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16 Double Game
Double Game 13
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わたし…
川島祐二や森田美湖に、もう会えない。
会いたくない。
ふたりに対して、こんなにも気持ちがすさんでいる。
ふたりの顔を見ると、わたし、なにを言い出すかわからない。
わたしはなんとかして、自分の気持ちを切り替えたかった。
だけど、そんな理性とはうらはらに、感情は暴走して、次から次によくないこと、悲観的なことばかり考えていく。
『なんとかしてよ!』
わたしは心の中で叫んだ。
いったいどうすれば、わたしの心は安らぐんだろう?
今までだったら、川島君の側にいれば、わたしはほんとうに幸せな気持ちになれて、安心できた。
みっこの側にいれば、気持ちがはずんで勇気がもらえ、自分の夢はみんな叶うような気になった。
だけど…
今だけは、そのふたりに頼ること、できない。
わたしはいつの間にか、『川島祐二』と『森田美湖』というふたりの人間が、自分の心のなかの大きな部分を占めていたことに、今さらながら気がついた。
今のわたし…
このふたりを抜きにしては、ふつうの自分でいられないようになってる。
そして、それに気がついたときは、そのふたりのこと、失おうとしているときなの?
どうしてそんなに残酷なの?
地下街を行くあてもなく、やみくもに歩いていたわたしは、思いついたように立ち止まり、近くのブティックに飛び込む。
試着もせずに、ワンピースを買った。
続いて本屋に入ると、目についた本をあれこれ、衝動のままに買っていく。
ふらりと寄った喫茶店では、たいして食べたいとも思わないケーキセットを注文して、一気に食べてしまった。
だけど、どんなことをしても、もう気持ちを切り替えることなんて、できない。
「川島君に、みっこに、いてほしいのに…」
人ごみを避けた地下街の、薄暗い階段の陰で、わたしは買ったばかりのワンピースの紙袋を抱きしめて、そうつぶやき、うつむいた。
涙がぼろぼろとこぼれて、紙の包みにしみをつくった。
“カーン カーン カーン”
いったいどのくらい、そうしていたんだろう。
時計の鐘の音で、わたしはハッと我に返った。
ふと目を上げると、向こうに見えるインフォメーションの仕掛け時計の針が、8時を差していて、可愛らしい人形たちが、『皇帝円舞曲』を踊っている。
涙が溜まった目に、人形のダンスはぼやけて映って、まるで夢のなかで誘う、小人みたい。
人形の踊りに釣られるように、わたしはフラフラと、仕掛け時計の方に歩いていった。
『ここは…』
そう。
それは去年の秋、みっこといっしょに眺めた、仕掛け時計だった。
あのときわたしは、川島君との別れを覚悟して、みっこにここまで来てもらったんだっけ。
ふと、隣にみっこがいるような錯覚がよぎる。
わたしを元気づけてくれた、森田美湖が…
わたしは無意識のうちに、近くの電話ボックスの扉を開ける。
この電話ボックスも…
去年、川島君に電話をかけた場所だ。
わたしは、過去の幻影に背中を押されるかのように、公衆電話の受話器を上げて、テレフォンカードを差し込み、プッシュホンのダイヤルを押していた。
もうすっかり、指が覚えてしまった、川島祐二の家のナンバー。
RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRR…
5回目のコールで、受話器を上げる音がして、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、すっかり耳に馴染んだ愛しい声が、受話器を通して、くぐもった電気音で響いてくる。
少しの沈黙のあと、わたしはため息のように口を開いた。
「…川島君?」
「さつきちゃん?」
「ごめんね。こんな夜に電話して」
「こんなって。まだ8時だよ」
「…そっか。なんだか一日が、とても長かったから」
「どうしたんだい? なにかあったのか?」
「ん… ちょっと…」
「言ってみてよ」
「なんでもない」
「そんなこと、ないだろ?」
「大丈夫」
「ぼくに言えないこと?」
「…」
「もしもし?」
「…」
「さつきちゃん?」
「…」
「どうしたんだ?」
「…」
「さつきちゃん?! なにか言ってくれよ」
「…川島君」
「なに?」
「…みっこと、長崎に… 行った?」
「…」
少しの沈黙のあと、川島祐二はひとこと、答えた。
「行ったよ」
END
25th Jul.2011
15th May 2020
川島祐二や森田美湖に、もう会えない。
会いたくない。
ふたりに対して、こんなにも気持ちがすさんでいる。
ふたりの顔を見ると、わたし、なにを言い出すかわからない。
わたしはなんとかして、自分の気持ちを切り替えたかった。
だけど、そんな理性とはうらはらに、感情は暴走して、次から次によくないこと、悲観的なことばかり考えていく。
『なんとかしてよ!』
わたしは心の中で叫んだ。
いったいどうすれば、わたしの心は安らぐんだろう?
今までだったら、川島君の側にいれば、わたしはほんとうに幸せな気持ちになれて、安心できた。
みっこの側にいれば、気持ちがはずんで勇気がもらえ、自分の夢はみんな叶うような気になった。
だけど…
今だけは、そのふたりに頼ること、できない。
わたしはいつの間にか、『川島祐二』と『森田美湖』というふたりの人間が、自分の心のなかの大きな部分を占めていたことに、今さらながら気がついた。
今のわたし…
このふたりを抜きにしては、ふつうの自分でいられないようになってる。
そして、それに気がついたときは、そのふたりのこと、失おうとしているときなの?
どうしてそんなに残酷なの?
地下街を行くあてもなく、やみくもに歩いていたわたしは、思いついたように立ち止まり、近くのブティックに飛び込む。
試着もせずに、ワンピースを買った。
続いて本屋に入ると、目についた本をあれこれ、衝動のままに買っていく。
ふらりと寄った喫茶店では、たいして食べたいとも思わないケーキセットを注文して、一気に食べてしまった。
だけど、どんなことをしても、もう気持ちを切り替えることなんて、できない。
「川島君に、みっこに、いてほしいのに…」
人ごみを避けた地下街の、薄暗い階段の陰で、わたしは買ったばかりのワンピースの紙袋を抱きしめて、そうつぶやき、うつむいた。
涙がぼろぼろとこぼれて、紙の包みにしみをつくった。
“カーン カーン カーン”
いったいどのくらい、そうしていたんだろう。
時計の鐘の音で、わたしはハッと我に返った。
ふと目を上げると、向こうに見えるインフォメーションの仕掛け時計の針が、8時を差していて、可愛らしい人形たちが、『皇帝円舞曲』を踊っている。
涙が溜まった目に、人形のダンスはぼやけて映って、まるで夢のなかで誘う、小人みたい。
人形の踊りに釣られるように、わたしはフラフラと、仕掛け時計の方に歩いていった。
『ここは…』
そう。
それは去年の秋、みっこといっしょに眺めた、仕掛け時計だった。
あのときわたしは、川島君との別れを覚悟して、みっこにここまで来てもらったんだっけ。
ふと、隣にみっこがいるような錯覚がよぎる。
わたしを元気づけてくれた、森田美湖が…
わたしは無意識のうちに、近くの電話ボックスの扉を開ける。
この電話ボックスも…
去年、川島君に電話をかけた場所だ。
わたしは、過去の幻影に背中を押されるかのように、公衆電話の受話器を上げて、テレフォンカードを差し込み、プッシュホンのダイヤルを押していた。
もうすっかり、指が覚えてしまった、川島祐二の家のナンバー。
RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRR…
5回目のコールで、受話器を上げる音がして、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、すっかり耳に馴染んだ愛しい声が、受話器を通して、くぐもった電気音で響いてくる。
少しの沈黙のあと、わたしはため息のように口を開いた。
「…川島君?」
「さつきちゃん?」
「ごめんね。こんな夜に電話して」
「こんなって。まだ8時だよ」
「…そっか。なんだか一日が、とても長かったから」
「どうしたんだい? なにかあったのか?」
「ん… ちょっと…」
「言ってみてよ」
「なんでもない」
「そんなこと、ないだろ?」
「大丈夫」
「ぼくに言えないこと?」
「…」
「もしもし?」
「…」
「さつきちゃん?」
「…」
「どうしたんだ?」
「…」
「さつきちゃん?! なにか言ってくれよ」
「…川島君」
「なに?」
「…みっこと、長崎に… 行った?」
「…」
少しの沈黙のあと、川島祐二はひとこと、答えた。
「行ったよ」
END
25th Jul.2011
15th May 2020
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