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12 CANARY ENSIS
CANARY ENSIS 8
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モルディブの夜は、星明かりが砂浜を照らし、潮騒だけが静かに響いてくる、神秘的な漆黒の世界。
かがり火を焚いたホテルの中庭のテーブルに並んだメニューは、お皿からはみ出しそうな伊勢エビに、ホタテやシャコ貝の貝柱。それにソースがたっぷりかかった、見たこともないようなカラフルな魚のソテーに、ローストチキンや大きなステーキ。甘酸っぱい香りのたちこめたトロピカルフルーツといった、8人じゃ食べきれないほどのリゾート・ディナー。
みんなでワインで乾杯して、ご馳走を食べているうちに、わたしの緊張も少しづつ解けてきた。
はじめは、こんなすごいプロフェッショナルな人たちとうまくやっていけるのか、とても心配だったけど、藤村さんや星川先生は、撮影の裏話やみっこの昔のエピソードを話してくれたり、見栄えする写真の撮り方を教えてくれたりと、わたしたちに気安く接してくれる。
わたしたちは何度も乾杯を繰り返した。
「さつきちゃん。みっこちゃんはこの業界じゃ『お姫様モデル』として、有名だったんだよ」
藤村さんはワイングラスを掲げながら、機嫌よく話しはじめた。
「『お姫様モデル』ですか?」
「いつでも優雅にニッコリ微笑んで、自分のわがままを通してしまうのさ」
「文哉さんったら…」
みっこは恥ずかしげに藤村さんをつつく。そんなみっこを横目で見ながら、彼は愉快そうに続けた。
「メイクが気にいらないと、何度でもやり直させるし、嫌いなカメラマンの前じゃ、ポーズをとろうともしない。星川さん、あのときのこと、覚えてる?」
話を振られた星川先生も、グラスを煽って愉快そうにしゃべりだす。
「ええ。あれはみっこちゃんがまだ、小学校高学年くらいだったわよね?
CFのお仕事で、スタジオでスチルとビデオを同時に撮ってて、ビデオの監督が絵コンテを自分流に解釈して、みっこちゃんに妙な動きの指示を出した時のこと」
「そうそう。そのときみっこちゃんは、カメラが回っているのに、セットからニコニコと降りてきて、カメラのファインダーを覗いて、『ダメね』って、監督にひとこと言ったんだ。
ぼくは側で見ていて、冷や汗かいたよ。さつきちゃん、これがどんなにすごいことか、わかる?」
「監督にダメ出しするなんて、すごいって思いますけど…」
「それだけじゃないよ。撮影のときは、ビデオカメラのファインダーは、監督とディレクターと照明さんしか覗けないってのが、この業界の『しきたり』なんだ。一介のモデルが口を挟む余地なんかないのさ。
もちろん、そんなしきたりは、みっこちゃんだって知ってる。
なのにみっこちゃんは、堂々とファインダーを覗いて、ちゃんとコンセプトにあった演技をし、結局、監督を黙らせたんだからな」
「へえ~。なんか、みっこらしいですね~」
「そうよね~。ほかにも、アシスタントがレフをうまく扱えないでモタモタしてるときも、彼にモデルをやらせて、自分がレフ板を当ててたりしてたこともあったわよね。
ダンスの振り付けなんて、先生から指導してもらったものでも、どんどんアレンジしちゃうし、衣装のコーディネイトがおかしいと、スタイリストがだれだろうと容赦なくダメ出しするし、まったく、みっこちゃんと仕事をしていると、ハラハラしっ放しよね」
「まったく『わがままお姫様』だよ」
「失礼ね。『完璧なプロ根性』と呼んでほしいのに」
つづく
かがり火を焚いたホテルの中庭のテーブルに並んだメニューは、お皿からはみ出しそうな伊勢エビに、ホタテやシャコ貝の貝柱。それにソースがたっぷりかかった、見たこともないようなカラフルな魚のソテーに、ローストチキンや大きなステーキ。甘酸っぱい香りのたちこめたトロピカルフルーツといった、8人じゃ食べきれないほどのリゾート・ディナー。
みんなでワインで乾杯して、ご馳走を食べているうちに、わたしの緊張も少しづつ解けてきた。
はじめは、こんなすごいプロフェッショナルな人たちとうまくやっていけるのか、とても心配だったけど、藤村さんや星川先生は、撮影の裏話やみっこの昔のエピソードを話してくれたり、見栄えする写真の撮り方を教えてくれたりと、わたしたちに気安く接してくれる。
わたしたちは何度も乾杯を繰り返した。
「さつきちゃん。みっこちゃんはこの業界じゃ『お姫様モデル』として、有名だったんだよ」
藤村さんはワイングラスを掲げながら、機嫌よく話しはじめた。
「『お姫様モデル』ですか?」
「いつでも優雅にニッコリ微笑んで、自分のわがままを通してしまうのさ」
「文哉さんったら…」
みっこは恥ずかしげに藤村さんをつつく。そんなみっこを横目で見ながら、彼は愉快そうに続けた。
「メイクが気にいらないと、何度でもやり直させるし、嫌いなカメラマンの前じゃ、ポーズをとろうともしない。星川さん、あのときのこと、覚えてる?」
話を振られた星川先生も、グラスを煽って愉快そうにしゃべりだす。
「ええ。あれはみっこちゃんがまだ、小学校高学年くらいだったわよね?
CFのお仕事で、スタジオでスチルとビデオを同時に撮ってて、ビデオの監督が絵コンテを自分流に解釈して、みっこちゃんに妙な動きの指示を出した時のこと」
「そうそう。そのときみっこちゃんは、カメラが回っているのに、セットからニコニコと降りてきて、カメラのファインダーを覗いて、『ダメね』って、監督にひとこと言ったんだ。
ぼくは側で見ていて、冷や汗かいたよ。さつきちゃん、これがどんなにすごいことか、わかる?」
「監督にダメ出しするなんて、すごいって思いますけど…」
「それだけじゃないよ。撮影のときは、ビデオカメラのファインダーは、監督とディレクターと照明さんしか覗けないってのが、この業界の『しきたり』なんだ。一介のモデルが口を挟む余地なんかないのさ。
もちろん、そんなしきたりは、みっこちゃんだって知ってる。
なのにみっこちゃんは、堂々とファインダーを覗いて、ちゃんとコンセプトにあった演技をし、結局、監督を黙らせたんだからな」
「へえ~。なんか、みっこらしいですね~」
「そうよね~。ほかにも、アシスタントがレフをうまく扱えないでモタモタしてるときも、彼にモデルをやらせて、自分がレフ板を当ててたりしてたこともあったわよね。
ダンスの振り付けなんて、先生から指導してもらったものでも、どんどんアレンジしちゃうし、衣装のコーディネイトがおかしいと、スタイリストがだれだろうと容赦なくダメ出しするし、まったく、みっこちゃんと仕事をしていると、ハラハラしっ放しよね」
「まったく『わがままお姫様』だよ」
「失礼ね。『完璧なプロ根性』と呼んでほしいのに」
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