156 / 300
13 Rainy Resort
Rainy Resort 3
しおりを挟む
列車に揺られて2時間ちょっと。
左前方の車窓に、ひときわ高くそびえる由布岳が見えてくると、車内アナウンスで山の説明が流れはじめた。
「由布岳は別名『豊後富士』とも言われ、標高1,583m。古来より信仰の対称として崇められてきた山で、『古事記』や『豊後国風土記』にも、その名が記されています。宇奈岐日女神社の祭神であり、山岳仏教も栄え、新日本百名山に選定されている名山です」
そんな由布岳を左に見ながら、列車は由布院盆地の山麓を大きな弧を描いてカーブしていき、それにつれて由布岳も少しづつ窓から見やすい場所に変わっていく。
そしてちょうど12時に、列車は由布院駅のホームに滑り込んだ。
『ゆふいんの森』号をあとにして、木造のアーティスティックな駅舎の改札を出ると、川島君がわたしたちを迎えてくれた。
「こんにちは。列車の旅はどうだった?」
「あ。川島君。やっぱり豪華なリゾート・エキスプレスは、気分よかったわよ」
「ごめんなさい川島君。あたしのわがまま、聞いてくれて」
みっこは川島君に、素敵な笑顔を向けてあやまる。わたしたちは列車に乗ってきたけど、そのあとの行程を考えて、川島君はひとりで、湯布院までクルマを回してくれていた。
そんな手間など、苦でもないかのように、川島君はみっこに笑って応える。
「森田さんのわがままなら、もう慣れたよ」
「え~? あたし川島君には、まだ、ワガママ言った覚えないけどな~」
「『まだ』ってのが引っかかるな」
「だってまだ、猫かぶってるもの」
「あははは。その猫のかぶりものを取ったときが怖いな。さあ、行こう」
床に置いてあったわたしたちのバッグを手に取ると、川島君は駅前に止めてある、赤いクルマのところに案内した。
「わぁ。『フェスティバ』ね。しかもキャンバストップつき!
あたしこのクルマ、可愛くて好き」
みっこはそう言って、嬉しそうに微笑む。
「姉さんと共同で買ったんだ。休みの日には交互で使う約束でね」
「どうして赤にしたの?」
「うちの姉、赤が大好きでさ。ぼくは紺色にしたかったけど、押し切られちゃったんだよ。姉の方がお金を余計に出した分、発言力も大きいしな」
「おしゃれじゃない、赤い方が。特にこの『葉っぱマーク』がアクセントきいてて」
そう言いながらみっこは、ボンネットにつけている初心者マークを、指ではじいて茶化す。
「森田さんの『猫っかぶり』は、時々噛みついてくるな~」
「甘噛みよ。可愛いもんでしょ」
まったく悪びれず、みっこはにこやかに微笑む。
「ははは。さあ、ボチボチ行こう」
ふたりのバッグをクルマに積みながら、川島君はドアを開けてわたしたちを促した。
四方を山に囲まれて、金鱗湖という小さな湖を抱いた湯布院は、こじんまりとした小さな町。
『別府の奥座敷』と言われていて、華美な雰囲気はないものの、しっとりと落ち着いた佇まいで、懐かしい郷土の香りが漂っている。
金鱗湖の回りを散歩したわたしたちは、そのほとりの『亀の井別荘』という囲炉裏のある食事処で、地鶏やいのししの郷土料理を食べ、グレゴリオ聖歌が低いメロディを奏でている、『天井桟敷』という山小屋風の喫茶店で、ココアを飲んだ。
そのあと、湯布院美術館を見たり、馬車に乗って湯布院の町を巡ったりと、わたしたちは湯布院観光を楽しんだ。
川島君は大きな一眼レフカメラをずっと持ち歩き、気に入った景色を撮りながら、ここぞという所でわたしたちの写真も撮ってくれる。
あたりまえだけど、みっこはポーズを作るのがうまく、川島君もそんなみっこを撮るのが、楽しそうだった。
つづく
左前方の車窓に、ひときわ高くそびえる由布岳が見えてくると、車内アナウンスで山の説明が流れはじめた。
「由布岳は別名『豊後富士』とも言われ、標高1,583m。古来より信仰の対称として崇められてきた山で、『古事記』や『豊後国風土記』にも、その名が記されています。宇奈岐日女神社の祭神であり、山岳仏教も栄え、新日本百名山に選定されている名山です」
そんな由布岳を左に見ながら、列車は由布院盆地の山麓を大きな弧を描いてカーブしていき、それにつれて由布岳も少しづつ窓から見やすい場所に変わっていく。
そしてちょうど12時に、列車は由布院駅のホームに滑り込んだ。
『ゆふいんの森』号をあとにして、木造のアーティスティックな駅舎の改札を出ると、川島君がわたしたちを迎えてくれた。
「こんにちは。列車の旅はどうだった?」
「あ。川島君。やっぱり豪華なリゾート・エキスプレスは、気分よかったわよ」
「ごめんなさい川島君。あたしのわがまま、聞いてくれて」
みっこは川島君に、素敵な笑顔を向けてあやまる。わたしたちは列車に乗ってきたけど、そのあとの行程を考えて、川島君はひとりで、湯布院までクルマを回してくれていた。
そんな手間など、苦でもないかのように、川島君はみっこに笑って応える。
「森田さんのわがままなら、もう慣れたよ」
「え~? あたし川島君には、まだ、ワガママ言った覚えないけどな~」
「『まだ』ってのが引っかかるな」
「だってまだ、猫かぶってるもの」
「あははは。その猫のかぶりものを取ったときが怖いな。さあ、行こう」
床に置いてあったわたしたちのバッグを手に取ると、川島君は駅前に止めてある、赤いクルマのところに案内した。
「わぁ。『フェスティバ』ね。しかもキャンバストップつき!
あたしこのクルマ、可愛くて好き」
みっこはそう言って、嬉しそうに微笑む。
「姉さんと共同で買ったんだ。休みの日には交互で使う約束でね」
「どうして赤にしたの?」
「うちの姉、赤が大好きでさ。ぼくは紺色にしたかったけど、押し切られちゃったんだよ。姉の方がお金を余計に出した分、発言力も大きいしな」
「おしゃれじゃない、赤い方が。特にこの『葉っぱマーク』がアクセントきいてて」
そう言いながらみっこは、ボンネットにつけている初心者マークを、指ではじいて茶化す。
「森田さんの『猫っかぶり』は、時々噛みついてくるな~」
「甘噛みよ。可愛いもんでしょ」
まったく悪びれず、みっこはにこやかに微笑む。
「ははは。さあ、ボチボチ行こう」
ふたりのバッグをクルマに積みながら、川島君はドアを開けてわたしたちを促した。
四方を山に囲まれて、金鱗湖という小さな湖を抱いた湯布院は、こじんまりとした小さな町。
『別府の奥座敷』と言われていて、華美な雰囲気はないものの、しっとりと落ち着いた佇まいで、懐かしい郷土の香りが漂っている。
金鱗湖の回りを散歩したわたしたちは、そのほとりの『亀の井別荘』という囲炉裏のある食事処で、地鶏やいのししの郷土料理を食べ、グレゴリオ聖歌が低いメロディを奏でている、『天井桟敷』という山小屋風の喫茶店で、ココアを飲んだ。
そのあと、湯布院美術館を見たり、馬車に乗って湯布院の町を巡ったりと、わたしたちは湯布院観光を楽しんだ。
川島君は大きな一眼レフカメラをずっと持ち歩き、気に入った景色を撮りながら、ここぞという所でわたしたちの写真も撮ってくれる。
あたりまえだけど、みっこはポーズを作るのがうまく、川島君もそんなみっこを撮るのが、楽しそうだった。
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
深見小夜子のいかがお過ごしですか?
花柳 都子
ライト文芸
小説家・深見小夜子の深夜ラジオは「たった一言で世界を変える」と有名。日常のあんなことやこんなこと、深見小夜子の手にかかれば180度見方が変わる。孤独で寂しくて眠れないあなたも、夜更けの静かな時間を共有したいご夫婦も、勉強や遊びに忙しいみんなも、少しだけ耳を傾けてみませんか?安心してください。このラジオはあなたの『主観』を変えるものではありません。「そういう考え方もあるんだな」そんなスタンスで聴いていただきたいお話ばかりです。『あなた』は『あなた』を大事に、だけど決して『あなたはあなただけではない』ことを忘れないでください。
さあ、眠れない夜のお供に、深見小夜子のラジオはいかがですか?
序列学園
あくがりたる
ライト文芸
第3次大戦後に平和の為に全世界で締結された「銃火器等完全撤廃条約」が施行された世界。人々は身を守る手段として古来からある「武術」を身に付けていた。
そんな世界で身寄りのない者達に武術を教える学園があった。最果ての孤島にある学園。その学園は絶対的な力の上下関係である「序列制度」によって統制され40人の生徒達が暮らしていた。
そこへ特別待遇で入学する事になった澄川カンナは学園生徒達からの嫌がらせを受ける事になるのだが……
多種多様な生徒達が在籍するこの学園で澄川カンナは孤立無援から生きる為に立ち上がる学園アクション!
※この作品は、小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。加筆修正された最新版をこちらには掲載しております。
怒れるおせっかい奥様
asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。
可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。
日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。
そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。
コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。
そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。
それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。
父も一緒になって虐げてくるクズ。
そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。
相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。
子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない!
あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。
そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。
白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。
良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。
前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね?
ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。
どうして転生したのが私だったのかしら?
でもそんなこと言ってる場合じゃないわ!
あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ!
子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。
私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ!
無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ!
前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる!
無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。
他の人たちのざまあはアリ。
ユルユル設定です。
ご了承下さい。
千里さんは、なびかない
黒瀬 ゆう
ライト文芸
天使の輪を作る、サラサラな黒髪。
握りこぶしほどしかない小さな顔に、ぱっちりとした瞳を囲む長いまつ毛。
まるでフィルターをかけたかのような綺麗な肌、真っ赤な唇。
特技はピアノ。まるで王子様。
ーー和泉君に、私の作品を演じてもらいたい。
その一心で、活字にすら触れたことのない私が小説家を目指すことに決めた。
全ては同担なんかに負けない優越感を味わうために。
目標は小説家としてデビュー、そして映画化。
ーー「私、アンタみたいな作品が書きたい。恋愛小説家の、零って呼ばれたい」
そんな矢先、同じ図書委員になったのは、なんと大人気ミステリ作家の零だった。
……あれ? イージーモード? 最強の助っ人じゃん。
そんなわけが、なかった。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
百々五十六の小問集合
百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ
ランキング頑張りたい!!!
作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。
毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。
月と太陽
もちっぱち
ライト文芸
雪村 紗栄は
月のような存在でいつまでも太陽がないと生きていけないと思っていた。
雪村 花鈴は
生まれたときから太陽のようにギラギラと輝いて、誰からも好かれる存在だった。
そんな姉妹の幼少期のストーリーから
高校生になった主人公紗栄は、
成長しても月のままなのか
それとも、自ら光を放つ
太陽になることができるのか
妹の花鈴と同じで太陽のように目立つ
同級生の男子との出会いで
変化が訪れる
続きがどんどん気になる
姉妹 恋愛 友達 家族
いろんなことがいりまじった
青春リアルストーリー。
こちらは
すべてフィクションとなります。
さく もちっぱち
表紙絵 yuki様
タイムパラライドッグスエッジ~きみを死なせない6秒間~
藤原いつか
ライト文芸
岸田篤人(きしだあつと)は2年前の出来事をきっかけに、6秒間だけ時間を止める力を持っていた。
使い道のないその力を持て余したまま入学した高校で、未来を視る力を持つ藤島逸可(ふじしまいつか)、過去を視る力を持つ入沢砂月(いりさわさつき)と出会う。
過去の真実を知りたいと願っていた篤人はふたりに近づいていく中で、自分達3人に未来が無いことを知る。
そしてそれぞれの力が互いに干渉し合ったとき、思いもよらないことが起こった。
そんな中、砂月が連続殺人事件に巻き込まれ――
* * *
6秒間だけ過去や未来にタイムリープすることが可能になった篤人が、過去へ、未来へ跳ぶ。
今度こそ大事な人を失わない為に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる