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「あれは、合格発表の帰り道だったわ」
みっこはパッと目を開けると、瞳をキラキラと輝かせ、花が咲くような笑顔で言った。
「え? なにが?」
「合格発表を直樹さんと見に行った帰りの喫茶店で、あの人からいちばん嬉しい言葉をもらったのよ!
『みっこちゃんには、もうぼくは必要なくなっただろうけど、ぼくには君が必要なんだよ』って」
「うわっ。それで! みっこはなんて答えたの?」
そう訊ねると、そのときの告白をそのまま繰り返すかのように、みっこは頬を紅潮させて答えた。
「『そんなことない。あたし、藍沢先生がほしい』って、あたし、慌てて言ったの」
「へえ~。ストレートな返事ね」
「しかたないわ。はじめての恋だったもん。ほんとはもっと気の利いたセリフを言いたかったんだけど、ああいう場面じゃ、そんな余裕なんて、ぜんぶ飛んじゃうのよ。
だからあたし、さつきと川島君が、いろいろ回り道しながら、やっと心が通じあえて、つきあうようになったの、よくわかる。
恋してる人たちって、はたから見れば、滑稽だったりバカバカしいことしてるけど、本人たちにとっては、本当にマジメで重大なことなのよね」
「そうなの! 理性じゃわかっているんだけど、感情が勝手に別の方へ暴走していっちゃうのよ!」
「そうそう! そういう自分をはたから見ると、恥ずかしくってしかたないんだけど… どうにも止められないのよね~」
頬を上気させながら、みっこはわたしの言葉に相づちを打ち、はずんだ気持ちを抑えるかのように、紅茶を飲んでマドレーヌを食べた。
「直樹さんって、強引なところがあるのよね~」
ひとしきり休むと、みっこはまた当時を懐かしむような眼差しになって、話をはじめた。
「直樹さんってあたしよりずっと年上で、当然、別の彼女との恋愛経験もあったし、いろんな面であたしより大人だったでしょ。それがなにより悔しかったわ」
「別の彼女さんかぁ… 藍沢さんの過去の恋愛とか、みっこは聞いたりしたの?」
「あの人、『そう言うのを話すのはルール違反だから』なんて言うんだけど、会話の端々に過去の恋の影が、見え隠れしちゃうのよね~。
家庭教師に来はじめたばかりの頃も、ちゃんと彼女がいたみたいだし。『恋人が途切れたことない』なんて、豪語するのよ」
「わぁ。それってなんか、頭にくるわね」
「でしょ。確かにもどかしいんだけど、どうにもならないことじゃない?」
「そうよね~。その『過去』があるから、今のその人があるんだし」
「まあ、そう言うけどね。理性ではわかってても、割り切ることなんて、簡単じゃなかったわ」
「そんなたくさんの『過去』持ちの彼氏だったら、やっぱり大変だろうなぁ」
「デートとかしても、彼についていくだけで精いっぱいで、自分のリズムが全然つかめなくて、ずっと引きずられてばかりだった。
だけど、心地よい強引さって言うかな…
そんな毎日も、とっても新鮮で楽しかった。
会うたびに、いつも新しいできことの連続で、ちょうど高校生になって、なにもかもが変わったばかりの時期だったし、その頃の日記なんて、ハートや感嘆符つきの言葉がずらっと並んでいるって感じ。今読み返すと、『こんな小さなことで、いちいち感動してたんだな~』って、なんだか自分が可愛く思えちゃう」
「うん。わかるわ、その気持ち」
「そうよね。さつきはちょうど今がそんな時期だもんね。ファーストキスのことなんか、何ページも使って日記に書いたんじゃない?
さつきって文章力あるから、すごい名作になってそう」
みっこは軽くウィンクしてわたしをからかったが、あまりにもタイムリーな言葉で、わたしは思わず、頬っぺたに全身の血が集まってきた気がした。
昨夜のできごとが鮮やかに甦って、われながらとんでもない大胆なことをしたものだと、恥ずかしくなってしまう。
そして、そんな気持ちを長々と日記に綴って、眠れなくて、それが今朝遅刻した原因でもあるんだ。
つづく
みっこはパッと目を開けると、瞳をキラキラと輝かせ、花が咲くような笑顔で言った。
「え? なにが?」
「合格発表を直樹さんと見に行った帰りの喫茶店で、あの人からいちばん嬉しい言葉をもらったのよ!
『みっこちゃんには、もうぼくは必要なくなっただろうけど、ぼくには君が必要なんだよ』って」
「うわっ。それで! みっこはなんて答えたの?」
そう訊ねると、そのときの告白をそのまま繰り返すかのように、みっこは頬を紅潮させて答えた。
「『そんなことない。あたし、藍沢先生がほしい』って、あたし、慌てて言ったの」
「へえ~。ストレートな返事ね」
「しかたないわ。はじめての恋だったもん。ほんとはもっと気の利いたセリフを言いたかったんだけど、ああいう場面じゃ、そんな余裕なんて、ぜんぶ飛んじゃうのよ。
だからあたし、さつきと川島君が、いろいろ回り道しながら、やっと心が通じあえて、つきあうようになったの、よくわかる。
恋してる人たちって、はたから見れば、滑稽だったりバカバカしいことしてるけど、本人たちにとっては、本当にマジメで重大なことなのよね」
「そうなの! 理性じゃわかっているんだけど、感情が勝手に別の方へ暴走していっちゃうのよ!」
「そうそう! そういう自分をはたから見ると、恥ずかしくってしかたないんだけど… どうにも止められないのよね~」
頬を上気させながら、みっこはわたしの言葉に相づちを打ち、はずんだ気持ちを抑えるかのように、紅茶を飲んでマドレーヌを食べた。
「直樹さんって、強引なところがあるのよね~」
ひとしきり休むと、みっこはまた当時を懐かしむような眼差しになって、話をはじめた。
「直樹さんってあたしよりずっと年上で、当然、別の彼女との恋愛経験もあったし、いろんな面であたしより大人だったでしょ。それがなにより悔しかったわ」
「別の彼女さんかぁ… 藍沢さんの過去の恋愛とか、みっこは聞いたりしたの?」
「あの人、『そう言うのを話すのはルール違反だから』なんて言うんだけど、会話の端々に過去の恋の影が、見え隠れしちゃうのよね~。
家庭教師に来はじめたばかりの頃も、ちゃんと彼女がいたみたいだし。『恋人が途切れたことない』なんて、豪語するのよ」
「わぁ。それってなんか、頭にくるわね」
「でしょ。確かにもどかしいんだけど、どうにもならないことじゃない?」
「そうよね~。その『過去』があるから、今のその人があるんだし」
「まあ、そう言うけどね。理性ではわかってても、割り切ることなんて、簡単じゃなかったわ」
「そんなたくさんの『過去』持ちの彼氏だったら、やっぱり大変だろうなぁ」
「デートとかしても、彼についていくだけで精いっぱいで、自分のリズムが全然つかめなくて、ずっと引きずられてばかりだった。
だけど、心地よい強引さって言うかな…
そんな毎日も、とっても新鮮で楽しかった。
会うたびに、いつも新しいできことの連続で、ちょうど高校生になって、なにもかもが変わったばかりの時期だったし、その頃の日記なんて、ハートや感嘆符つきの言葉がずらっと並んでいるって感じ。今読み返すと、『こんな小さなことで、いちいち感動してたんだな~』って、なんだか自分が可愛く思えちゃう」
「うん。わかるわ、その気持ち」
「そうよね。さつきはちょうど今がそんな時期だもんね。ファーストキスのことなんか、何ページも使って日記に書いたんじゃない?
さつきって文章力あるから、すごい名作になってそう」
みっこは軽くウィンクしてわたしをからかったが、あまりにもタイムリーな言葉で、わたしは思わず、頬っぺたに全身の血が集まってきた気がした。
昨夜のできごとが鮮やかに甦って、われながらとんでもない大胆なことをしたものだと、恥ずかしくなってしまう。
そして、そんな気持ちを長々と日記に綴って、眠れなくて、それが今朝遅刻した原因でもあるんだ。
つづく
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