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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 9
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今はみんな沈黙している。
激しいディスコ・ミュージックの旋律も、レーザーのイリュミネーションも、ステージの喧噪も、森田美湖のまわりには感じられない。
わたしたちみんなの視線を背負いながら、みっこはゆっくりかがんでポーチを拾った。
「お久し振りです。あなたこそお元気そうで、なによりです」
相手の顔も見ずに、みっこはやけに慇懃に答えた。
がしかし、『彼』はそんなみっこの気持ちなんて、すっかり見透かしている様子。
「どういたしまして。
しばらくお会いしない間に、君の方こそまた一段とお嬢様っぷりに磨きをかけられ、なによりですよ。
ぼくは今春から福岡に転勤になってね。週末は気晴らしにここに来ることがあるんだ。君もぼくに会いたいときは来るといいよ。まあ、ここは『思い出の場所』だしね」
「…」
『彼』の台詞なんて耳に入らないといった様子で、みっこはパンパンとポーチの埃を払う。
いったいこの人はだれ?
親しげな口のきき方といい、みっこの普通じゃない驚き方といい。
まさか…
『元恋人』とか?
直感的に、そんな気がする。
背中を『彼』に向けて、視線を床に落としたまま、みっこはぶしつけに訊いた。
「どうせ、女連れでしょ」
「それはそうだ。ディスコなんて、恋人と来るのがいちばん楽しいからね」
「…」
「君はどうなんだ? あれからちょうど一年だし、新しい彼氏もできたかい?」
「…」
「なんてったって、君は『スーパーモデル』だから、モテて当然だろ」
からかうようにそう言った彼を、みっこは振り返って厳しく睨むと、挑むような口調で言った。
「あなたの彼女。当然あたしより綺麗なんでしょ!」
わあ。
すごいイヤミな言い方。
みっこの皮肉や毒舌もいろいろ聞いてきたけど、こんなに露骨で挑戦的なのははじめて。
だけど『彼』は、そんなみっこの挑発も涼しい顔で、受け流すように応える。
「そういうのは、『負け犬の遠吠え』って言うんだよ」
「なんですって」
「君より綺麗かどうかは、自分で判断すればいいさ。さあおいで、紹介するよ」
「けっこうよ! そんなもの、見たくもないわっ!」
二の腕を掴んだ彼の手を思いっきり払いのけて、みっこは声を荒げた。
みっこの顔は、まるで幾重にも重ねられたガラスを通して見るように、蒼ざめている。
こんなに緊張したみっこは、今まで見たこともない。
「あ、あの… みっこ」
「え…? ああ…」
わたしの呼びかけに『救われた』というように、ほっとため息をついたみっこは、気を取り直して、わたしたちに『彼』を紹介してくれた。
「この人、藍沢直樹さん。あたしの… 古い友だちなの」
「はっきり言ってもかまわないだろ。『元恋人』だって」
藍沢直樹氏はそう言って、意地悪くみっこに微笑みかけた。
やっぱり。
思ったとおりだったんだ。
「…藍沢さん。彼女はあたしの友だちで、弥生さつきさん」
「へぇ。みっこに友達ねぇ。よろしく」
一瞬意外そうな顔をした藍沢氏だったが、すぐに素敵な微笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。
そんな彼を横目で見ながら、みっこはわたしに耳打ちする。
「気をつけてさつき。この人かなりの遊び人だから」
「みっこ程じゃないですけどね」
握手した藍沢氏は、にっこりと微笑んだ。
みっこの皮肉にまったく動じることのない,不敵な笑顔。
さすがのみっこも、藍沢氏には敵わないという感じ。
そうやって川島君や芳賀さんとも挨拶を終えた藍沢氏は、そのままわたしたちのボックスのソファに腰をおろして、みんなと話をはじめてしまった。
つづく
激しいディスコ・ミュージックの旋律も、レーザーのイリュミネーションも、ステージの喧噪も、森田美湖のまわりには感じられない。
わたしたちみんなの視線を背負いながら、みっこはゆっくりかがんでポーチを拾った。
「お久し振りです。あなたこそお元気そうで、なによりです」
相手の顔も見ずに、みっこはやけに慇懃に答えた。
がしかし、『彼』はそんなみっこの気持ちなんて、すっかり見透かしている様子。
「どういたしまして。
しばらくお会いしない間に、君の方こそまた一段とお嬢様っぷりに磨きをかけられ、なによりですよ。
ぼくは今春から福岡に転勤になってね。週末は気晴らしにここに来ることがあるんだ。君もぼくに会いたいときは来るといいよ。まあ、ここは『思い出の場所』だしね」
「…」
『彼』の台詞なんて耳に入らないといった様子で、みっこはパンパンとポーチの埃を払う。
いったいこの人はだれ?
親しげな口のきき方といい、みっこの普通じゃない驚き方といい。
まさか…
『元恋人』とか?
直感的に、そんな気がする。
背中を『彼』に向けて、視線を床に落としたまま、みっこはぶしつけに訊いた。
「どうせ、女連れでしょ」
「それはそうだ。ディスコなんて、恋人と来るのがいちばん楽しいからね」
「…」
「君はどうなんだ? あれからちょうど一年だし、新しい彼氏もできたかい?」
「…」
「なんてったって、君は『スーパーモデル』だから、モテて当然だろ」
からかうようにそう言った彼を、みっこは振り返って厳しく睨むと、挑むような口調で言った。
「あなたの彼女。当然あたしより綺麗なんでしょ!」
わあ。
すごいイヤミな言い方。
みっこの皮肉や毒舌もいろいろ聞いてきたけど、こんなに露骨で挑戦的なのははじめて。
だけど『彼』は、そんなみっこの挑発も涼しい顔で、受け流すように応える。
「そういうのは、『負け犬の遠吠え』って言うんだよ」
「なんですって」
「君より綺麗かどうかは、自分で判断すればいいさ。さあおいで、紹介するよ」
「けっこうよ! そんなもの、見たくもないわっ!」
二の腕を掴んだ彼の手を思いっきり払いのけて、みっこは声を荒げた。
みっこの顔は、まるで幾重にも重ねられたガラスを通して見るように、蒼ざめている。
こんなに緊張したみっこは、今まで見たこともない。
「あ、あの… みっこ」
「え…? ああ…」
わたしの呼びかけに『救われた』というように、ほっとため息をついたみっこは、気を取り直して、わたしたちに『彼』を紹介してくれた。
「この人、藍沢直樹さん。あたしの… 古い友だちなの」
「はっきり言ってもかまわないだろ。『元恋人』だって」
藍沢直樹氏はそう言って、意地悪くみっこに微笑みかけた。
やっぱり。
思ったとおりだったんだ。
「…藍沢さん。彼女はあたしの友だちで、弥生さつきさん」
「へぇ。みっこに友達ねぇ。よろしく」
一瞬意外そうな顔をした藍沢氏だったが、すぐに素敵な微笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。
そんな彼を横目で見ながら、みっこはわたしに耳打ちする。
「気をつけてさつき。この人かなりの遊び人だから」
「みっこ程じゃないですけどね」
握手した藍沢氏は、にっこりと微笑んだ。
みっこの皮肉にまったく動じることのない,不敵な笑顔。
さすがのみっこも、藍沢氏には敵わないという感じ。
そうやって川島君や芳賀さんとも挨拶を終えた藍沢氏は、そのままわたしたちのボックスのソファに腰をおろして、みんなと話をはじめてしまった。
つづく
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