98 / 300
09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 13
しおりを挟む
「藍沢さんよ。俺、今すっごくムカついてるんだ。あんたを殴り倒してしまいたいくらいにな」
最初に口を開いたのは、芳賀さんだった。
「俺はみっこのことを愛している。でもあいつは俺のことなんか、なんとも思ってやしない。
俺がどんなに熱烈に告っても、ただの友だち以上の返事はもらえなかった。
俺にとってあいつは、手に入れられない高嶺の花なんだ。だから今日、あいつからここに誘われたときは、本当に嬉しかった。あんたが現れるまではな」
「芳賀さん…」
ゆっくりと席を立って、ブルゾンの袖に手を通す芳賀さんを見上げ、藍沢氏はポツリとつぶやく。
そんな彼を、怒りと嫉妬の入り交じったような視線で見下ろし、芳賀さんは言った。
「大事にしてやれないんなら、これ以上あいつに近づくんじゃねぇぜ」
「…」
「でも口惜しいが、あいつはまだ、おまえが好きらしい。俺の愛の言葉より、あんたのクソ意地の悪い言葉の方が、あいつには効くもんな」
「…」
「俺の人生の中で、最悪のキスだったぜ」
芳賀さんの言葉を、藍沢氏は黙って聞いている。
「芳賀さん、どこに行くんですか?」
ブルゾンのファスナーを閉め、背中を向けて歩き出した芳賀さんに、わたしは訊いた。
「悪りぃ。俺、かなり落ち込んじまった。今夜はもう帰って寝るわ。じゃあな」
振り向きもせず、右手を軽く上げて、芳賀さんは踊りの群衆の向こうに消えていった。
「芳賀さんの気持ちもわかるな」
肩を落として去っていく芳賀さんを目で追いながら、川島君がつぶやいた。
「彼って結局、好きな人からアテ馬にされただけだろ? それは傷つくよ。森田さんも罪なことしたな」
「そうね…」
その言葉に同意しながら、わたしは別のことを考えていた。
じゃあ、みっこはどうして今夜、『ダブルデート』なんて言い出したんだろ?
ここは『思い出の場所』だって、藍沢氏は言っていた。
今夜、その思い出の「Moulin Rouge」に来ることに、みっことってなにか大切な意味があったの?
そう言えば…
みっこは、ディスコへ行く日にちを決めたとき、
『じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ』と言っていた。
それは「金曜日の夜は騒げるから12月7日がいい」わけじゃなく、「12月7日がたまたま金曜日だった」ってニュアンス。
12月7日のみっこの誕生日。
そして、「Moulin Rouge」。
それにどんな意味があるの?
その時、みっこにぶっ叩かれて以来、すっかり元気をなくしていた藍沢氏が、「ふう」と大きくため息をついた。
「悪かったね。こんな恥ずかしいところを見せてしまって」
「い… いえ」
「七つも年下の子なのに、彼女に対すると、つい、ムキになってしまう。まったくおとなげないな」
「ついムキになるほど、好きなんですね」
慰めとも質問ともつかないことを言いながら、川島君が藍沢氏にグラスを勧めた。
「別れて1年経ったけど、ぼくたちはまだ相手のことを、より、傷つけたがっているんです」
グラスを煽って、藍沢氏はつぶやく。
「芳賀さんの言うとおり、わたし、みっこはまだ藍沢さんのこと、好きなんだと思います。だったらどうしてお互い、傷つけようとするんですか?」
「好きだからこそ、相手のことを傷つけたいんですよ」
「そんなのおかしいです。『好き』って気持ちは、相手を大切にするってことじゃないですか?」
「人の気持ちは、そんな教科書どおりじゃないですよ」
お気に入りの『マンハッタン』を揺らしながら、藍沢氏は続けた。
「ぼくたちはね。ちょうど一年前の今日、まさにみっこの誕生日に、ここで別れたんですよ」
やっぱりそうなんだ。
みっこは今夜、一年前に別れた藍沢氏のことを想って、ディスコに来た。
だけど、『気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ』というみっこの言葉から、その『想い』が「未練」や「後悔」に近いものだっていうのは、なんとなく想像できる。
「どうして別れることになったんですか? よりによって、みっこの誕生日になんて」
なんだかやるせなくて、口調もきつくなってしまう。
テーブルに肘をつき、両手を組んで額に当てた藍沢氏は、一年前を思い出すように軽く目を閉じ、おもむろに話しはじめた。
つづく
最初に口を開いたのは、芳賀さんだった。
「俺はみっこのことを愛している。でもあいつは俺のことなんか、なんとも思ってやしない。
俺がどんなに熱烈に告っても、ただの友だち以上の返事はもらえなかった。
俺にとってあいつは、手に入れられない高嶺の花なんだ。だから今日、あいつからここに誘われたときは、本当に嬉しかった。あんたが現れるまではな」
「芳賀さん…」
ゆっくりと席を立って、ブルゾンの袖に手を通す芳賀さんを見上げ、藍沢氏はポツリとつぶやく。
そんな彼を、怒りと嫉妬の入り交じったような視線で見下ろし、芳賀さんは言った。
「大事にしてやれないんなら、これ以上あいつに近づくんじゃねぇぜ」
「…」
「でも口惜しいが、あいつはまだ、おまえが好きらしい。俺の愛の言葉より、あんたのクソ意地の悪い言葉の方が、あいつには効くもんな」
「…」
「俺の人生の中で、最悪のキスだったぜ」
芳賀さんの言葉を、藍沢氏は黙って聞いている。
「芳賀さん、どこに行くんですか?」
ブルゾンのファスナーを閉め、背中を向けて歩き出した芳賀さんに、わたしは訊いた。
「悪りぃ。俺、かなり落ち込んじまった。今夜はもう帰って寝るわ。じゃあな」
振り向きもせず、右手を軽く上げて、芳賀さんは踊りの群衆の向こうに消えていった。
「芳賀さんの気持ちもわかるな」
肩を落として去っていく芳賀さんを目で追いながら、川島君がつぶやいた。
「彼って結局、好きな人からアテ馬にされただけだろ? それは傷つくよ。森田さんも罪なことしたな」
「そうね…」
その言葉に同意しながら、わたしは別のことを考えていた。
じゃあ、みっこはどうして今夜、『ダブルデート』なんて言い出したんだろ?
ここは『思い出の場所』だって、藍沢氏は言っていた。
今夜、その思い出の「Moulin Rouge」に来ることに、みっことってなにか大切な意味があったの?
そう言えば…
みっこは、ディスコへ行く日にちを決めたとき、
『じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ』と言っていた。
それは「金曜日の夜は騒げるから12月7日がいい」わけじゃなく、「12月7日がたまたま金曜日だった」ってニュアンス。
12月7日のみっこの誕生日。
そして、「Moulin Rouge」。
それにどんな意味があるの?
その時、みっこにぶっ叩かれて以来、すっかり元気をなくしていた藍沢氏が、「ふう」と大きくため息をついた。
「悪かったね。こんな恥ずかしいところを見せてしまって」
「い… いえ」
「七つも年下の子なのに、彼女に対すると、つい、ムキになってしまう。まったくおとなげないな」
「ついムキになるほど、好きなんですね」
慰めとも質問ともつかないことを言いながら、川島君が藍沢氏にグラスを勧めた。
「別れて1年経ったけど、ぼくたちはまだ相手のことを、より、傷つけたがっているんです」
グラスを煽って、藍沢氏はつぶやく。
「芳賀さんの言うとおり、わたし、みっこはまだ藍沢さんのこと、好きなんだと思います。だったらどうしてお互い、傷つけようとするんですか?」
「好きだからこそ、相手のことを傷つけたいんですよ」
「そんなのおかしいです。『好き』って気持ちは、相手を大切にするってことじゃないですか?」
「人の気持ちは、そんな教科書どおりじゃないですよ」
お気に入りの『マンハッタン』を揺らしながら、藍沢氏は続けた。
「ぼくたちはね。ちょうど一年前の今日、まさにみっこの誕生日に、ここで別れたんですよ」
やっぱりそうなんだ。
みっこは今夜、一年前に別れた藍沢氏のことを想って、ディスコに来た。
だけど、『気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ』というみっこの言葉から、その『想い』が「未練」や「後悔」に近いものだっていうのは、なんとなく想像できる。
「どうして別れることになったんですか? よりによって、みっこの誕生日になんて」
なんだかやるせなくて、口調もきつくなってしまう。
テーブルに肘をつき、両手を組んで額に当てた藍沢氏は、一年前を思い出すように軽く目を閉じ、おもむろに話しはじめた。
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)
在
ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹
退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走
行きたかったカフェへ
それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる