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10 Invitation
Invitation 3
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エレベーターで7階まで上がって、みっこの部屋に着くまで、彼女はずっとパパやママのことを話してくれた。
興味を持って話を聞く一方で、彼女がこんなにも躊躇いなく、自分のプライバシーを気軽にしゃべってくれることが、わたしはとっても嬉しかった。
昨日までのみっこは、親しく話をしているようでも、どこか殻を作っていて、チェーンのかかったドア越しに話しているように感じることがあったけど、今日のみっこにはそんな隔たりがない。
昨夜の『Moulin Rouge』でのできごとで、彼女のなにかが吹っ切れたのかもしれない。
「招いたのは、さつきがはじめてよ」
はにかむようにみっこは言って、部屋のドアを開けた。
「わあ! いい香り」
家に入って最初にわたしを迎えてくれたのは、玄関の飾り棚に置いてあった、ハーブのポプリの甘い香りだった。
大きめの1LDKってところかな?
女子大生がひとりで住むには、かなり贅沢なくらいの広さ。
やっぱりみっこって、お嬢様なんだ。
玄関を入ると短い廊下があり、左右には部屋のドア。廊下のつきあたりにはステンドグラスがはめ込まれた扉があって、ガラス越しに冬の木漏れ日が長いプリズムを作って、フローリングの廊下にふんわりと丸まっている。
そんな扉の奥の部屋へ、みっこはわたしを案内した。
そこはリビング・ダイニングキッチンだった。
正面にはバルコニーへ続く掃き出し窓があり、左側の出窓からの光が、ライトブラウンのフローリングの床に、陽だまりをつくっている。
「すっごく素敵ね~」
フロアを歩きながらみっこを振り返り、わたしは部屋の中を見渡す。
光がいっぱいに溢れたリビング・ダイニングキッチンは、とっても明るくてさわやか。
リビングに置かれたローチェストは、アンティークな生成りの白で、その上には、ミニコンポやテレビ、ちょっとした小物と花が、キチンと置かれている。
リビングセットはローチェストと同じデザインの、低めの丸テーブルとベンチチェスト。台形の大きな出窓は、床板がベンチになっていて、可愛いクッションが並べられている。
キッチンとリビングの間に据えられているバー・カウンターは、ひとりの食事にはちょうどいい大きさだし、こまごまとした台所用品を、リビングから見えないようにする役目もしている。
12畳ほどのLDKを、みっこは上手に無駄なくレイアウトしていた。
「みっこはインテリアのセンス、いいわね~」
「ありがと。みんなお気に入りの家具なの」
「他の部屋も、見ていい?」
「いいわよ。あたしその間にお茶入れてるから。さつきはコーヒー? 紅茶?」
「ん~。じゃあ、紅茶」
「やっぱりマドレーヌに合うのは紅茶よね。『FAUCHON』のアールグレイがあるのよ」
キッチンの棚から金色に輝く紅茶缶を取り出して、みっこはお茶の支度をはじめる。その間にわたしは廊下に出た。
向かって左のドアを開けると、そこはユーティリティで、その奥にはバスルーム。
タオルやボディブラシなどの小物は、全部ロイヤルブルーで統一されていて、棚に置かれたタオルの端が、みんなキチンと揃っているのが気持ちいい。みっこって几帳面だなぁ。
ユーティリティの向かいにあるもうひとつの部屋は、みっこのプライベートルームだった。
ドアを開けると、ひんやりとした冬の空気が漂ってくる。
部屋に入ったわたしは、まわりを見回しながらゆっくりと歩いた。厚手の絨毯に足音が吸い込まれていく。
この部屋はリビングと違って、シックで落ち着いた印象。
アンティーク調の木目のライティングビューローに椅子。ベッド、本棚、電子ピアノ。天井まである折れ戸のクロゼット。
習慣からか、わたしは本棚に並んだ本の背を眺めた。
ファッション・プレート全集や、服飾事典、『流行通信』『ヴォーグ』といった、ファッション関係の雑誌が、大部分を占めている。
その一角に、日頃見慣れている大学の教科書に、ノート、関連資料本。
だけどそれらは、ファッション系の本に追いやられるように、どこか場違いな感じで、窮屈そう。
そんなみっこの本棚を見て、モデルをめざしていたのに想いを果たせなかった、彼女の『いきさつ』が、漠然と、だけど実感として、伝わってきた。
みっこが今、いるべき場所は、ここじゃない。
彼女には、わたしと同じ大学に通うよりも、他にやることがあるんじゃないかな…
つづく
興味を持って話を聞く一方で、彼女がこんなにも躊躇いなく、自分のプライバシーを気軽にしゃべってくれることが、わたしはとっても嬉しかった。
昨日までのみっこは、親しく話をしているようでも、どこか殻を作っていて、チェーンのかかったドア越しに話しているように感じることがあったけど、今日のみっこにはそんな隔たりがない。
昨夜の『Moulin Rouge』でのできごとで、彼女のなにかが吹っ切れたのかもしれない。
「招いたのは、さつきがはじめてよ」
はにかむようにみっこは言って、部屋のドアを開けた。
「わあ! いい香り」
家に入って最初にわたしを迎えてくれたのは、玄関の飾り棚に置いてあった、ハーブのポプリの甘い香りだった。
大きめの1LDKってところかな?
女子大生がひとりで住むには、かなり贅沢なくらいの広さ。
やっぱりみっこって、お嬢様なんだ。
玄関を入ると短い廊下があり、左右には部屋のドア。廊下のつきあたりにはステンドグラスがはめ込まれた扉があって、ガラス越しに冬の木漏れ日が長いプリズムを作って、フローリングの廊下にふんわりと丸まっている。
そんな扉の奥の部屋へ、みっこはわたしを案内した。
そこはリビング・ダイニングキッチンだった。
正面にはバルコニーへ続く掃き出し窓があり、左側の出窓からの光が、ライトブラウンのフローリングの床に、陽だまりをつくっている。
「すっごく素敵ね~」
フロアを歩きながらみっこを振り返り、わたしは部屋の中を見渡す。
光がいっぱいに溢れたリビング・ダイニングキッチンは、とっても明るくてさわやか。
リビングに置かれたローチェストは、アンティークな生成りの白で、その上には、ミニコンポやテレビ、ちょっとした小物と花が、キチンと置かれている。
リビングセットはローチェストと同じデザインの、低めの丸テーブルとベンチチェスト。台形の大きな出窓は、床板がベンチになっていて、可愛いクッションが並べられている。
キッチンとリビングの間に据えられているバー・カウンターは、ひとりの食事にはちょうどいい大きさだし、こまごまとした台所用品を、リビングから見えないようにする役目もしている。
12畳ほどのLDKを、みっこは上手に無駄なくレイアウトしていた。
「みっこはインテリアのセンス、いいわね~」
「ありがと。みんなお気に入りの家具なの」
「他の部屋も、見ていい?」
「いいわよ。あたしその間にお茶入れてるから。さつきはコーヒー? 紅茶?」
「ん~。じゃあ、紅茶」
「やっぱりマドレーヌに合うのは紅茶よね。『FAUCHON』のアールグレイがあるのよ」
キッチンの棚から金色に輝く紅茶缶を取り出して、みっこはお茶の支度をはじめる。その間にわたしは廊下に出た。
向かって左のドアを開けると、そこはユーティリティで、その奥にはバスルーム。
タオルやボディブラシなどの小物は、全部ロイヤルブルーで統一されていて、棚に置かれたタオルの端が、みんなキチンと揃っているのが気持ちいい。みっこって几帳面だなぁ。
ユーティリティの向かいにあるもうひとつの部屋は、みっこのプライベートルームだった。
ドアを開けると、ひんやりとした冬の空気が漂ってくる。
部屋に入ったわたしは、まわりを見回しながらゆっくりと歩いた。厚手の絨毯に足音が吸い込まれていく。
この部屋はリビングと違って、シックで落ち着いた印象。
アンティーク調の木目のライティングビューローに椅子。ベッド、本棚、電子ピアノ。天井まである折れ戸のクロゼット。
習慣からか、わたしは本棚に並んだ本の背を眺めた。
ファッション・プレート全集や、服飾事典、『流行通信』『ヴォーグ』といった、ファッション関係の雑誌が、大部分を占めている。
その一角に、日頃見慣れている大学の教科書に、ノート、関連資料本。
だけどそれらは、ファッション系の本に追いやられるように、どこか場違いな感じで、窮屈そう。
そんなみっこの本棚を見て、モデルをめざしていたのに想いを果たせなかった、彼女の『いきさつ』が、漠然と、だけど実感として、伝わってきた。
みっこが今、いるべき場所は、ここじゃない。
彼女には、わたしと同じ大学に通うよりも、他にやることがあるんじゃないかな…
つづく
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