェで、『みっこと川島君らしい人を、長崎で見た』って女の子の話を、偶然聞いちゃったの。その夜に川島君に訊いてみたら、『行ったよ』って言ってたから」
「…そう。それでさつきは… なんともないの?」
「なんともないって?」
「勝手にさつきの許可も得ないで、あたしが川島君のモデルなんかしちゃったから…」
「わたしの許可なんて、いらないでしょ」
「でも、川島君は、さつきの彼氏だから…」
「別に、ただの卒業制作のモデルでしょ?
『デート』ってわけじゃなかったんでしょ?
だったら恋人とか彼氏とか、関係ないんじゃない?」
「さつきは気にならないの?」
「そりゃ、気になるわよ。わたしになにも言ってくれなかったのも腹が立つけど。
でも、しかたないじゃない。
『みっことはモデルとカメラマンとして、きっちりやっていける』って、川島君は言ってたし。
そうまで言われたら、わたしとしては、その言葉を信じるしかないし」
「…そう」

小さくつぶやいたみっこは、真意を測るかのように、じっとわたしの瞳の奥をのぞきこんだ。
せっかく、忘れようとしていたのに…
昼間の悶々とした想いが、またもや心の奥底から込みあげてきて、胸が苦しくなってくる。

つづく
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