178 / 300
14 Summer Vacation
Summer Vacation 12
しおりを挟む
旅行の朝、わたしたちが新宿西口で落ちあったのは、通勤ラッシュがようやく終わった、9時半頃だった。
わたしと川島くんに、みっこと藤村さん。
この顔ぶれってなんだか、ダブルデートみたい。
不意にわたしは去年の、みんなでディスコに行ったときのことを思い出した。
あのときもそんな風に思ったけど、少なくとも芳賀さんより藤村さんの方が、みっこにはお似合いな気がする。
「おはよう、川島君」
「おはよう。みっこ」
「やあおはよう。二十歳の誕生日おめでとう、さつきちゃん」
「藤村さん、ありがとうございます」
朝の挨拶を終えたあと、わたしたちは新宿駅のホームへ移動した。
藤村さんの計画では、新宿10時発の特急『あずさ』9号で上諏訪まで行き、そこでレンタカーを借りて、霧ヶ峰から美ヶ原高原をドライブ。その日は白馬のオーベルジュに泊まって、次の日は上高地に移動。上高地のホテルに宿泊して、一日のんびりと過ごしたあと、松本を通って帰ってくるというものだった。
予定としては少なめだったけど、『避暑地のバカンスで、スケジュールを詰め込むのは野暮』なんて、みっこが例の調子で言うので、こういうまったりしたスケジュールになった。
新宿を定時に出発した『あずさ9号』は、中央本線を快調に西へ走る。
「わぁ~。富士山って、静岡側から見るのと山梨側から見るのじゃ、全然感じが違うのね」
『あずさ』の車窓を流れる富士山に目をやり、わたしはペットボトルのお茶を飲みながら言った。
「ほんと。高いだけでなんだか普通の山だな。そう言えば、どんな絵でも写真でも、富士山って海側から見たものしかないような気がするな」
となりに座っている川島君も、からだを乗り出しながら外の景色を見る。
そんなわたしたちを微笑みながら見た藤村さんは、しみじみと言った。
「そうだよな。花びらが散ったあとの桜とか、山梨側の富士山とか、綺麗なものや有名なものでも、見せたくはない、見たいくはない側面があるものだよ」
「あら、文哉さん。それって山梨の人に失礼よ。どこから見ても富士山は富士山でしょ。それに『花びらが散ったあとの桜』だなんて、昔のフォークソングの歌詞のもじり?」
「相変わらずつっこみが厳しいなぁ、みっこちゃんは。フォークはぼくの青春だったからね。『かぐや姫』や『風』の音楽は、人生の悲哀に寄り添ってくれた、空気みたいなものだったよ」
「さすが、おじさんの蘊蓄は奥が深いわね」
「みっこちゃんの毒舌も、根が深いよ」
「ふふ。でもあたしも、その頃のフォークソングって、好きよ。なんだか素朴で切なくて、ほのぼのしてて」
「みっこちゃんみたいな若い女の子でも、そう感じてくれるなんて、嬉しいなぁ」
「そうよね。このなかじゃ藤村さんだけが世代が違うものね。あたしたちとおじさんとじゃ、話が合うかなぁ」
「ひどいなみっこちゃん。確かにぼくは引率の先生みたいだけど、あまりのけ者にしないでほしいな」
「うそうそ。文哉さんは大事なスポンサーだから、ちゃんとかまってあげるわよ」
「また、みっこちゃんは。ははは」
藤村さんとみっこは、そんなやりとりをしながら笑いあっている。この遠慮ないやりとりは、モルディブのときそのまま。
だけど、わたしの前に並んで座るふたりを見ていると、今は『歳の離れた兄妹』とか『親子』じゃなくて、なんとなく『恋人同士』に見えたりするのは、やっぱりあんな光景を目にしてしまったからかなぁ。
今度のプチバカンスにしても、ほんとはみっこと藤村さんが旅行に行きたいだけで、わたしはそのダシに使われたんじゃないか、なんて、勘ぐってしまう。
今回の旅行でも、モルティブみたいなことが起こるのかしら?
やだ。
わたしったら、また、さっきからつまんない妄想ばかりしてる。
この旅行はみんなからの好意なんだもの。
楽しまなくちゃね。
つづく
わたしと川島くんに、みっこと藤村さん。
この顔ぶれってなんだか、ダブルデートみたい。
不意にわたしは去年の、みんなでディスコに行ったときのことを思い出した。
あのときもそんな風に思ったけど、少なくとも芳賀さんより藤村さんの方が、みっこにはお似合いな気がする。
「おはよう、川島君」
「おはよう。みっこ」
「やあおはよう。二十歳の誕生日おめでとう、さつきちゃん」
「藤村さん、ありがとうございます」
朝の挨拶を終えたあと、わたしたちは新宿駅のホームへ移動した。
藤村さんの計画では、新宿10時発の特急『あずさ』9号で上諏訪まで行き、そこでレンタカーを借りて、霧ヶ峰から美ヶ原高原をドライブ。その日は白馬のオーベルジュに泊まって、次の日は上高地に移動。上高地のホテルに宿泊して、一日のんびりと過ごしたあと、松本を通って帰ってくるというものだった。
予定としては少なめだったけど、『避暑地のバカンスで、スケジュールを詰め込むのは野暮』なんて、みっこが例の調子で言うので、こういうまったりしたスケジュールになった。
新宿を定時に出発した『あずさ9号』は、中央本線を快調に西へ走る。
「わぁ~。富士山って、静岡側から見るのと山梨側から見るのじゃ、全然感じが違うのね」
『あずさ』の車窓を流れる富士山に目をやり、わたしはペットボトルのお茶を飲みながら言った。
「ほんと。高いだけでなんだか普通の山だな。そう言えば、どんな絵でも写真でも、富士山って海側から見たものしかないような気がするな」
となりに座っている川島君も、からだを乗り出しながら外の景色を見る。
そんなわたしたちを微笑みながら見た藤村さんは、しみじみと言った。
「そうだよな。花びらが散ったあとの桜とか、山梨側の富士山とか、綺麗なものや有名なものでも、見せたくはない、見たいくはない側面があるものだよ」
「あら、文哉さん。それって山梨の人に失礼よ。どこから見ても富士山は富士山でしょ。それに『花びらが散ったあとの桜』だなんて、昔のフォークソングの歌詞のもじり?」
「相変わらずつっこみが厳しいなぁ、みっこちゃんは。フォークはぼくの青春だったからね。『かぐや姫』や『風』の音楽は、人生の悲哀に寄り添ってくれた、空気みたいなものだったよ」
「さすが、おじさんの蘊蓄は奥が深いわね」
「みっこちゃんの毒舌も、根が深いよ」
「ふふ。でもあたしも、その頃のフォークソングって、好きよ。なんだか素朴で切なくて、ほのぼのしてて」
「みっこちゃんみたいな若い女の子でも、そう感じてくれるなんて、嬉しいなぁ」
「そうよね。このなかじゃ藤村さんだけが世代が違うものね。あたしたちとおじさんとじゃ、話が合うかなぁ」
「ひどいなみっこちゃん。確かにぼくは引率の先生みたいだけど、あまりのけ者にしないでほしいな」
「うそうそ。文哉さんは大事なスポンサーだから、ちゃんとかまってあげるわよ」
「また、みっこちゃんは。ははは」
藤村さんとみっこは、そんなやりとりをしながら笑いあっている。この遠慮ないやりとりは、モルディブのときそのまま。
だけど、わたしの前に並んで座るふたりを見ていると、今は『歳の離れた兄妹』とか『親子』じゃなくて、なんとなく『恋人同士』に見えたりするのは、やっぱりあんな光景を目にしてしまったからかなぁ。
今度のプチバカンスにしても、ほんとはみっこと藤村さんが旅行に行きたいだけで、わたしはそのダシに使われたんじゃないか、なんて、勘ぐってしまう。
今回の旅行でも、モルティブみたいなことが起こるのかしら?
やだ。
わたしったら、また、さっきからつまんない妄想ばかりしてる。
この旅行はみんなからの好意なんだもの。
楽しまなくちゃね。
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
せやさかい
武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
父の失踪から七年、失踪宣告がなされて、田中さくらは母とともに母の旧姓になって母の実家のある堺の街にやってきた。母は戻ってきただが、さくらは「やってきた」だ。年に一度来るか来ないかのお祖父ちゃんの家は、今日から自分の家だ。
そして、まもなく中学一年生。
自慢のポニーテールを地味なヒッツメにし、口癖の「せやさかい」も封印して新しい生活が始まてしまった。
一葉恋慕・明治編
多谷昇太
ライト文芸
一葉恋慕(大森での邂逅編)」の続きです。こんどは私が明治時代にワープして来ました。一葉さんや母おたきさん、妹邦子さんがどう暮らしてらっしゃるのか…のぞき根性で拝見しに行って来ました…などと、冗談ですが、とにかく一葉女史の本懐に迫りたくて女史の往時を描いてみようと思ったのです。こんどは前回の「私」こと車上生活者は登場しませんのでご安心を。ただ、このシリーズのラストのラストに、思わぬ形で「私」と大森での邂逅を描いては見せますので、その折り、その有りさまをどうかご確認なさってください。では明治の世をお楽しみください。著者多谷昇太より。
【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!
夕姫
ライト文芸
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1期生として活動する、清楚担当Vtuber『姫宮ましろ』。そんな彼女にはある秘密がある。それは中の人が男ということ……。
そんな『姫宮ましろ』の中の人こと、主人公の神崎颯太は『Fmすたーらいぶ』のマネージャーである姉の神崎桃を助けるためにVtuberとして活動していた。
同じ事務所のライバーとはほとんど絡まない、連絡も必要最低限。そんな生活を2年続けていたある日。事務所の不手際で半年前にデビューした3期生のVtuber『双葉かのん』こと鈴町彩芽に正体が知られて……
この物語は正体を隠しながら『姫宮ましろ』として活動する主人公とガチで陰キャでコミュ障な後輩ちゃんのVtuberお仕事ラブコメディ
※2人の恋愛模様は中学生並みにゆっくりです。温かく見守ってください
※配信パートは在籍ライバーが織り成す感動あり、涙あり、笑いありw箱推しリスナーの気分で読んでください
AIイラストで作ったFA(ファンアート)
⬇️
https://www.alphapolis.co.jp/novel/187178688/738771100
も不定期更新中。こちらも応援よろしくです
スマイリング・プリンス
上津英
ライト文芸
福岡県福岡市博多区。福岡空港近くの障害者支援施設で働く青年佐古川歩は、カレーとスマホゲー大好きのオタクだった。
ある夏、下半身不随の中途障害者の少年(鴻野尚也)に出会う。すっかり塞ぎ込んでいる尚也を笑顔にしたくて、歩は「スマイリング・プリンス」と作戦名を名付けて尚也に寄り添い始める。
異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜
春紫苑
恋愛
運命の瞬間は早朝。
泉から伸びる手に触れたことが、レイシールの未来を大きく変えた。
引き上げられた少女は、自らを異界人であると告げ、もう帰れないのかと涙をこぼした。
彼女を還してやるために、二人は共に暮らすこととなり……。
領主代行を務めるレイシールの、目下の課題は、治水。毎年暴れる河をどうにかせねば、領地の運営が危うい。
だが、彼の抱える問題はそれだけではない。
妾腹という出自が、レイシールの人生をひどく歪なものにしていた。
喪失の過去。嵐中の彼方にある未来。二人は選んだ道の先に何を得るのか!
藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり
Keitetsu003
ライト文芸
このお話は「風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-」の番外編です。
藤堂正道と伊藤ほのか、その他風紀委員のちょっと役に立つかもしれないトレビア、雑談が展開されます。(ときには恋愛もあり)
*小説内に書かれている内容は作者の個人的意見です。諸説あるもの、勘違いしているものがあっても、ご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる