Campus91

茉莉 佳

文字の大きさ
上 下
110 / 300
10 Invitation

Invitation 7

しおりを挟む
「あれは、合格発表の帰り道だったわ」
みっこはパッと目を開けると、瞳をキラキラと輝かせ、花が咲くような笑顔で言った。
「え? なにが?」
「合格発表を直樹さんと見に行った帰りの喫茶店で、あの人からいちばん嬉しい言葉をもらったのよ!
『みっこちゃんには、もうぼくは必要なくなっただろうけど、ぼくには君が必要なんだよ』って」
「うわっ。それで! みっこはなんて答えたの?」
そう訊ねると、そのときの告白をそのまま繰り返すかのように、みっこは頬を紅潮させて答えた。
「『そんなことない。あたし、藍沢先生がほしい』って、あたし、慌てて言ったの」
「へえ~。ストレートな返事ね」
「しかたないわ。はじめての恋だったもん。ほんとはもっと気の利いたセリフを言いたかったんだけど、ああいう場面じゃ、そんな余裕なんて、ぜんぶ飛んじゃうのよ。
だからあたし、さつきと川島君が、いろいろ回り道しながら、やっと心が通じあえて、つきあうようになったの、よくわかる。
恋してる人たちって、はたから見れば、滑稽こっけいだったりバカバカしいことしてるけど、本人たちにとっては、本当にマジメで重大なことなのよね」
「そうなの! 理性じゃわかっているんだけど、感情が勝手に別の方へ暴走していっちゃうのよ!」
「そうそう! そういう自分をはたから見ると、恥ずかしくってしかたないんだけど… どうにも止められないのよね~」
頬を上気させながら、みっこはわたしの言葉に相づちを打ち、はずんだ気持ちを抑えるかのように、紅茶を飲んでマドレーヌを食べた。

「直樹さんって、強引なところがあるのよね~」
ひとしきり休むと、みっこはまた当時を懐かしむような眼差しになって、話をはじめた。
「直樹さんってあたしよりずっと年上で、当然、別の彼女との恋愛経験もあったし、いろんな面であたしより大人だったでしょ。それがなにより悔しかったわ」
「別の彼女さんかぁ… 藍沢さんの過去の恋愛とか、みっこは聞いたりしたの?」
「あの人、『そう言うのを話すのはルール違反だから』なんて言うんだけど、会話の端々に過去の恋の影が、見え隠れしちゃうのよね~。
家庭教師に来はじめたばかりの頃も、ちゃんと彼女がいたみたいだし。『恋人が途切れたことない』なんて、豪語するのよ」
「わぁ。それってなんか、頭にくるわね」
「でしょ。確かにもどかしいんだけど、どうにもならないことじゃない?」
「そうよね~。その『過去』があるから、今のその人があるんだし」
「まあ、そう言うけどね。理性ではわかってても、割り切ることなんて、簡単じゃなかったわ」
「そんなたくさんの『過去』持ちの彼氏だったら、やっぱり大変だろうなぁ」
「デートとかしても、彼についていくだけで精いっぱいで、自分のリズムが全然つかめなくて、ずっと引きずられてばかりだった。
だけど、心地よい強引さって言うかな…
そんな毎日も、とっても新鮮で楽しかった。
会うたびに、いつも新しいできことの連続で、ちょうど高校生になって、なにもかもが変わったばかりの時期だったし、その頃の日記なんて、ハートや感嘆符つきの言葉がずらっと並んでいるって感じ。今読み返すと、『こんな小さなことで、いちいち感動してたんだな~』って、なんだか自分が可愛く思えちゃう」
「うん。わかるわ、その気持ち」
「そうよね。さつきはちょうど今がそんな時期だもんね。ファーストキスのことなんか、何ページも使って日記に書いたんじゃない?
さつきって文章力あるから、すごい名作になってそう」
みっこは軽くウィンクしてわたしをからかったが、あまりにもタイムリーな言葉で、わたしは思わず、頬っぺたに全身の血が集まってきた気がした。
昨夜のできごとが鮮やかに甦って、われながらとんでもない大胆なことをしたものだと、恥ずかしくなってしまう。
そして、そんな気持ちを長々と日記に綴って、眠れなくて、それが今朝遅刻した原因でもあるんだ。

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心理学概論

ライト文芸
大学一年生の筆者が、心理学概論の講義を復習するための小説です。

re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ

俊也
ライト文芸
実際の歴史では日本本土空襲・原爆投下・沖縄戦・特攻隊などと様々な悲劇と犠牲者を生んだ太平洋戦争(大東亜戦争) しかし、タイムスリップとかチート新兵器とか、そういう要素なしでもう少しその悲劇を防ぐか薄めるかして、尚且つある程度自主的に戦後の日本が変わっていく道はないか…アメリカ等連合国に対し「勝ちすぎず、程よく負けて和平する」ルートはあったのでは? そういう思いで書きました。 歴史時代小説大賞に参戦。 ご支援ありがとうございましたm(_ _)m また同時に「新訳 零戦戦記」も参戦しております。 こちらも宜しければお願い致します。 他の作品も お手隙の時にお気に入り登録、時々の閲覧いただければ幸いです。m(_ _)m

あなたと共に見る夢は〜俺様トップモデルの甘くみだらな包囲網〜

桜井 恵里菜
恋愛
トップモデル × 失恋女子 「今は、忘れろ。 忘れさせてやる」 たったひと晩の出来事は、 運命を変えるのか? 「思い知らせてやる。 お前がどんなにいい女かってことを」 そこから始まる 2人の物語とは… 2人で挑む 大きな夢とは…

ブラック企業との戦い YOU乗す労働スター 

今村 駿一
ライト文芸
 ブラック企業に勤める渡辺は度重なるサービス残業とパワハラ、長時間勤務で毎日過酷な日々を送っていた。退職しようにも辞められない。  そんな環境の中で自分と正反対の素敵な存在を見つける。

僕は主夫で妻は医者

雄太
ライト文芸
智也(46)は会社を辞めて現在の仕事は家で家事をする専業主夫。一方妻の翔子(46)は国立病院に勤務する医者である。智也は妻の翔子から毎月お小遣いをもらい、妻の尻に敷かれていた。ある日智也がバスに乗っているとき痴漢の疑いをかけられる。警察に連れていかれた智也は大ピンチに。

人魚はファンタジーなんかじゃない

雪まるげ
ライト文芸
大学2年生の三船律は同じ大学で美形と有名な「潮海人」と出会う。 彼は「好きな人を探しているんだ、協力してほしい」と律へ頼み込む。 困っている彼を見て協力することにした律だが、この男には不思議な秘密があって……。 現実とファンタジーが交錯する、青春ラブコメストーリー。

金サン!

桃青
ライト文芸
 占い師サエの仕事の相棒、美猫の金サンが、ある日突然人間の姿になりました。人間の姿の猫である金サンによって引き起こされる、ささやかな騒動と、サエの占いを巡る真理探究の話でもあります。ライトな明るさのある話を目指しました。

『♡ Kyoko Love ♡』☆『 LOVE YOU!』のスピン・オフ 最後のほうで香のその後が書かれています。

設樂理沙
ライト文芸
過去、付き合う相手が切れたことがほぼない くらい、見た目も内面もチャーミングな石川恭子。 結婚なんてあまり興味なく生きてきたが、周囲の素敵な女性たちに 感化され、意識が変わっていくアラフォー女子のお話。 ゆるい展開ですが、読んで頂けましたら幸いです。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 亀卦川康之との付き合いを止めた恭子の、その後の♡*♥Love Romance♥*♡  お楽しみください。 不定期更新とさせていただきますが基本今回は午後6時前後 に更新してゆく予定にしています。 ♡画像はILLUSTRATION STORE様有償画像  (許可をいただき加工しています)

処理中です...