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12 CANARY ENSIS
CANARY ENSIS 20
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早朝の撮影のあと、お昼の長い休憩を挟み、ビーチからカナリーエンシスの生い茂る林の中、ホテルのプール、そして最後は水上コテージのなかへと、ロケの場所は移っていく。
そうして、ワイン色に照り返すあざやかな夕焼けの色が、少しずつ濁ってきた頃になって、ようやく今日の予定分を終えた。
「OK! みっこちゃん。お疲れさま」
「ありがとうございましたぁ!」
みっこはスタッフのみんなにとびきり明るくお礼を言うと、撮影で使っていた水上コテージのソファで、解き放たれたように、大きく背伸びをする。
「みっこちゃん、とってもよかったわよ。全然ブランク感じなかったわ。長時間の撮影でも、コンセントレーション全然落ちなかったし、さすがよね」
「ありがと、センセ。あたしも久し振りに、やり切った感じがします」
「わたしもよ。明日はCF(コマーシャルフィルム)撮りがメインになるけど、頑張ってね」
「はい! じゃあ、お先に失礼しま~す。さつき、行こ!」
そう言ってソファから勢いよく立ち上がったみっこは、『お疲れさま~』と、回りのスタッフみんなに明るく声をかけながら、ホテルに帰っていく。
「みっこちゃん、相変わらずいい子よね~」
そんなうしろ姿を目を細めて見ながら、星川先生は嬉しそうに言った。
みっこのこういう気さくで明るい所が、スタッフからも好意的に思われているんだろうな。
夕食は二日続きのプチ・パーティ。
その夜は、スチール撮影のスタッフや、広告代理店やクライアントの方に加えて、明日のCF撮影のスタッフもたくさん到着し、とっても賑やかになった。
星川先生は川島君をとなりに呼んで、機嫌よくワインを飲みながら話をしはじめた。
「いやぁ。川島君はこまめに動いてくれるし、よく気づいてくれて、助かるわ~」
「ありがとうございます」
「今度うちの事務所にも遊びに来なさいよ。歓迎するわよ」
「え? ありがとうございます。ぜひ伺わせてもらいます!」
「あなたみたいな若い人のセンスを、わたしも勉強しないとね」
「ぼくも今回の撮影は、とってもいい勉強になりました」
「これからのカメラマンは、カメラだけじゃなく、パソコンも使えないといけないし、大変よね」
「学校にはMacも置いているし、デジタル写真については、ぼくももっと勉強したいと思ってるんです」
「デジタルカメラはどうかい?」
チーフアシスタントの首藤さんが、川島君にグラスを勧めながら、口を挟んできた。
「「デジタルカメラ、ですか?」
「あれは、写真の革命になるんじゃないかと思ってるんだ」
「そうですね。ぼくもそう思います。
88年に『FUJI』から『FUJIX DS-1P』って業務用のデジタルカメラが出たじゃないですか。去年の秋は一般向けに『Dycam Model 1』ってのが出たし、写真のデジタル化もあるえますよね」
「デジタルカメラ? 『SONY』の『マビカ』みたいな電子スチルカメラとは違うの?」
星川先生は川島君に訊ねた。首藤さんがかわりに答える。
「先生、あれは磁気ディスクにアナログ記録するんですよ。だから、そのままじゃパソコンに取り込めないけど、デジタルカメラはSRAM-ICカードに撮影結果をデジタル記録して、すぐにパソコンに取り込んで、画像処理ができるんです」
「だけど、うちにも営業さんが『マビカ』のサンプル置いていったけど、まだまだ画質は悪いし、値段も高いじゃない?」
「今はまだそうですけど、将来はもっと画質もよくなって、値段も下がるんじゃないでしょうか?」
「そうだな。音楽はレコードからCDになって、デザイン業界も、Macを使ったデジタル編集に変わりつつある。写真だけがいつまでも、昔ながらのフィルムってことはないよな」
「デジタルカメラは画素数も、ビデオ並みの40万画素程度しかないんでしょ? とても仕事で使えるレベルじゃないわ」
「そうですね、先生。印刷物の線数に換算すれば、A3の大きさで、2400万画素くらいは必要って計算になるそうですから、まだまだですね」
「そういうのはすぐに改良されていくだろ。俺の予想じゃ、あと10年で印刷に使えるレベルになるぜ」
「ぼくもそう思います。デジタルは即時性が高いし、報道関係は真っ先に置き換わって、いずれポスターとかの印刷物も、デジタルで撮影するようになるんじゃないでしょうか?」
「それはありうるな。まあ、しばらくはフィルムの表現力には勝てないだろうがな」
「その頃にはわたしはもうおじいちゃんね。デジタルは若い人に任せて、わたしはフィルムを極めるわ」
星川先生はそう言って笑う。川島君が真剣に写真のことを話すのって、はじめて見たわ。男の人って、こういうメカニックなカメラ談義が好きなんだな~。
つづく
そうして、ワイン色に照り返すあざやかな夕焼けの色が、少しずつ濁ってきた頃になって、ようやく今日の予定分を終えた。
「OK! みっこちゃん。お疲れさま」
「ありがとうございましたぁ!」
みっこはスタッフのみんなにとびきり明るくお礼を言うと、撮影で使っていた水上コテージのソファで、解き放たれたように、大きく背伸びをする。
「みっこちゃん、とってもよかったわよ。全然ブランク感じなかったわ。長時間の撮影でも、コンセントレーション全然落ちなかったし、さすがよね」
「ありがと、センセ。あたしも久し振りに、やり切った感じがします」
「わたしもよ。明日はCF(コマーシャルフィルム)撮りがメインになるけど、頑張ってね」
「はい! じゃあ、お先に失礼しま~す。さつき、行こ!」
そう言ってソファから勢いよく立ち上がったみっこは、『お疲れさま~』と、回りのスタッフみんなに明るく声をかけながら、ホテルに帰っていく。
「みっこちゃん、相変わらずいい子よね~」
そんなうしろ姿を目を細めて見ながら、星川先生は嬉しそうに言った。
みっこのこういう気さくで明るい所が、スタッフからも好意的に思われているんだろうな。
夕食は二日続きのプチ・パーティ。
その夜は、スチール撮影のスタッフや、広告代理店やクライアントの方に加えて、明日のCF撮影のスタッフもたくさん到着し、とっても賑やかになった。
星川先生は川島君をとなりに呼んで、機嫌よくワインを飲みながら話をしはじめた。
「いやぁ。川島君はこまめに動いてくれるし、よく気づいてくれて、助かるわ~」
「ありがとうございます」
「今度うちの事務所にも遊びに来なさいよ。歓迎するわよ」
「え? ありがとうございます。ぜひ伺わせてもらいます!」
「あなたみたいな若い人のセンスを、わたしも勉強しないとね」
「ぼくも今回の撮影は、とってもいい勉強になりました」
「これからのカメラマンは、カメラだけじゃなく、パソコンも使えないといけないし、大変よね」
「学校にはMacも置いているし、デジタル写真については、ぼくももっと勉強したいと思ってるんです」
「デジタルカメラはどうかい?」
チーフアシスタントの首藤さんが、川島君にグラスを勧めながら、口を挟んできた。
「「デジタルカメラ、ですか?」
「あれは、写真の革命になるんじゃないかと思ってるんだ」
「そうですね。ぼくもそう思います。
88年に『FUJI』から『FUJIX DS-1P』って業務用のデジタルカメラが出たじゃないですか。去年の秋は一般向けに『Dycam Model 1』ってのが出たし、写真のデジタル化もあるえますよね」
「デジタルカメラ? 『SONY』の『マビカ』みたいな電子スチルカメラとは違うの?」
星川先生は川島君に訊ねた。首藤さんがかわりに答える。
「先生、あれは磁気ディスクにアナログ記録するんですよ。だから、そのままじゃパソコンに取り込めないけど、デジタルカメラはSRAM-ICカードに撮影結果をデジタル記録して、すぐにパソコンに取り込んで、画像処理ができるんです」
「だけど、うちにも営業さんが『マビカ』のサンプル置いていったけど、まだまだ画質は悪いし、値段も高いじゃない?」
「今はまだそうですけど、将来はもっと画質もよくなって、値段も下がるんじゃないでしょうか?」
「そうだな。音楽はレコードからCDになって、デザイン業界も、Macを使ったデジタル編集に変わりつつある。写真だけがいつまでも、昔ながらのフィルムってことはないよな」
「デジタルカメラは画素数も、ビデオ並みの40万画素程度しかないんでしょ? とても仕事で使えるレベルじゃないわ」
「そうですね、先生。印刷物の線数に換算すれば、A3の大きさで、2400万画素くらいは必要って計算になるそうですから、まだまだですね」
「そういうのはすぐに改良されていくだろ。俺の予想じゃ、あと10年で印刷に使えるレベルになるぜ」
「ぼくもそう思います。デジタルは即時性が高いし、報道関係は真っ先に置き換わって、いずれポスターとかの印刷物も、デジタルで撮影するようになるんじゃないでしょうか?」
「それはありうるな。まあ、しばらくはフィルムの表現力には勝てないだろうがな」
「その頃にはわたしはもうおじいちゃんね。デジタルは若い人に任せて、わたしはフィルムを極めるわ」
星川先生はそう言って笑う。川島君が真剣に写真のことを話すのって、はじめて見たわ。男の人って、こういうメカニックなカメラ談義が好きなんだな~。
つづく
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