Campus91

茉莉 佳

文字の大きさ
上 下
106 / 300
10 Invitation

Invitation 3

しおりを挟む
エレベーターで7階まで上がって、みっこの部屋に着くまで、彼女はずっとパパやママのことを話してくれた。
興味を持って話を聞く一方で、彼女がこんなにも躊躇ためらいなく、自分のプライバシーを気軽にしゃべってくれることが、わたしはとっても嬉しかった。
昨日までのみっこは、親しく話をしているようでも、どこか殻を作っていて、チェーンのかかったドア越しに話しているように感じることがあったけど、今日のみっこにはそんな隔たりがない。
昨夜の『Moulin Rouge』でのできごとで、彼女のなにかが吹っ切れたのかもしれない。


「招いたのは、さつきがはじめてよ」
はにかむようにみっこは言って、部屋のドアを開けた。

「わあ! いい香り」
家に入って最初にわたしを迎えてくれたのは、玄関の飾り棚に置いてあった、ハーブのポプリの甘い香りだった。
大きめの1LDKってところかな?
女子大生がひとりで住むには、かなり贅沢なくらいの広さ。
やっぱりみっこって、お嬢様なんだ。
玄関を入ると短い廊下があり、左右には部屋のドア。廊下のつきあたりにはステンドグラスがはめ込まれた扉があって、ガラス越しに冬の木漏れ日が長いプリズムを作って、フローリングの廊下にふんわりと丸まっている。

そんな扉の奥の部屋へ、みっこはわたしを案内した。
そこはリビング・ダイニングキッチンだった。
正面にはバルコニーへ続く掃き出し窓があり、左側の出窓からの光が、ライトブラウンのフローリングの床に、陽だまりをつくっている。
「すっごく素敵ね~」
フロアを歩きながらみっこを振り返り、わたしは部屋の中を見渡す。
光がいっぱいに溢れたリビング・ダイニングキッチンは、とっても明るくてさわやか。
リビングに置かれたローチェストは、アンティークな生成りの白で、その上には、ミニコンポやテレビ、ちょっとした小物と花が、キチンと置かれている。
リビングセットはローチェストと同じデザインの、低めの丸テーブルとベンチチェスト。台形の大きな出窓は、床板がベンチになっていて、可愛いクッションが並べられている。
キッチンとリビングの間に据えられているバー・カウンターは、ひとりの食事にはちょうどいい大きさだし、こまごまとした台所用品を、リビングから見えないようにする役目もしている。
12畳ほどのLDKを、みっこは上手に無駄なくレイアウトしていた。

「みっこはインテリアのセンス、いいわね~」
「ありがと。みんなお気に入りの家具なの」
「他の部屋も、見ていい?」
「いいわよ。あたしその間にお茶入れてるから。さつきはコーヒー? 紅茶?」
「ん~。じゃあ、紅茶」
「やっぱりマドレーヌに合うのは紅茶よね。『FAUCHON』のアールグレイがあるのよ」
キッチンの棚から金色に輝く紅茶缶を取り出して、みっこはお茶の支度をはじめる。その間にわたしは廊下に出た。

向かって左のドアを開けると、そこはユーティリティで、その奥にはバスルーム。
タオルやボディブラシなどの小物は、全部ロイヤルブルーで統一されていて、棚に置かれたタオルの端が、みんなキチンと揃っているのが気持ちいい。みっこって几帳面だなぁ。

ユーティリティの向かいにあるもうひとつの部屋は、みっこのプライベートルームだった。
ドアを開けると、ひんやりとした冬の空気が漂ってくる。
部屋に入ったわたしは、まわりを見回しながらゆっくりと歩いた。厚手の絨毯に足音が吸い込まれていく。
この部屋はリビングと違って、シックで落ち着いた印象。
アンティーク調の木目のライティングビューローに椅子。ベッド、本棚、電子ピアノ。天井まである折れ戸のクロゼット。
習慣からか、わたしは本棚に並んだ本の背を眺めた。
ファッション・プレート全集や、服飾事典、『流行通信』『ヴォーグ』といった、ファッション関係の雑誌が、大部分を占めている。
その一角に、日頃見慣れている大学の教科書に、ノート、関連資料本。
だけどそれらは、ファッション系の本に追いやられるように、どこか場違いな感じで、窮屈そう。
そんなみっこの本棚を見て、モデルをめざしていたのに想いを果たせなかった、彼女の『いきさつ』が、漠然と、だけど実感として、伝わってきた。

みっこが今、いるべき場所は、ここじゃない。
彼女には、わたしと同じ大学に通うよりも、他にやることがあるんじゃないかな…

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...