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13 Rainy Resort
Rainy Resort 5
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草原を抜けると、『森の観察コース』は、麓のうっそうとした森へと入っていく。
森の中はとっても静かで、サクサクと枯葉を踏みしめるわたしたちの足音以外、物音ひとつしない。
名前も知らない鳥の羽音が、ときおり静寂を破って響き渡る。
川島君はずっとカメラをぶら下げていて、時々森の景色や木漏れ日が溜まった葉っぱ、苔に覆われて貫禄のついた、大きな樹の幹なんかを撮っている。
道の横を流れる川は、硫黄を含んでいるらしく、茹でた卵のような匂いが、ツンと鼻をついてくる。
「綺麗なお水ね~。この匂いって、『温泉に来たんだな~』って感じ」
道からはずれて小川へ降りていったみっこは、川のほとりにしゃがみこみんで、水に手をひたす。
「冷たくていい気持ち」
すくい上げた水が指先からこぼれて、キラキラと日の光を弾く。その光景にレンズを向けて、川島君は何枚かシャッターを切った。
「やっぱり森田さんは撮りやすいな」
「ふふ、ありがと。川島君も撮られやすいわよ」
レンズを向けられ、条件反射のように軽くポーズをとったみっこは、道に戻りながら川島君にそう応える。
「そう? プロのモデルさんにそう言ってもらえるのは、嬉しいよ。そのうち、モデルしてくれないかな」
「今してるじゃない?」
「ちゃんとした作品づくりに、ってことだけど… 森田さんはプロだから、無理か」
「あら? 諦め早いわね。オファーがあれば、受けるわよ」
「『オファー』ってのが、なんだかすごそう」
「川島君。みっこのモデル料って、高いのよ」
わたしが口を挟むと、みっこは愉快そうに笑った。
「さつきは友だち料金で、安くするわよ」
「え? ぼくは?」
「川島君は、『友だちの彼氏料金』ってことで、割り増しかな~?」
「え~? なんか理不尽だな~」
「あは、冗談。でも川島君って、どこへ行くにもカメラを離さないのね」
「まあね。写真はぼくの日記代わりだから」
「男の人って、なにかに熱中したら子どもみたいなのね。なんだかおもしろい」
「男なんて、一生子どもだよ」
みっこの冷やかしに、川島君は頬を赤らめて応えた。
「川島君は、なにを撮るのがいちばん好きなの?」
みっこの問いに、川島君は少し考えて答える。
「景色も好きだけど、やっぱり人物かなぁ。だけど人物はポーズとかライティングが難しくてね」
「バカねぇ」
「え?」
「そういうときは、『さつきちゃんを撮るのがいちばん好き』って答えるものよ」
笑いながら言って、みっこは川島君をからかう。
「そうかぁ~。あまりにもあたりまえ過ぎて、忘れてたよ」
川島君はフォローする。
む。ちょっとわざとらしいんじゃない?
わたしはちょっとむくれて言う。
「そんな、見え見えの手に乗るわたしじゃないですよ~」
「あ~あ、川島君。さつきを怒らせちゃった。あとで美味しいものでも食べさせて、ご機嫌とってあげなきゃね」
「さつきちゃんは食べ物で釣れるから、いいよな」
「んもぅ。当たってるだけに悔しいじゃない」
「ペンションに戻ったらすぐに夕食だよ。豊後牛のステーキが出たら、さつきちゃんに少し分けてあげるよ」
「ん~… まあ、許してあげるわよ」
「よかったわね。川島君」
そんな、なんでもないような会話を交わしながら、わたしたちは森の中をつらつらと歩く。
30分くらいで『森の観察コース』は終わり、日も暮れたので、わたしたちはペンションへ引き返した。
つづく
森の中はとっても静かで、サクサクと枯葉を踏みしめるわたしたちの足音以外、物音ひとつしない。
名前も知らない鳥の羽音が、ときおり静寂を破って響き渡る。
川島君はずっとカメラをぶら下げていて、時々森の景色や木漏れ日が溜まった葉っぱ、苔に覆われて貫禄のついた、大きな樹の幹なんかを撮っている。
道の横を流れる川は、硫黄を含んでいるらしく、茹でた卵のような匂いが、ツンと鼻をついてくる。
「綺麗なお水ね~。この匂いって、『温泉に来たんだな~』って感じ」
道からはずれて小川へ降りていったみっこは、川のほとりにしゃがみこみんで、水に手をひたす。
「冷たくていい気持ち」
すくい上げた水が指先からこぼれて、キラキラと日の光を弾く。その光景にレンズを向けて、川島君は何枚かシャッターを切った。
「やっぱり森田さんは撮りやすいな」
「ふふ、ありがと。川島君も撮られやすいわよ」
レンズを向けられ、条件反射のように軽くポーズをとったみっこは、道に戻りながら川島君にそう応える。
「そう? プロのモデルさんにそう言ってもらえるのは、嬉しいよ。そのうち、モデルしてくれないかな」
「今してるじゃない?」
「ちゃんとした作品づくりに、ってことだけど… 森田さんはプロだから、無理か」
「あら? 諦め早いわね。オファーがあれば、受けるわよ」
「『オファー』ってのが、なんだかすごそう」
「川島君。みっこのモデル料って、高いのよ」
わたしが口を挟むと、みっこは愉快そうに笑った。
「さつきは友だち料金で、安くするわよ」
「え? ぼくは?」
「川島君は、『友だちの彼氏料金』ってことで、割り増しかな~?」
「え~? なんか理不尽だな~」
「あは、冗談。でも川島君って、どこへ行くにもカメラを離さないのね」
「まあね。写真はぼくの日記代わりだから」
「男の人って、なにかに熱中したら子どもみたいなのね。なんだかおもしろい」
「男なんて、一生子どもだよ」
みっこの冷やかしに、川島君は頬を赤らめて応えた。
「川島君は、なにを撮るのがいちばん好きなの?」
みっこの問いに、川島君は少し考えて答える。
「景色も好きだけど、やっぱり人物かなぁ。だけど人物はポーズとかライティングが難しくてね」
「バカねぇ」
「え?」
「そういうときは、『さつきちゃんを撮るのがいちばん好き』って答えるものよ」
笑いながら言って、みっこは川島君をからかう。
「そうかぁ~。あまりにもあたりまえ過ぎて、忘れてたよ」
川島君はフォローする。
む。ちょっとわざとらしいんじゃない?
わたしはちょっとむくれて言う。
「そんな、見え見えの手に乗るわたしじゃないですよ~」
「あ~あ、川島君。さつきを怒らせちゃった。あとで美味しいものでも食べさせて、ご機嫌とってあげなきゃね」
「さつきちゃんは食べ物で釣れるから、いいよな」
「んもぅ。当たってるだけに悔しいじゃない」
「ペンションに戻ったらすぐに夕食だよ。豊後牛のステーキが出たら、さつきちゃんに少し分けてあげるよ」
「ん~… まあ、許してあげるわよ」
「よかったわね。川島君」
そんな、なんでもないような会話を交わしながら、わたしたちは森の中をつらつらと歩く。
30分くらいで『森の観察コース』は終わり、日も暮れたので、わたしたちはペンションへ引き返した。
つづく
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