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14 Summer Vacation
Summer Vacation 17
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日本アルプスの登山口にあたる上高地は、一般のクルマは入ることができず、正面には、夏でも残雪をその頂きにかぶった峰々が、青い屏風のようにそびえ立ち、その麓には真っ青に澄んだ水をたたえた大正池が、山々の影を映している。
『避暑地のバカンスは、スケジュールを詰め込むのは野暮』
ってみっこの言葉、なんだかわかる気がするな。
気ぜわしい都会と違って、時間がゆったり流れているような、こんな素敵な景色のなかでは、頭の中を全部空っぽにして、一日中なにもしないで過ごしたくなる。
面倒なことはなにも考えず、ただぼんやり、こうして湖の畔に座っていたい。
今だけは、恋愛のことも友情のこともぜんぶ忘れて、この二十歳の記念のバカンスを楽しんでおきたかった。
東京に戻ってきたのは、その翌日の夜だった。
藤村さんお勧めの新宿のレストランで夕食をとったあと、わたしたちはそれぞれ帰途についた。
「さつきは、今夜は川島君のところに泊まったら?」
藤村さんと駅のコンコースで別れたあと、切符を買いながらみっこは、出し抜けにわたしたちに言った。
「えっ? みっこ?」「みっこ?」
わたしと川島君の返事が、思わずハモる。
みっこのこういう気まぐれには慣れているつもりだけど、あまりに唐突すぎて、わたしと川島君は顔を見合わせた。
「さつきは明日の午後の新幹線で帰るでしょ? いっしょにいられるのは今夜で最後じゃない。
さつきん家が厳しいって言うから、今まであたしの家に泊まってたし、旅行の間はみんなといっしょだったから、川島君とふたりっきりにもなれなかったし。
だったら帰るまでくらい、ふたりでいっしょにいたいでしょ? 水入らずで」
「そ… そりゃ、まあ、そうだけど…」
わたしはちょっと口ごもる。あまりに図星だったので、逆に戸惑ってしまう。
みっこはわたしたちにニッコリと微笑んだ。
「心配ないわよさつき。もし家から電話があっても、適当にごまかしといてあげるから」
「う… ん。ありがと」
「うちにさつきの荷物、置いてる?」
「う、うん。だいたいのものは旅行に持ってきてたし、置いてきたのは、着る予定のなかった服とか、買ってあるお土産、くらいだけど」
「じゃあそれは明日、東京駅に見送りに来るときに、全部持ってきてあげるわ」
「ほんとに、いいの?」
「もちろんよ。邪魔者はもう、消えるわね」
そう言いながらわたしに軽くウィンクをしたみっこは、川島君に申し訳なさそうに言う。
「川島君も… ずっとさつきを独り占めしてて、ゴメンね」
「いや… そんなことはないけど…」
「今夜はふたりでゆっくりしてね」
「みっこ…」
「あたしはJRだけど、川島君家は小田急でしょ。じゃあ、ここで。おやすみ」
「ああ… おやすみ」
「おやすみ…」
わたしもだけど、川島君の言葉も、なぜか歯切れが悪い。
ふたりともこの突然のなりゆきに、それぞれなにか、引っかかるものを持っているからかな?
みっこはわたしたちに軽く手を振ると、素早く踵を返して、改札口に向かう。
「みっこ!」
川島君は思わず、彼女を呼び止めた。
改札を抜けようとしていたみっこの足が、川島君の声でピタリと止まり、一瞬の間があって彼女は振り返り、川島君をじっと見つめた。
「…さよなら。川島君」
「あ… ああ。さよなら」
「…」
みっこはなにか言いたげに川島君を見つめていたが、ふっと視線をはずし、そのまま早足で改札を抜けて、プラットホームへの階段を駆け上がっていった。わたしと川島君はしばらく、そのうしろ姿を呆然と見送っていた。
つづく
『避暑地のバカンスは、スケジュールを詰め込むのは野暮』
ってみっこの言葉、なんだかわかる気がするな。
気ぜわしい都会と違って、時間がゆったり流れているような、こんな素敵な景色のなかでは、頭の中を全部空っぽにして、一日中なにもしないで過ごしたくなる。
面倒なことはなにも考えず、ただぼんやり、こうして湖の畔に座っていたい。
今だけは、恋愛のことも友情のこともぜんぶ忘れて、この二十歳の記念のバカンスを楽しんでおきたかった。
東京に戻ってきたのは、その翌日の夜だった。
藤村さんお勧めの新宿のレストランで夕食をとったあと、わたしたちはそれぞれ帰途についた。
「さつきは、今夜は川島君のところに泊まったら?」
藤村さんと駅のコンコースで別れたあと、切符を買いながらみっこは、出し抜けにわたしたちに言った。
「えっ? みっこ?」「みっこ?」
わたしと川島君の返事が、思わずハモる。
みっこのこういう気まぐれには慣れているつもりだけど、あまりに唐突すぎて、わたしと川島君は顔を見合わせた。
「さつきは明日の午後の新幹線で帰るでしょ? いっしょにいられるのは今夜で最後じゃない。
さつきん家が厳しいって言うから、今まであたしの家に泊まってたし、旅行の間はみんなといっしょだったから、川島君とふたりっきりにもなれなかったし。
だったら帰るまでくらい、ふたりでいっしょにいたいでしょ? 水入らずで」
「そ… そりゃ、まあ、そうだけど…」
わたしはちょっと口ごもる。あまりに図星だったので、逆に戸惑ってしまう。
みっこはわたしたちにニッコリと微笑んだ。
「心配ないわよさつき。もし家から電話があっても、適当にごまかしといてあげるから」
「う… ん。ありがと」
「うちにさつきの荷物、置いてる?」
「う、うん。だいたいのものは旅行に持ってきてたし、置いてきたのは、着る予定のなかった服とか、買ってあるお土産、くらいだけど」
「じゃあそれは明日、東京駅に見送りに来るときに、全部持ってきてあげるわ」
「ほんとに、いいの?」
「もちろんよ。邪魔者はもう、消えるわね」
そう言いながらわたしに軽くウィンクをしたみっこは、川島君に申し訳なさそうに言う。
「川島君も… ずっとさつきを独り占めしてて、ゴメンね」
「いや… そんなことはないけど…」
「今夜はふたりでゆっくりしてね」
「みっこ…」
「あたしはJRだけど、川島君家は小田急でしょ。じゃあ、ここで。おやすみ」
「ああ… おやすみ」
「おやすみ…」
わたしもだけど、川島君の言葉も、なぜか歯切れが悪い。
ふたりともこの突然のなりゆきに、それぞれなにか、引っかかるものを持っているからかな?
みっこはわたしたちに軽く手を振ると、素早く踵を返して、改札口に向かう。
「みっこ!」
川島君は思わず、彼女を呼び止めた。
改札を抜けようとしていたみっこの足が、川島君の声でピタリと止まり、一瞬の間があって彼女は振り返り、川島君をじっと見つめた。
「…さよなら。川島君」
「あ… ああ。さよなら」
「…」
みっこはなにか言いたげに川島君を見つめていたが、ふっと視線をはずし、そのまま早足で改札を抜けて、プラットホームへの階段を駆け上がっていった。わたしと川島君はしばらく、そのうしろ姿を呆然と見送っていた。
つづく
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