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10 Invitation
Invitation 10
しおりを挟む『ターニングポイント』
藍沢氏の言葉が、心をよぎる。
長い沈黙のあと、みっこはすうっと視線を、ティーカップから、窓の外の彼方へ移した。
なんだか見覚えのある表情。
ああ…
これは、夏にふたりで海に行ったとき、不意に彼女が見せたものと同じだ。
そのときわたしは、『みっこは彼氏、いないの?』って訊いたんだっけ。
すると彼女は、今みたいに視線をそらしながら、『あたしはまだ、心から好きになれる男の人に、出会ったこと、ない…』って、答えた。
藍沢直樹氏と別れて一年。
みっこはいつも過去を追っていて…
ううん。
過去に追いかけられていて、モデルをやめたり、福岡の大学に来たりしながら、自分の本当の居場所を探していたのかもしれない。
しばらく口を噤んでいた彼女は、ようやく話しはじめた。
「だけど、そう思えるようになったのは、つい最近のことなの。
それまであたしには、なんにもわからなかった」
遠くを見つめるみっこの瞳が、翳った。微かに眉をひそめて、彼女はきゅっと唇を噛んだ。
「はじめて彼を拒んだのは,高校三年になったばかりの、春だった」
「拒んだ…」
「あたし、いつかあなたに、『ほんとに川島君を好きなら、それくらいのプレミアムは、払った方がいい』って言ったの、覚えてる?」
「うん。覚えてるわ。地下街で川島君にお別れの電話をかけたあと、波止場でみっこが言ったよね」
「あたしはきっと、それをしなかったのよ」
「え?」
わたしから視線をそらせたまま、みっこはじっと『ウエッジウッド』のティーカップを見つめる。
とても厳しい。
なにかを責めるような瞳が、森田美湖と藍沢直樹との『無邪気な幸せ』が、『ターニングポイント』を迎えて、光から陰に変わったことを表していた。
「みっこ… 訊いていい?」
「うん?」
藍沢氏の説明では今ひとつあいまいだったことを、わたしはみっこに訊いてみたかった。
「昨日、藍沢さんは『恋愛にも起承転結があって、いつかはターニング・ポイントを迎える』って言ってたの。みっこと藍沢さんとのターニング・ポイントって、なんだったの?」
「…」
わたしの質問にみっこはさっと顔色を曇らせ、緊張したように、ぎゅっと両手を握った。
「あ… ご、ごめん。そんなこと言えないよね。ごめんね、みっこ」
繕うように努めて明るく謝ったが、みっこは心の中でなにかを追いかけているように、瞳を閉じて黙ったままだった。
しばらくそうしていて、やがて決心したかのように、わたしをまっすぐ見つめて、みっこは話しはじめた。
「うまくは言えないと思うけど… なんてのかな…? 結局あたしたち、なにもしなかったの」
「え?」
「…あたりまえすぎたの。あたしたちが、いっしょにいることが」
「いっしょにいるのがあたりまえって…」
「人って、どんどん変わっていくものなのよ。一日一日じゃわからないけど、何ヶ月もすると、確実に前の自分じゃなくなっていると思うの。そうして、自分と同じように、相手だって変わっていってる」
「…」
わたしは黙って、みっこの言葉に耳を傾けていた。注意深く言葉を選びながら、彼女は話を続けた。
「だから、つきあい方も、それなりに変わらなきゃいけないはずなのに、あたしたちは相手の変化に、全然鈍感だったのよ。
いつも、あたりまえのように、会えばキスして、エッチして…
さつきの言うように、恋なんて稀な感情なのに、それがまるであたりまえみたいな気に、いつのまにかなっていた。
つきあいはじめた頃には、『~をしてくれた』って表現が多かった日記も、その頃には『~をしてくれない』ってのばかりに変わっていたわ」
つづく
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