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12 CANARY ENSIS
CANARY ENSIS 27
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「さつき。寝た?」
どのくらい、そんな思いを巡らせていただろう?
機内の照明が落ちてかなり時間が経って、わたしもようやくうとうとしはじめた頃、となりの席のみっこが、小声でささやいてきた。
「…ううん」
わたしも声をひそめて返事をする。
他におきている人はいないみたいで、薄暗い機内には、エンジンの低い音だけが、途絶えることなく、微かに響いている。
「いろいろ考えちゃって… 寝つけないの」
みっこはそう言うと、わたしの方に寝返りをうった。
「なに考えているの?」
「ん…」
長い沈黙のあと、みっこはささやいた。
「…川島君は、眠ってる?」
「うん」
いちばん通路側にいる川島君が、寝息をたてているのを確認して、わたしは答えた。
「…」
さらにしばらく沈黙して、みっこはいっそう秘めやかな声で、告白した。
「あたし… 好きな人が、できちゃったみたい」
「えっ! ほんとに?」
興奮を抑えながら、わたしは聞き返す。
それって、藤村さんのことなんだろな。
やっぱり昨夜の光景は、夢や人違いじゃなかったんだ。
みっこはまた、少し考えるように黙ったあと、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「だけど、あたし… その人のこと… 好きにならない方が、いいの」
「どうして?」
「う… ん。だれからも、祝福される恋じゃない、から…」
「それって… 不倫とか?」
「…ごめん。今は… 言えない」
「き…」
『昨日の夜,藤村さんと浜辺で抱きあっていたでしょ?』
そう喉まで出かかった言葉を、わたしは呑み込んで言った。
「気にしないで。大丈夫よ… 人を好きになる気持ちを、祝福できないってこと、あるわけないわよ。わたしは応援してるから。みっこのこと」
「ダメ… 応援なんてしちゃ」
「え?」
みっこは密やかな声で、ささやくというより、自分に言い聞かせるかのように、つぶやいた。
「そんなことされたら、あたし… なにもかも壊すようなこと、しちゃうかもしれない」
そう言ったみっこは、瞳を閉じて、毛布を顔までまくり上げた。
仄かなダウンライトが頬に当たり、みっこの気持ちの陰影を映し出すように、鈍く照り返す。
そのまましばらく沈黙していたみっこだったが、おもむろに顔をあげると、かすかに微笑みを浮かべてささやく。
「ごめんね、さつき。つまんない話、しちゃって」
「ううん。わたしでよかったらなんでも話してよ。それでみっこの気がすむのなら」
「ありがと。おかげで少し、すっきりしたかも」
「だったらわたしも、嬉しいよ」
わたしの言葉を聞いて、みっこは寂しく微笑んだ。
旅の終わりはいつでも淋しくて、なんだかもの哀しくて、つい、センチメンタルな気分になってしまうもの。
だからこの夜のみっこも、きっとそうだったんだと思う。
こうしてわたしたちのモルディブ・ロケ旅行は終わった。
そしてこの旅が、ある意味でわたしたちの『ターニング・ポイント』になったということを、わたしはずっとあとになって、気がついた。
END
5th May 2011
18th Mar.2020
どのくらい、そんな思いを巡らせていただろう?
機内の照明が落ちてかなり時間が経って、わたしもようやくうとうとしはじめた頃、となりの席のみっこが、小声でささやいてきた。
「…ううん」
わたしも声をひそめて返事をする。
他におきている人はいないみたいで、薄暗い機内には、エンジンの低い音だけが、途絶えることなく、微かに響いている。
「いろいろ考えちゃって… 寝つけないの」
みっこはそう言うと、わたしの方に寝返りをうった。
「なに考えているの?」
「ん…」
長い沈黙のあと、みっこはささやいた。
「…川島君は、眠ってる?」
「うん」
いちばん通路側にいる川島君が、寝息をたてているのを確認して、わたしは答えた。
「…」
さらにしばらく沈黙して、みっこはいっそう秘めやかな声で、告白した。
「あたし… 好きな人が、できちゃったみたい」
「えっ! ほんとに?」
興奮を抑えながら、わたしは聞き返す。
それって、藤村さんのことなんだろな。
やっぱり昨夜の光景は、夢や人違いじゃなかったんだ。
みっこはまた、少し考えるように黙ったあと、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「だけど、あたし… その人のこと… 好きにならない方が、いいの」
「どうして?」
「う… ん。だれからも、祝福される恋じゃない、から…」
「それって… 不倫とか?」
「…ごめん。今は… 言えない」
「き…」
『昨日の夜,藤村さんと浜辺で抱きあっていたでしょ?』
そう喉まで出かかった言葉を、わたしは呑み込んで言った。
「気にしないで。大丈夫よ… 人を好きになる気持ちを、祝福できないってこと、あるわけないわよ。わたしは応援してるから。みっこのこと」
「ダメ… 応援なんてしちゃ」
「え?」
みっこは密やかな声で、ささやくというより、自分に言い聞かせるかのように、つぶやいた。
「そんなことされたら、あたし… なにもかも壊すようなこと、しちゃうかもしれない」
そう言ったみっこは、瞳を閉じて、毛布を顔までまくり上げた。
仄かなダウンライトが頬に当たり、みっこの気持ちの陰影を映し出すように、鈍く照り返す。
そのまましばらく沈黙していたみっこだったが、おもむろに顔をあげると、かすかに微笑みを浮かべてささやく。
「ごめんね、さつき。つまんない話、しちゃって」
「ううん。わたしでよかったらなんでも話してよ。それでみっこの気がすむのなら」
「ありがと。おかげで少し、すっきりしたかも」
「だったらわたしも、嬉しいよ」
わたしの言葉を聞いて、みっこは寂しく微笑んだ。
旅の終わりはいつでも淋しくて、なんだかもの哀しくて、つい、センチメンタルな気分になってしまうもの。
だからこの夜のみっこも、きっとそうだったんだと思う。
こうしてわたしたちのモルディブ・ロケ旅行は終わった。
そしてこの旅が、ある意味でわたしたちの『ターニング・ポイント』になったということを、わたしはずっとあとになって、気がついた。
END
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18th Mar.2020
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