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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 15
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「川島君と弥生さんは、恋人同志なんでしょう?」
「え? ええ、まあ…」
藍沢氏の言葉に、わたしと川島君は顔を見合わせた。
「いつからですか?」
「まだ一ヶ月くらいです」
「お互い、初めてのつきあいですか?」
「ええ…」
「けんかをしたことは、ありますか?」
「ほとんどないです」
「今、幸せですか?」
「ええ…」
「もちろん」
藍沢氏の問いに、わたしと川島君はかわるがわる答える。彼はうなずいて言った。
「じゃあ、まだわからないだろな」
「え? なにがです?」
「恋愛にも起承転結があるってことが」
「起承転結?」
「あなたたちはまだ『起』の段階だろうけど、様々なできごとを経て、承から転…
つまり、『ターニング・ポイント』を迎えるんですよ、いつかは」
「ターニング・ポイント?」
「陽から陰に変わる。『坂を転げ落ちていく』ってことですよ」
「…」
「それに気づいたときは、もう遅い。
いったん陰に変わってしまうと、もう簡単には元に戻らない。
どんなにあがいても取り戻せないし、取り戻せないからよけいに執着してしまって、まるで取り憑かれたみたいに、愚かなことばかりしてしまうんです。
目の前にあるのは絶望ばかり。
それから逃れるために、ふつうの判断能力すらなくなってしまう。
心もからだも、暴走してしまう。
よく新聞を賑わす、失恋した相手を殺して自分も自殺するような人間を、ぼくは笑えませんね」
「…」
「あ、ごめんなさい。これは一般論で、必ずしもあなたたちに当てはまるってわけじゃない。
だけど気をつけた方がいい。
想いが真剣な分、恋愛の末期は恐ろしいですよ。
ぼくとみっこが辿った道を、あなたたちには歩いてほしくないな」
最後にそう言ったきり、藍沢氏は黙り込んで想いに耽るようにうつむきながら、グラスを傾けるだけだった。
わたしも黙っていた。
『ターニング・ポイント』の話は、やっぱりショックだった。
『川島君との別れ』なんて、想像したこともなかったし、したくもなかった。
ふたりの仲は永遠に続くものだと、信じていた。
だけど、それはただの錯覚。
幻想でしかないの?
わたしたちにもいつか、別れのときが来るの?
さっきまでの藍沢氏とみっこのやりとりのなかに、自分と川島君の未来を重ねてしまう。
どんなに愛していても、思い通りにならないことがあるの?
そして、『ぼくとみっこが辿った道を、あなたたちには歩いてほしくない』という藍沢氏の言葉が、わたしたちの未来を暗示しているようで、怖かった。
ふと、気がつくと、フロアに流れる曲は、ゆるいバラードになっている。
古いシネマの名曲、『カサブランカ』のやるせないメロディが、インクが広がるように、じんわりと心の隅々にまで滲んでいった。
フロアに視線を移すと、人はみな頬を寄せあい、抱き合いながら、わずかにリズムをとっている。
だけど、どんなにきつく抱きあってみても、恋人同士の間には、深くて暗い溝がある。
人間なんてしょせん、ひとりで生まれて、ひとりで死ぬ存在。
だれだって、最後はいつもひとり。
恋愛なんて、そんな辛い現実を忘れさせるための、ひとときの夢にすぎないの?
友情も親友も、ただの幸せな錯覚でしかないの?
「弥生さん。悪いがみっこを… 見てきてくれないか?」
ポツリとひとこと、藍沢氏が言った。
「はい!」
淋しい想いの連鎖を断ち切るように、わたしは明るく応え、席を立った。
つづく
「え? ええ、まあ…」
藍沢氏の言葉に、わたしと川島君は顔を見合わせた。
「いつからですか?」
「まだ一ヶ月くらいです」
「お互い、初めてのつきあいですか?」
「ええ…」
「けんかをしたことは、ありますか?」
「ほとんどないです」
「今、幸せですか?」
「ええ…」
「もちろん」
藍沢氏の問いに、わたしと川島君はかわるがわる答える。彼はうなずいて言った。
「じゃあ、まだわからないだろな」
「え? なにがです?」
「恋愛にも起承転結があるってことが」
「起承転結?」
「あなたたちはまだ『起』の段階だろうけど、様々なできごとを経て、承から転…
つまり、『ターニング・ポイント』を迎えるんですよ、いつかは」
「ターニング・ポイント?」
「陽から陰に変わる。『坂を転げ落ちていく』ってことですよ」
「…」
「それに気づいたときは、もう遅い。
いったん陰に変わってしまうと、もう簡単には元に戻らない。
どんなにあがいても取り戻せないし、取り戻せないからよけいに執着してしまって、まるで取り憑かれたみたいに、愚かなことばかりしてしまうんです。
目の前にあるのは絶望ばかり。
それから逃れるために、ふつうの判断能力すらなくなってしまう。
心もからだも、暴走してしまう。
よく新聞を賑わす、失恋した相手を殺して自分も自殺するような人間を、ぼくは笑えませんね」
「…」
「あ、ごめんなさい。これは一般論で、必ずしもあなたたちに当てはまるってわけじゃない。
だけど気をつけた方がいい。
想いが真剣な分、恋愛の末期は恐ろしいですよ。
ぼくとみっこが辿った道を、あなたたちには歩いてほしくないな」
最後にそう言ったきり、藍沢氏は黙り込んで想いに耽るようにうつむきながら、グラスを傾けるだけだった。
わたしも黙っていた。
『ターニング・ポイント』の話は、やっぱりショックだった。
『川島君との別れ』なんて、想像したこともなかったし、したくもなかった。
ふたりの仲は永遠に続くものだと、信じていた。
だけど、それはただの錯覚。
幻想でしかないの?
わたしたちにもいつか、別れのときが来るの?
さっきまでの藍沢氏とみっこのやりとりのなかに、自分と川島君の未来を重ねてしまう。
どんなに愛していても、思い通りにならないことがあるの?
そして、『ぼくとみっこが辿った道を、あなたたちには歩いてほしくない』という藍沢氏の言葉が、わたしたちの未来を暗示しているようで、怖かった。
ふと、気がつくと、フロアに流れる曲は、ゆるいバラードになっている。
古いシネマの名曲、『カサブランカ』のやるせないメロディが、インクが広がるように、じんわりと心の隅々にまで滲んでいった。
フロアに視線を移すと、人はみな頬を寄せあい、抱き合いながら、わずかにリズムをとっている。
だけど、どんなにきつく抱きあってみても、恋人同士の間には、深くて暗い溝がある。
人間なんてしょせん、ひとりで生まれて、ひとりで死ぬ存在。
だれだって、最後はいつもひとり。
恋愛なんて、そんな辛い現実を忘れさせるための、ひとときの夢にすぎないの?
友情も親友も、ただの幸せな錯覚でしかないの?
「弥生さん。悪いがみっこを… 見てきてくれないか?」
ポツリとひとこと、藍沢氏が言った。
「はい!」
淋しい想いの連鎖を断ち切るように、わたしは明るく応え、席を立った。
つづく
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