193 / 300
15 12月を忘れないで
12月を忘れないで 5
しおりを挟む
「だけど、考えるよな」
「なにを?」
「ぼくより重いものが、さつきちゃんのたったひとつの天秤に乗せられたときのこと。そうなったらさつきちゃんは、もうぼくのことなんか、どうでもよくなるんだな」
「そんなこと、ない」
「天秤がひとつってのは、そういうことだろ?
ぼくがたくさんの天秤を持っているのなら、他に大事なものができても、さつきちゃんのことはずっと、天秤に乗せたまま、とっておけるわけだ」
「それって、『他に好きな人ができる』ってこと?」
「そうじゃないよ。例えばの話だよ」
「例えばでも、そういうの、イヤ」
「ごめんよ」
「…ううん。川島君はあやまること、ない。これはわたしのワガママだから」
「いや。ぼくが悪かったよ」
「なにが?」
「ディズニーランドのこととか…
もっと、さつきちゃんの気持ちを考えてあげなきゃ、いけなかったのに」
「その話は、もういい」
「だけど…」
「今は聞きたくないの」
「言い訳とか、説明とか、させてもらえないってこと?」
「今日は、綺麗な海だけが見たいって、言ったじゃない。だから、その話はやめましょ」
「でも…」
「川島君、東京で言ったでしょ。『さつきちゃんは、ぼくを疑ってるのか?』って」
「ああ…」
「『好き』って言ってくれる川島君の言葉を、わたし信じてるから。だから、言い訳も説明も、聞かなくっていいの」
「さつきちゃんは、それで納得してるのかい?」
「走りましょ」
「え?」
「キャンバストップを全開にして、海沿いの国道を、川島君の赤い『フェスティバ』で走りたい」
「…ああ。そうするか」
クルマに戻った川島君は、イグニションキーをまわしてエンジンをかけると、天井の幌をフルオープンにする。
陽の光であふれた赤い『フェスティバ』は、ゆっくりと動き出した。
国道へ出ると、遮るもののほとんどない海沿いのドライブ・ウェイを、滑るように走っていく。
左手には、午後の日射しを受けて、キラキラと水面を輝かせている海が、ずっと広がっていた。
しばらく走ると、まるで地中海のリゾート地のような、イタリア風の黄土色の瓦が連なった、白いリゾートホテルが見えてきた。
「素敵なホテル」
「寄ってみようか?」
「うん」
川島君はクルマのスピードを落とし、ウインカーを出す。
赤い『フェスティバ』はリゾートホテルの駐車場に、静かに止まった。
二階の部屋の大きな窓から見える景色は、ホテルの青々とした庭が目の前に広がり、その向こうにはコバルトブルーの海と、真っ白な砂浜。
「素敵な眺めね」
「まるで絵みたいだな」
わたしはバルコニーに出て、海を眺める。川島君はそんなわたしをうしろから抱きしめて、頬を寄せて、同じ景色を見つめながら、言う。わたしは川島君の腕に、自分の手を重ねた。
「風が渡ってくるわ」
庭の熱帯樹が、向こうから順に、さわさわと葉を風にそよがせ、青い芝生のざわめきが、波のようにこちらに近づいてくる。
それから少し経って、わたしのうなじをゆるやかな空気の流れが、ふわりと通り過ぎていった。
風の行方を目で追うかのように、わたしは振り向く。
それは部屋のなかへと入っていき、カーテンを揺らす。
カーテンのそばのベッドには、窓越しの九月の日射しがこぼれていて、真っ白なシーツに、まるで溶けてしまいそうな陽だまりを作っていた。
つづく
「なにを?」
「ぼくより重いものが、さつきちゃんのたったひとつの天秤に乗せられたときのこと。そうなったらさつきちゃんは、もうぼくのことなんか、どうでもよくなるんだな」
「そんなこと、ない」
「天秤がひとつってのは、そういうことだろ?
ぼくがたくさんの天秤を持っているのなら、他に大事なものができても、さつきちゃんのことはずっと、天秤に乗せたまま、とっておけるわけだ」
「それって、『他に好きな人ができる』ってこと?」
「そうじゃないよ。例えばの話だよ」
「例えばでも、そういうの、イヤ」
「ごめんよ」
「…ううん。川島君はあやまること、ない。これはわたしのワガママだから」
「いや。ぼくが悪かったよ」
「なにが?」
「ディズニーランドのこととか…
もっと、さつきちゃんの気持ちを考えてあげなきゃ、いけなかったのに」
「その話は、もういい」
「だけど…」
「今は聞きたくないの」
「言い訳とか、説明とか、させてもらえないってこと?」
「今日は、綺麗な海だけが見たいって、言ったじゃない。だから、その話はやめましょ」
「でも…」
「川島君、東京で言ったでしょ。『さつきちゃんは、ぼくを疑ってるのか?』って」
「ああ…」
「『好き』って言ってくれる川島君の言葉を、わたし信じてるから。だから、言い訳も説明も、聞かなくっていいの」
「さつきちゃんは、それで納得してるのかい?」
「走りましょ」
「え?」
「キャンバストップを全開にして、海沿いの国道を、川島君の赤い『フェスティバ』で走りたい」
「…ああ。そうするか」
クルマに戻った川島君は、イグニションキーをまわしてエンジンをかけると、天井の幌をフルオープンにする。
陽の光であふれた赤い『フェスティバ』は、ゆっくりと動き出した。
国道へ出ると、遮るもののほとんどない海沿いのドライブ・ウェイを、滑るように走っていく。
左手には、午後の日射しを受けて、キラキラと水面を輝かせている海が、ずっと広がっていた。
しばらく走ると、まるで地中海のリゾート地のような、イタリア風の黄土色の瓦が連なった、白いリゾートホテルが見えてきた。
「素敵なホテル」
「寄ってみようか?」
「うん」
川島君はクルマのスピードを落とし、ウインカーを出す。
赤い『フェスティバ』はリゾートホテルの駐車場に、静かに止まった。
二階の部屋の大きな窓から見える景色は、ホテルの青々とした庭が目の前に広がり、その向こうにはコバルトブルーの海と、真っ白な砂浜。
「素敵な眺めね」
「まるで絵みたいだな」
わたしはバルコニーに出て、海を眺める。川島君はそんなわたしをうしろから抱きしめて、頬を寄せて、同じ景色を見つめながら、言う。わたしは川島君の腕に、自分の手を重ねた。
「風が渡ってくるわ」
庭の熱帯樹が、向こうから順に、さわさわと葉を風にそよがせ、青い芝生のざわめきが、波のようにこちらに近づいてくる。
それから少し経って、わたしのうなじをゆるやかな空気の流れが、ふわりと通り過ぎていった。
風の行方を目で追うかのように、わたしは振り向く。
それは部屋のなかへと入っていき、カーテンを揺らす。
カーテンのそばのベッドには、窓越しの九月の日射しがこぼれていて、真っ白なシーツに、まるで溶けてしまいそうな陽だまりを作っていた。
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】
青季 ふゆ
ライト文芸
地元の大学を休学して東京で暮らす主人公、望月治(おさむ)の隣室には、恐ろしいほど可憐な女子高生、有村日和(ひより)が住んでいる。
日和との関わりは無に等しく、これからもお隣さん以上の関係になるはずがないと思っていたが……。
「これから私が、君の晩御飯を作ってあげるよ」
「いや、なんで?」
ひょんなことから、日和にグイグイ絡まれるようになるった治。
手料理を作りに来たり、映画に連行されたり、旅行に連れて行かれたり……ぎゅっとハグされたり。
ドライで感情の起伏に乏しい治は最初こそ冷たく接していたものの、明るくて優しい日和と過ごすうちに少しずつ心を開いていって……。
これは、趣味も性格も正反対だった二人が、ゆっくりとゆっくりと距離を縮めながら心が触れ合うまでの物語。
●完結済みです
ベルのビビ
映画泥棒
ライト文芸
ベルを鳴らせば、それを聞いた人間は、鳴らした人間の命令に絶対服従しなければならない。ただその瞬間から鳴らした人間は誰であろうと最初に自分に命令されたことには絶対服従をしなければならない。
自らビビと名乗る魔法のベルをアンティークショップで手に入れた主人公篠崎逢音(しのざきあいね)が、ビビを使い繰り広げる愉快で危険な毎日。
やがて、逢音の前に同じような魔力のアンティークを持った人間が現れ….
蛍地獄奇譚
玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。
蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。
*表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。
著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁
その演劇部は、舞台に上がらない
溝野重賀
ライト文芸
そこはどこにでもあるありふれた部活だった。
名門でもなく伝説があるわけでもなく、普通の実力しかない小さな高校の演劇部だった。
大会に本気で勝ちたいと言う人もいれば、楽しくできればそれでいいという人もいて、
部活さえできればいいという人もいれば、バイトを優先してサボるという人もいて、
仲のいい奴もいれば、仲の悪いやつもいる。
ぐちゃぐちゃで、ばらばらで、ぐだぐだで
それでも青春を目指そうとする、そんなありふれた部活。
そんな部活に所属している杉野はある日、同じ演劇部の椎名に呼び出される。
「単刀直入に言うわ。私、秋の演劇大会で全国に出たいの」
すぐに返事は出せなかったが紆余曲折あって、全国を目指すことに。
そこから始まるのは演劇に青春をかけた物語。
大会、恋愛、人間関係。あらゆる青春の問題がここに。
演劇×青春×ヒューマンドラマ そして彼らの舞台はどこにあるのか。
異世界子ども食堂:通り魔に襲われた幼稚園児を助けようとして殺されたと思ったら異世界に居た。
克全
児童書・童話
両親を失い子ども食堂のお世話になっていた田中翔平は、通り魔に襲われていた幼稚園児を助けようとして殺された。気がついたら異世界の教会の地下室に居て、そのまま奴隷にされて競売にかけられた。幼稚園児たちを助けた事で、幼稚園の経営母体となっている稲荷神社の神様たちに気に入られて、隠しスキルと神運を手に入れていた田中翔平は、奴隷移送用馬車から逃げ出し、異世界に子ども食堂を作ろうと奮闘するのであった。
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
エロパワーで野球能力アップ!? 男女混合の甲子園を煩悩の力で駆け上がる! ~最強ハーレムを築くまで、俺は止まらねぇからよぉ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ライト文芸
「ふんっ! あんたみたいなザコが決勝に残るなんてね!!」
相手チームのキャプテンがこちらを睨みつける。
彼女こそ、春の大会を制した『スターライト学園』のキャプテンであるハルカだ。
「今日こそはお前を倒す。信頼できる仲間たちと共にな」
俺はそう言って、スコアボードに表示された名前を見た。
そこにはこう書かれている。
先攻・桃色青春高校
1番左・セツナ
2番二・マ キ
3番投・龍之介
4番一・ミ オ
5番三・チハル
6番右・サ ユ
7番遊・アイリ
8番捕・ユ イ
9番中・ノゾミ
俺以外は全員が女性だ。
ここ数十年で、スポーツ医学も随分と発達した。
男女の差は小さい。
何より、俺たち野球にかける想いは誰にも負けないはずだ!!
「ふーん……、面白いじゃん」
俺の言葉を聞いたハルカは不敵な笑みを浮かべる。
確かに、彼女は強い。
だが、だからといって諦めるほど、俺たちの高校野球生活は甘くはない。
「いくぞ! みんな!!」
「「「おぉ~!」」」
こうして、桃色青春高校の最後の試合が始まった。
思い返してみると、このチームに入ってからいろんなことがあった。
まず――
4:44 a.m. 天使が通る
その子四十路
キャラ文芸
「──あたしはココ。『人形師マリオンの箱庭』の店主よ」
大気が汚染され、電気文明が廃れた終末世界。
戦争孤児のココは、砂漠に侵食された商店街の一角で『人形師マリオンの箱庭』という雑貨屋を営んでいる。心優しき住人たちに見守られながら、生き別れた父親の帰りを待っていた。
過酷な暮らし……
消息不明の家族を待つ苦悩……
そして、初めての恋……
“終わりの世界”で生きる、天涯孤独のココの日常と冒険。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる