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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 12
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『したり』といった意地悪げな顔で、藍沢氏はみっこを見た。
「あれ? もう忘れたんじゃなかったのかい? みっこ」
「…」
なにも答えず、みっこはただ黙っている。
「…だろうな。芳賀くんのような、かっこいい彼氏を連れてくるくらいだ。ぼくのことなんか灰皿に捨ててしまっても、惜しくないわけだ」
「…」
「たった一年で昔のことはみんな忘れてしまうなんて、女なんて薄情なものだな」
「…」
追いつめられるように、眼差しが厳しくなっていくみっこ。
わたしはなにもしてやれない。ただハラハラ見守るしかなできないなんて…
「モデルをやめて、ご両親をさんざん落胆させて、ぼくのこともあっさり振って、こんな地方の大学に進学してまで掴んだ恋だから、たいそうご立派なものなんだろうな」
「…」
「彼の背中にも、爪を立てたかい?」
「…」
瞬間、みっこはピクリと反応し、両手をぎゅっと握りしめた。
「君はあの日。ぼくのことをあれほどけなして別れたんだ。そんな君がぼくより劣るような男と、付き合ったりするはず、ないよな」
その刹那。
沈黙を守っていたみっこは、まるで逆鱗に触れられた龍のように、怒りをあらわにし、両手でテーブルを“バンッ”と激しく叩いた。
きつく眉を寄せて、獣が威嚇するかのように、低く唸る。
「ええ。あなたのことなんて、とっくに忘れていたわ。
灰皿にタバコを捨てるより、惜しいとは思わなかったわ。
別れた次の瞬間から、昔のことはみんな忘れるほど、あたしは薄情な女よ。
芳賀くんはいい人だし、爪痕でも歯形でも、いくらでもつけてるわよ。
あたしはここに来て、ほんとに幸せになれたんだから。
あたしのこと愛してるなんて言ってて、モデルのあたししか見てくれないような、見栄っ張りでメンクイのあなたよりいい男なんて、世の中には掃いて捨てるほどいるわよ。
あなたと別れられてほんとによかった。あたし、今は幸せよ。
こう言えば、気がすむんでしょ」
けっして大声で怒鳴ったわけじゃない。でも、押し殺したようなその口調からは、みっこのふつうじゃない怒りが、じゅうぶんに伝わってきた。
「君はいつでも、口先ばかりだ」
鼻先でせせら笑うように藍沢氏が言ったとたん、みっこの瞳はカッと燃え上がった。
「じゃ、こうすればいいんでしょっ!」
あっ! と叫ぶ暇さえない。
次の瞬間、芳賀さんの首に腕を回したみっこは、わたしたち三人の見守る中、彼の唇に自分の唇をきつく重ねあわせた。
「みっこ!」
うっそぉ! 思わずわたしは絶句した。
とうとう、感情が勝手に突っ走りはじめた。まるで自暴自棄。
藍沢氏もその光景にあっけにとられて、キスするふたりを驚いて見つめるだけだった。
…10秒 …20秒。
長い時間がすぎて、ようやくみっこの唇が芳賀さんから離れた。
“バシッ”
しかし、次の一刹那、大きな衝撃音。頬を押さえる藍沢氏。
なにも言わないまま、唇をきゅっと結んでみっこは席を立ち、駆け込むようにドレッシングルームへ消えた。
すべてが不意を突かれたようなできごと。
残された四人はただ、みっこの消えた行先を、目で追うだけだった。
沈黙が、ふたたび訪れた。
つづく
「あれ? もう忘れたんじゃなかったのかい? みっこ」
「…」
なにも答えず、みっこはただ黙っている。
「…だろうな。芳賀くんのような、かっこいい彼氏を連れてくるくらいだ。ぼくのことなんか灰皿に捨ててしまっても、惜しくないわけだ」
「…」
「たった一年で昔のことはみんな忘れてしまうなんて、女なんて薄情なものだな」
「…」
追いつめられるように、眼差しが厳しくなっていくみっこ。
わたしはなにもしてやれない。ただハラハラ見守るしかなできないなんて…
「モデルをやめて、ご両親をさんざん落胆させて、ぼくのこともあっさり振って、こんな地方の大学に進学してまで掴んだ恋だから、たいそうご立派なものなんだろうな」
「…」
「彼の背中にも、爪を立てたかい?」
「…」
瞬間、みっこはピクリと反応し、両手をぎゅっと握りしめた。
「君はあの日。ぼくのことをあれほどけなして別れたんだ。そんな君がぼくより劣るような男と、付き合ったりするはず、ないよな」
その刹那。
沈黙を守っていたみっこは、まるで逆鱗に触れられた龍のように、怒りをあらわにし、両手でテーブルを“バンッ”と激しく叩いた。
きつく眉を寄せて、獣が威嚇するかのように、低く唸る。
「ええ。あなたのことなんて、とっくに忘れていたわ。
灰皿にタバコを捨てるより、惜しいとは思わなかったわ。
別れた次の瞬間から、昔のことはみんな忘れるほど、あたしは薄情な女よ。
芳賀くんはいい人だし、爪痕でも歯形でも、いくらでもつけてるわよ。
あたしはここに来て、ほんとに幸せになれたんだから。
あたしのこと愛してるなんて言ってて、モデルのあたししか見てくれないような、見栄っ張りでメンクイのあなたよりいい男なんて、世の中には掃いて捨てるほどいるわよ。
あなたと別れられてほんとによかった。あたし、今は幸せよ。
こう言えば、気がすむんでしょ」
けっして大声で怒鳴ったわけじゃない。でも、押し殺したようなその口調からは、みっこのふつうじゃない怒りが、じゅうぶんに伝わってきた。
「君はいつでも、口先ばかりだ」
鼻先でせせら笑うように藍沢氏が言ったとたん、みっこの瞳はカッと燃え上がった。
「じゃ、こうすればいいんでしょっ!」
あっ! と叫ぶ暇さえない。
次の瞬間、芳賀さんの首に腕を回したみっこは、わたしたち三人の見守る中、彼の唇に自分の唇をきつく重ねあわせた。
「みっこ!」
うっそぉ! 思わずわたしは絶句した。
とうとう、感情が勝手に突っ走りはじめた。まるで自暴自棄。
藍沢氏もその光景にあっけにとられて、キスするふたりを驚いて見つめるだけだった。
…10秒 …20秒。
長い時間がすぎて、ようやくみっこの唇が芳賀さんから離れた。
“バシッ”
しかし、次の一刹那、大きな衝撃音。頬を押さえる藍沢氏。
なにも言わないまま、唇をきゅっと結んでみっこは席を立ち、駆け込むようにドレッシングルームへ消えた。
すべてが不意を突かれたようなできごと。
残された四人はただ、みっこの消えた行先を、目で追うだけだった。
沈黙が、ふたたび訪れた。
つづく
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