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12 CANARY ENSIS
CANARY ENSIS 19
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「さつきちゃん。そんな所で見てないで、こっちにおいでよ」
星川先生のうしろで撮影の様子を見守っていた藤村さんが、わたしを手招きした。
藤村さんが座っている椅子の横のテーブルには、今回の撮影の資料やカメラの機材、絵コンテ、試しに撮ったポラロイドフィルム、それに飲みかけの缶コーヒーやスナック菓子、灰皿にてんこ盛りになったタバコの吸い殻なんかが、雑多に置かれている。
「ほら、さつきちゃん。さっきのポラだよ」
そう言って藤村さんは、砂浜に立つわたしが写った、ポラロイド写真を見せてくれた。
モデルのことは置いといて、それはとっても鮮やかな、素敵な写真だった。
まるで化粧品のコマーシャルのような… って、あたりまえか。
「すごい! モデルは悪いけど、素敵です!」
「ははは。そんなことないよ、可愛く写っているじゃないか。さつきちゃん。この写真、記念にあげるよ」
わたしの写っている写真を集めて、藤村さんは差し出してくれた。
「いいんですか?! こんなにいただいても」
「かまわないよ。ボツ写真でよければ」
「ありがとうございますっ!」
ふふ… なんか嬉しい。
みっこのポスターとお揃いの写真だなんて。
「まったく… たいした子だよ。みっこちゃんは」
砂浜でポーズをとるみっこを見つめながら、藤村さんは言った。
「撮影になると、あっという間に集中する。そして、星川先生の意志を完全に見抜いて、それにもっともふさわしいポーズをとれる。この『とれる』ということが、どんなにすごいことか、さつきちゃん、わかる?」
「『とれる』?」
「みっこちゃん程度に綺麗な子なら、世の中にはそこそこいるんだ。街を歩いていても、容姿が整っていて、ちょっとした表情やしぐさに、ハッとするきらめきを感じる子は、少なからずいる。
そうした子がモデルになると、すぐに人気が出て、売れっ子になるんだけど、それだけじゃあそういう子は、すぐに消えてしまう」
「どうしてですか?」
「そういう子は『自然に振る舞う』ことはできても、『自然に振る舞う演技をする』ことはできないんだよ。
プロデューサーやカメラマンからいろいろ注文をつけられても、モデルとしての基礎と表現力がなきゃ、それに応えられないんだ。
モデルはね、見た目よりもずっと地味で、努力のいる仕事なんだよ。ビギナーズ・ラックなんて、長続きしないんだ」
「そう言えばわたし、CMでも、笑顔が引きつっているモデルさん、見たことあります」
「ははは。笑顔は難しいからね」
藤村さんは笑って、みっこに視線を戻した。
小さな頃からモデルになるためのレッスンを積んで、15年以上もモデルの仕事をこなしてきた森田美湖。
彼女はすでに、ビギナーなんかじゃない。
「一流のモデルはね、どんなカメラマンの注文でも、完璧にこなすんだ。望まれたポーズを望まれただけ、何回でも再生できる。それには訓練されたからだと頭の回転、そして勘のよさがいる。みっこちゃんはそれをすべて、備えている」
「でも… 昨日、藤村さんは『みっこは嫌いなカメラマンの前じゃ、ポーズをとろうともしない』って…」
わたしがそう言うと、藤村さんは愉快そうに笑った。
「あはははは…
彼女が嫌いなカメラマンは、ロクでもない写真しか撮れない奴らばかりさ。みっこちゃんは最高の仕事ができる相手にしか、微笑んであげないんだ。
だけどそんなことは、トップクラスの実力を回りから認められているからこそ、許されることなんだよ。駆け出しのモデルが、そんなわがまま好き嫌い言ってちゃ、その日から失業だよ。
彼女が15年かけて築いてきた実績と評価は、だれもが一朝一夕に超えられるものじゃない。頂点を極めたものだ。だから彼女は『お姫様モデル』なんだよ」
みっこはからだをよじりながら、瞳のはしにわずかにエクスタシーを漂わせて、じっとレンズを見つめている。
澄んだ魅力的な瞳が、見る者になにかを訴えかけている。
「いいわよ。みっこちゃん。その表情! すこ~し瞳を潤ませてみて」
ストロボが連続して光り、そのリズムに合わせるように、みっこは瞳を熱く潤ませ、わずかに唇をゆるめた。
「みっこちゃん。最高!」
つづく
星川先生のうしろで撮影の様子を見守っていた藤村さんが、わたしを手招きした。
藤村さんが座っている椅子の横のテーブルには、今回の撮影の資料やカメラの機材、絵コンテ、試しに撮ったポラロイドフィルム、それに飲みかけの缶コーヒーやスナック菓子、灰皿にてんこ盛りになったタバコの吸い殻なんかが、雑多に置かれている。
「ほら、さつきちゃん。さっきのポラだよ」
そう言って藤村さんは、砂浜に立つわたしが写った、ポラロイド写真を見せてくれた。
モデルのことは置いといて、それはとっても鮮やかな、素敵な写真だった。
まるで化粧品のコマーシャルのような… って、あたりまえか。
「すごい! モデルは悪いけど、素敵です!」
「ははは。そんなことないよ、可愛く写っているじゃないか。さつきちゃん。この写真、記念にあげるよ」
わたしの写っている写真を集めて、藤村さんは差し出してくれた。
「いいんですか?! こんなにいただいても」
「かまわないよ。ボツ写真でよければ」
「ありがとうございますっ!」
ふふ… なんか嬉しい。
みっこのポスターとお揃いの写真だなんて。
「まったく… たいした子だよ。みっこちゃんは」
砂浜でポーズをとるみっこを見つめながら、藤村さんは言った。
「撮影になると、あっという間に集中する。そして、星川先生の意志を完全に見抜いて、それにもっともふさわしいポーズをとれる。この『とれる』ということが、どんなにすごいことか、さつきちゃん、わかる?」
「『とれる』?」
「みっこちゃん程度に綺麗な子なら、世の中にはそこそこいるんだ。街を歩いていても、容姿が整っていて、ちょっとした表情やしぐさに、ハッとするきらめきを感じる子は、少なからずいる。
そうした子がモデルになると、すぐに人気が出て、売れっ子になるんだけど、それだけじゃあそういう子は、すぐに消えてしまう」
「どうしてですか?」
「そういう子は『自然に振る舞う』ことはできても、『自然に振る舞う演技をする』ことはできないんだよ。
プロデューサーやカメラマンからいろいろ注文をつけられても、モデルとしての基礎と表現力がなきゃ、それに応えられないんだ。
モデルはね、見た目よりもずっと地味で、努力のいる仕事なんだよ。ビギナーズ・ラックなんて、長続きしないんだ」
「そう言えばわたし、CMでも、笑顔が引きつっているモデルさん、見たことあります」
「ははは。笑顔は難しいからね」
藤村さんは笑って、みっこに視線を戻した。
小さな頃からモデルになるためのレッスンを積んで、15年以上もモデルの仕事をこなしてきた森田美湖。
彼女はすでに、ビギナーなんかじゃない。
「一流のモデルはね、どんなカメラマンの注文でも、完璧にこなすんだ。望まれたポーズを望まれただけ、何回でも再生できる。それには訓練されたからだと頭の回転、そして勘のよさがいる。みっこちゃんはそれをすべて、備えている」
「でも… 昨日、藤村さんは『みっこは嫌いなカメラマンの前じゃ、ポーズをとろうともしない』って…」
わたしがそう言うと、藤村さんは愉快そうに笑った。
「あはははは…
彼女が嫌いなカメラマンは、ロクでもない写真しか撮れない奴らばかりさ。みっこちゃんは最高の仕事ができる相手にしか、微笑んであげないんだ。
だけどそんなことは、トップクラスの実力を回りから認められているからこそ、許されることなんだよ。駆け出しのモデルが、そんなわがまま好き嫌い言ってちゃ、その日から失業だよ。
彼女が15年かけて築いてきた実績と評価は、だれもが一朝一夕に超えられるものじゃない。頂点を極めたものだ。だから彼女は『お姫様モデル』なんだよ」
みっこはからだをよじりながら、瞳のはしにわずかにエクスタシーを漂わせて、じっとレンズを見つめている。
澄んだ魅力的な瞳が、見る者になにかを訴えかけている。
「いいわよ。みっこちゃん。その表情! すこ~し瞳を潤ませてみて」
ストロボが連続して光り、そのリズムに合わせるように、みっこは瞳を熱く潤ませ、わずかに唇をゆるめた。
「みっこちゃん。最高!」
つづく
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