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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 14
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「確かにそうですね。
あの日、こんな形でぼくたちのつきあいが終わるとは、思ってもいなかった。
去年の12月7日はちょうど、みっこが受験する大学の入学願書を取りに、福岡へ行った日なんですよ」
「願書を取りに? わざわざ東京からですか?」
驚いたわたしに、藍沢さんもなかばあきれた調子で応えた。
「そうでしょう? 願書なんて郵便で取り寄せられるのに、みっこは『キャンパスの雰囲気も見たいし、大学に直接取りに行く』と言って、きかなかった。
今考えると、それは単なる口実で、誕生日にぼくと会うのを避けていたのかもしれません。
それでぼくも有給をとって、会社を休んで、いっしょにみっこと福岡に来ました。
大学で用事をすませたあと、レストランで食事をして、みっこが『踊りたい』って言い出したから、このディスコに来たんですよ」
「そうだったんですね」
「みっこが福岡の大学に行くのは、ぼくは反対だった。彼女のご両親も大反対していた。みんな、みっこにはモデルの仕事を、もっと頑張ってほしかったんです。
だから、彼女の大学受験も、ぼくは全然応援してやる気になれなかったし、当のみっこも勉強熱心ではなかった。
遠距離恋愛にも、自信がなかった。
それまで進学や仕事のことをめぐって、ふたりの仲がゴタゴタすることが多かったから、もし遠恋なんかになったら、もう修復はできないだろうと感じて、会社に転勤願いを出して、福岡の支店に勤められるようにしてもらったんです」
「わざわざ東京から、彼女を追いかけてきたんですか」
「藍沢さんは、本当にみっこのことが好きだったんですね」
川島君とわたしが代わる代わる言う。
『当然』といった表情で笑い、藍沢氏は手元のグラスを揺らした。
「彼女以上の女性には今まで出会えなかったし、これからも出会える気がしない。
みっこは、ぼくのすべてだったんですよ。
『ふたりの仲はもう長くないかもしれない』という予感は、あの頃もあったけど、彼女のことをいちばん理解しているのはこのぼくだから、なんとか修復できると確信していた。
だから去年の誕生日は、彼女へプレゼントを渡して、今日くらいはけんかをせずに楽しく過ごそうと思っていた。そんなときにみっこから突然、別れ話を切り出されたんです。いちばん手ひどい形で、裏切られることになったんですよ。
そのときは、今日みたいな言い合いどころじゃない、それこそお互いに罵詈雑言を出し尽くして、けんかしました。ただ、相手を傷つけたいために、考えつく限りの悪口は、すべて言いましたよ」
「藍沢さんはみっこが好きなんでしょう? なのにどうして、そんなひどいことができるんですか?」
問い詰めるように、わたしは藍沢氏に訊いた。
「多分、確認したかったんです」
「確認?」
「相手の言葉に傷つくということは、愛しているという証拠でしょ。だからぼくたちはきっと、相手が自分を、より愛しているということを、知りたかったのでしょうね」
「そんな確認のやり方って、おかしいんじゃないですか?」
わたしが反論すると、藍沢氏は少し考えて、言った。
「じゃあ、お互いが自分を守りたかったってことかな? 相手が少しも傷つかない別れほど、辛いものはないですからね。
自分が血を流すのと同じくらいの血を、相手にも求めたということでしょう」
「そんなことをせず、もっと、次に会ったときに懐かしい友だちでいられるような、そんな綺麗な別れ方はできなかったんですか?」
もどかしそうに、川島君も藍沢氏を責める。しばらくの間、彼は言葉を探している様子だったが、おもむろにわたしたちに訊いてきた。
つづく
あの日、こんな形でぼくたちのつきあいが終わるとは、思ってもいなかった。
去年の12月7日はちょうど、みっこが受験する大学の入学願書を取りに、福岡へ行った日なんですよ」
「願書を取りに? わざわざ東京からですか?」
驚いたわたしに、藍沢さんもなかばあきれた調子で応えた。
「そうでしょう? 願書なんて郵便で取り寄せられるのに、みっこは『キャンパスの雰囲気も見たいし、大学に直接取りに行く』と言って、きかなかった。
今考えると、それは単なる口実で、誕生日にぼくと会うのを避けていたのかもしれません。
それでぼくも有給をとって、会社を休んで、いっしょにみっこと福岡に来ました。
大学で用事をすませたあと、レストランで食事をして、みっこが『踊りたい』って言い出したから、このディスコに来たんですよ」
「そうだったんですね」
「みっこが福岡の大学に行くのは、ぼくは反対だった。彼女のご両親も大反対していた。みんな、みっこにはモデルの仕事を、もっと頑張ってほしかったんです。
だから、彼女の大学受験も、ぼくは全然応援してやる気になれなかったし、当のみっこも勉強熱心ではなかった。
遠距離恋愛にも、自信がなかった。
それまで進学や仕事のことをめぐって、ふたりの仲がゴタゴタすることが多かったから、もし遠恋なんかになったら、もう修復はできないだろうと感じて、会社に転勤願いを出して、福岡の支店に勤められるようにしてもらったんです」
「わざわざ東京から、彼女を追いかけてきたんですか」
「藍沢さんは、本当にみっこのことが好きだったんですね」
川島君とわたしが代わる代わる言う。
『当然』といった表情で笑い、藍沢氏は手元のグラスを揺らした。
「彼女以上の女性には今まで出会えなかったし、これからも出会える気がしない。
みっこは、ぼくのすべてだったんですよ。
『ふたりの仲はもう長くないかもしれない』という予感は、あの頃もあったけど、彼女のことをいちばん理解しているのはこのぼくだから、なんとか修復できると確信していた。
だから去年の誕生日は、彼女へプレゼントを渡して、今日くらいはけんかをせずに楽しく過ごそうと思っていた。そんなときにみっこから突然、別れ話を切り出されたんです。いちばん手ひどい形で、裏切られることになったんですよ。
そのときは、今日みたいな言い合いどころじゃない、それこそお互いに罵詈雑言を出し尽くして、けんかしました。ただ、相手を傷つけたいために、考えつく限りの悪口は、すべて言いましたよ」
「藍沢さんはみっこが好きなんでしょう? なのにどうして、そんなひどいことができるんですか?」
問い詰めるように、わたしは藍沢氏に訊いた。
「多分、確認したかったんです」
「確認?」
「相手の言葉に傷つくということは、愛しているという証拠でしょ。だからぼくたちはきっと、相手が自分を、より愛しているということを、知りたかったのでしょうね」
「そんな確認のやり方って、おかしいんじゃないですか?」
わたしが反論すると、藍沢氏は少し考えて、言った。
「じゃあ、お互いが自分を守りたかったってことかな? 相手が少しも傷つかない別れほど、辛いものはないですからね。
自分が血を流すのと同じくらいの血を、相手にも求めたということでしょう」
「そんなことをせず、もっと、次に会ったときに懐かしい友だちでいられるような、そんな綺麗な別れ方はできなかったんですか?」
もどかしそうに、川島君も藍沢氏を責める。しばらくの間、彼は言葉を探している様子だったが、おもむろにわたしたちに訊いてきた。
つづく
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