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10 Invitation
Invitation 4
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『モデルにはならない』と言いながらも、いまだに並べられているファッションの本と、そのとなりで居心地悪そうにしている大学の教科書を交互に見ながら、そんな想いがわたしの胸の中にとめどなくわきあがり、複雑な気持ちになってくる。
「世の中って、うまくいかないものね…」
そんなひとりごとを言いながら、わたしはみっこの机に目をやった。
猫足のライティングビューローの上には、スチール製のペン立てと、ふたつのフォトスタンド。それに象眼が刻された、古いオルゴールのジュエルケースだけが置いてあった。
縁には『1912 Made in England』と、刻まれている。
80年も前のものか。
思わず手にとって、眺めてみる。
長い年月に磨かれた光沢が、オルゴールの蓋に嵌め込まれた貝殻のかけらとあいまって、鈍く輝いていた。
四隅の飾りは、女性が横たわったアールヌーボー調の彫刻。蓋を開けると、オルゴール独特のはじけるような、もの哀しい澄んだ金属音が、チャイコフスキーの『眠れる森の美女』を奏ではじめた。しばらくの間、わたしはその旋律に、うっとりと聴き入った。
そうしながら、わたしはなにげなく、机の上のフォトスタンドに目をやった。
褪せかけた蒼色のフォトグラフと、鮮やかな新しいプリントが対称的な、ふたつのフォトスタンド。わたしは古い写真の入ったフォトスタンドを手にとった。
それは、椅子に座った男性とそのとなりに立つ女性、彼のひざに抱かれて、オルゴールを持っている少女が写っている写真だった。
ああ。
これはみっこの家族ね。
四十がらみのお父さんは、ちょっとおなかが出ていて貫禄あるけど、めがねをかけた目元が聡明そうで、顔立ちも鼻筋がくっきりと通っていて、なかなか渋くて魅力的。
守るようにみっこを抱いている大きな手は、ほんとに娘のことを大事にしているって感じで、とっても愛に溢れている。
一方のお母さんは、パパよりひと回りくらいは年が離れているらしく、若くてすばらしく綺麗な女性。
いかにも『モデル』という感じで、背が高くて脚が長く、キリリとした目元や唇に、みっこが言うような意志の強さを感じる。
やっぱりみっこはママ似だ。
みっこもあと10年もすれば、こんな感じになるのかなぁ。
なんだか、未来の彼女を見てしまったようで、わたしはひとりでクスクス笑った。
そして、3歳くらいの森田美湖は、天使と見間違えるほどの美少女だった。
瞳がぱっちりとして黒目が大きく、睫毛が長く反っていて、信じられないくらいの可愛らしさ。
ほっぺたなんかぷくぷくしていて、まるでマシュマロのよう。クルクルと巻いた長い髪に、レースで縁どりされたボンネットをかぶり、ペチコートたっぷりのドレスを着て、ジュモーかアンドレ・テュイエのアンティーク・ドールみたい。
以前、由貴さんから見せてもらった広告写真でもそうだったけど、絵から抜け出たほどの美しい姿を見ていると、森田美湖は、わたしとは違う世界で生きている女の子かもしれないなと、ちょっぴり切なくなってしまう。
そんなことを漠然と考えながら、みっこの家族写真を見ていたわたしは、もう一枚の写真の入ったフォトスタンドに視線を移した瞬間、はっと目を見張った。
その写真は、青い海と空をバックに、水着姿のふたりの女の子が並んで写っているものだった。
そう。
今年の夏。
みっこと海に遊びに行ったときに、ふたりでふざけながら撮った写真。
強い日射しに深い影を刻みながら、みっこに肩を抱かれ、カメラにピースしている、わたし。
胸がジンと熱くなる。
なぜ、こんな気持ちになるんだろう?
きっと、彼女の心のなかに、はじめて自分の存在を見つけることができたから?
そんな気がしたから…
「さつき~。紅茶が入ったわよ」
そのとき、リビングから、みっこがわたしを呼ぶ声がした。
「う、うん。すぐ行く!」
返事をしてフォトスタンドを机に戻すと、わたしはみっこの部屋をあとにした。
つづく
「世の中って、うまくいかないものね…」
そんなひとりごとを言いながら、わたしはみっこの机に目をやった。
猫足のライティングビューローの上には、スチール製のペン立てと、ふたつのフォトスタンド。それに象眼が刻された、古いオルゴールのジュエルケースだけが置いてあった。
縁には『1912 Made in England』と、刻まれている。
80年も前のものか。
思わず手にとって、眺めてみる。
長い年月に磨かれた光沢が、オルゴールの蓋に嵌め込まれた貝殻のかけらとあいまって、鈍く輝いていた。
四隅の飾りは、女性が横たわったアールヌーボー調の彫刻。蓋を開けると、オルゴール独特のはじけるような、もの哀しい澄んだ金属音が、チャイコフスキーの『眠れる森の美女』を奏ではじめた。しばらくの間、わたしはその旋律に、うっとりと聴き入った。
そうしながら、わたしはなにげなく、机の上のフォトスタンドに目をやった。
褪せかけた蒼色のフォトグラフと、鮮やかな新しいプリントが対称的な、ふたつのフォトスタンド。わたしは古い写真の入ったフォトスタンドを手にとった。
それは、椅子に座った男性とそのとなりに立つ女性、彼のひざに抱かれて、オルゴールを持っている少女が写っている写真だった。
ああ。
これはみっこの家族ね。
四十がらみのお父さんは、ちょっとおなかが出ていて貫禄あるけど、めがねをかけた目元が聡明そうで、顔立ちも鼻筋がくっきりと通っていて、なかなか渋くて魅力的。
守るようにみっこを抱いている大きな手は、ほんとに娘のことを大事にしているって感じで、とっても愛に溢れている。
一方のお母さんは、パパよりひと回りくらいは年が離れているらしく、若くてすばらしく綺麗な女性。
いかにも『モデル』という感じで、背が高くて脚が長く、キリリとした目元や唇に、みっこが言うような意志の強さを感じる。
やっぱりみっこはママ似だ。
みっこもあと10年もすれば、こんな感じになるのかなぁ。
なんだか、未来の彼女を見てしまったようで、わたしはひとりでクスクス笑った。
そして、3歳くらいの森田美湖は、天使と見間違えるほどの美少女だった。
瞳がぱっちりとして黒目が大きく、睫毛が長く反っていて、信じられないくらいの可愛らしさ。
ほっぺたなんかぷくぷくしていて、まるでマシュマロのよう。クルクルと巻いた長い髪に、レースで縁どりされたボンネットをかぶり、ペチコートたっぷりのドレスを着て、ジュモーかアンドレ・テュイエのアンティーク・ドールみたい。
以前、由貴さんから見せてもらった広告写真でもそうだったけど、絵から抜け出たほどの美しい姿を見ていると、森田美湖は、わたしとは違う世界で生きている女の子かもしれないなと、ちょっぴり切なくなってしまう。
そんなことを漠然と考えながら、みっこの家族写真を見ていたわたしは、もう一枚の写真の入ったフォトスタンドに視線を移した瞬間、はっと目を見張った。
その写真は、青い海と空をバックに、水着姿のふたりの女の子が並んで写っているものだった。
そう。
今年の夏。
みっこと海に遊びに行ったときに、ふたりでふざけながら撮った写真。
強い日射しに深い影を刻みながら、みっこに肩を抱かれ、カメラにピースしている、わたし。
胸がジンと熱くなる。
なぜ、こんな気持ちになるんだろう?
きっと、彼女の心のなかに、はじめて自分の存在を見つけることができたから?
そんな気がしたから…
「さつき~。紅茶が入ったわよ」
そのとき、リビングから、みっこがわたしを呼ぶ声がした。
「う、うん。すぐ行く!」
返事をしてフォトスタンドを机に戻すと、わたしはみっこの部屋をあとにした。
つづく
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