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Invitation 2
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「着いたわ」
待ち合わせをした私鉄の駅から、バスで5分。
閑静な住宅街の山の手を上がったところに、みっこの住む10階建てくらいのマンションがあった。
バッグから『MIKKO』のネーム入りのキーホルダーがついた鍵を取り出しながら、彼女は煉瓦づくりのポーチを抜けて、吹き抜けになったエントランスに入っていく。
「すごいじゃない。みっこってこんな素敵なとこに住んでたの?!」
思わず興奮して、声をあげた。
築50年を超える、うちの古ぼけた二階建ての日本家屋と違って、まだ新しくてとってもお洒落で、高級そうなマンション。
煉瓦の外壁がぐるりとアプローチを取り囲んでいて、所々に灯っている街灯が、ヨーロッパの街角みたいで、おしゃれ。
エントランス横の大きなガラス張りの広い部屋は、フローリングの広い空間で、まるでダンス・スタジオみたい。
「この部屋は?」
「多目的スタジオで、ダンスもできるのよ。奥には温水プールもあるわ」
「へぇ~っ! マンションにプールとかスタジオとかあるなんて、すごい!」
「1階はカルチャーセンターも兼ねてるのよ。ジャズダンスやエアロビクスのサークルがときどき使ってるし、マンションの住人は管理人さんに言えば、どちらも自由に利用できるの」
「へぇ! それならダンスが好きなみっこにとって、最適ね」
「ふふ。パパにやられたわ」
「パパに?」
「このマンション探してくれたのパパなんだけど、まさかスタジオが付いてるなんてね。
きっと、ダンスやモデルのレッスンできるように、したくなるように、ここを選んだんでしょうね」
自分の部屋のポストをチラリと覗きながら、みっこはしゃべり続け、風除け室の横に備えつけられたテンキーの前に立った。
「わ。これって、流行のオートロックじゃない?」
暗証番号を押しながら、みっこは言う。
「パパがね…」
「え?」
天井まである木製の大きなドアが開くと、みっこはわたしを招き入れ、奥のエレベーターに向かいながら、話を続けた。
「西蘭女子大進学に、あたしの両親が大反対だったってことは、前にも話したでしょ」
「うん。それは聞いた」
「それはもう、『行きたい』『ダメだ』って、激しくやりあったのよ。
それでママは、『そんなに大学に行きたいのなら、自分のお金で行きなさい。家からは1円も出しません』って言うから、あたしは自分の貯金崩したり、アルバイトをしたりして、学費や生活費にあてるつもりにしてたの。だから最初は、学校の寮に入ろうと思ってたのよ」
「へえ。お母さん厳しい~。みっこも意地になってたのね」
「そう。だけど実際に、あたしが入学の手続きとか荷造りとかはじめると、ふたりとも慌てちゃって。それでパパが、『四年間もひとり暮らしはいろいろ不自由だろうから』って、このマンションを探してくれて、ママに内緒で仕送りもしてくれてるの」
「わぁ~。優しいお父さんね!」
「ふふ。なんだか『パパの囲われ女』みたいでしょ」
「囲われ女! 確かに、間違いじゃないよね」
「あは。おかげでバイトしなくてすんじゃった」
「でも、お母さんとは、ずっとうまくいってないの?」
「う~ん… 冷たい戦争状態かな~」
「みっこはそれでいいの?」
「でもね… やっぱり気にしてはくれてるみたい。このマンション買うのにも、ママは反対しなかったらしいし、パパが内緒で仕送りしていることも、知ってて黙ってるみたいだし。
時々、生活用品とかお洋服とかをパパが送ってくるんだけど、あきらかに『これはママチョイスでしょ』ってものが入ってるし」
「よかったじゃない。それって、みっこの生活も認めてもらえたってことじゃないの?」
「ふふ。そんな簡単じゃないわ。あの人、とっても強情で、自分が決めたことを変えたがらないし、絶対自分の方から折れたりしない人だから。今でも、たまに家に電話しても文句ばかりだし、美容のチェックは厳しいし、いろんなオーディション探してきては、『受けなさい』って、うるさいのよ」
「あは。なんだかみっこそっくり。みっこって、母親似なのね」
「え~… そうかなぁ。やだなぁ~」
つづく
待ち合わせをした私鉄の駅から、バスで5分。
閑静な住宅街の山の手を上がったところに、みっこの住む10階建てくらいのマンションがあった。
バッグから『MIKKO』のネーム入りのキーホルダーがついた鍵を取り出しながら、彼女は煉瓦づくりのポーチを抜けて、吹き抜けになったエントランスに入っていく。
「すごいじゃない。みっこってこんな素敵なとこに住んでたの?!」
思わず興奮して、声をあげた。
築50年を超える、うちの古ぼけた二階建ての日本家屋と違って、まだ新しくてとってもお洒落で、高級そうなマンション。
煉瓦の外壁がぐるりとアプローチを取り囲んでいて、所々に灯っている街灯が、ヨーロッパの街角みたいで、おしゃれ。
エントランス横の大きなガラス張りの広い部屋は、フローリングの広い空間で、まるでダンス・スタジオみたい。
「この部屋は?」
「多目的スタジオで、ダンスもできるのよ。奥には温水プールもあるわ」
「へぇ~っ! マンションにプールとかスタジオとかあるなんて、すごい!」
「1階はカルチャーセンターも兼ねてるのよ。ジャズダンスやエアロビクスのサークルがときどき使ってるし、マンションの住人は管理人さんに言えば、どちらも自由に利用できるの」
「へぇ! それならダンスが好きなみっこにとって、最適ね」
「ふふ。パパにやられたわ」
「パパに?」
「このマンション探してくれたのパパなんだけど、まさかスタジオが付いてるなんてね。
きっと、ダンスやモデルのレッスンできるように、したくなるように、ここを選んだんでしょうね」
自分の部屋のポストをチラリと覗きながら、みっこはしゃべり続け、風除け室の横に備えつけられたテンキーの前に立った。
「わ。これって、流行のオートロックじゃない?」
暗証番号を押しながら、みっこは言う。
「パパがね…」
「え?」
天井まである木製の大きなドアが開くと、みっこはわたしを招き入れ、奥のエレベーターに向かいながら、話を続けた。
「西蘭女子大進学に、あたしの両親が大反対だったってことは、前にも話したでしょ」
「うん。それは聞いた」
「それはもう、『行きたい』『ダメだ』って、激しくやりあったのよ。
それでママは、『そんなに大学に行きたいのなら、自分のお金で行きなさい。家からは1円も出しません』って言うから、あたしは自分の貯金崩したり、アルバイトをしたりして、学費や生活費にあてるつもりにしてたの。だから最初は、学校の寮に入ろうと思ってたのよ」
「へえ。お母さん厳しい~。みっこも意地になってたのね」
「そう。だけど実際に、あたしが入学の手続きとか荷造りとかはじめると、ふたりとも慌てちゃって。それでパパが、『四年間もひとり暮らしはいろいろ不自由だろうから』って、このマンションを探してくれて、ママに内緒で仕送りもしてくれてるの」
「わぁ~。優しいお父さんね!」
「ふふ。なんだか『パパの囲われ女』みたいでしょ」
「囲われ女! 確かに、間違いじゃないよね」
「あは。おかげでバイトしなくてすんじゃった」
「でも、お母さんとは、ずっとうまくいってないの?」
「う~ん… 冷たい戦争状態かな~」
「みっこはそれでいいの?」
「でもね… やっぱり気にしてはくれてるみたい。このマンション買うのにも、ママは反対しなかったらしいし、パパが内緒で仕送りしていることも、知ってて黙ってるみたいだし。
時々、生活用品とかお洋服とかをパパが送ってくるんだけど、あきらかに『これはママチョイスでしょ』ってものが入ってるし」
「よかったじゃない。それって、みっこの生活も認めてもらえたってことじゃないの?」
「ふふ。そんな簡単じゃないわ。あの人、とっても強情で、自分が決めたことを変えたがらないし、絶対自分の方から折れたりしない人だから。今でも、たまに家に電話しても文句ばかりだし、美容のチェックは厳しいし、いろんなオーディション探してきては、『受けなさい』って、うるさいのよ」
「あは。なんだかみっこそっくり。みっこって、母親似なのね」
「え~… そうかなぁ。やだなぁ~」
つづく
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