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08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 11
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そして撮影当日。
由貴さんが心に描いていたような晩秋の綺麗な光が、旧校舎の埃をかぶった教室に溢れ、その中に、わずかに生成りがかった白いドレスを纏ったみっこが、ほんわりとたたずんでいた。長いチュールのトレーンを軽々となびかせて、光の中を舞う。
絹のようにつややかなストレートヘアが、軽やかな動きに合わせて、サラサラと流れる。
光を完璧に計算して、みっこはいちばんドレスの映える場所に立つ。高い窓から入ってくる光で、髪に綺麗なエンジェルリングを作りながら、ドレスの裾をつまんで、わずかに会釈する。
それはまるで、わたしの書いた小説のタイトルじゃないけど、『講義室の王女』のように、優雅で美しい光景だった。
由貴さんはそんなみっこを、『取材用に買った』という一眼レフカメラで、夢中で撮っていた。
被服科のミキちゃんは、はしごレースのリボンを巻いたブーケや髪飾りなどを、手作りして持ってきてくれて、ドレスやみっこを飾ってくれたし、ナオミもヘアメイクを手伝ったり、レフ板を当てたりと、撮影のアシストを懸命にやってくれた。
そんな光景を見ていて、わたしは先日の、西田教授の研究室でのできごとを思い出した。
そりゃ、わたしたちはまだまだ子どもで、人生経験も少ないし、考えも甘いし、あの講師の言うように、社会に対する『文化的貢献』なんて、なんにもできないかもしれない。
だけど、みんなそれぞれ、なにかを求めて、追いかけて。自分の打ち込めるものを探してるんだ。
『女子大生』って肩書きは、長い人生のほんの一瞬でしかない。
その一瞬の間に運よく、一生かけて自分の求めるものが見つかればいいけど、もし見つからなくても、まだまだ先は長いし、なにも悲観することはないわよね。
「さつき、なに考えているの?」
撮影が終わって、ファミレスで打ち上げをして、みんなと別れたあとの帰り道、とりとめもなくそんなことを考えていたわたしに、みっこは訊ねた。
「うん。こないだの西田教授の研究室でのこと」
そう言って、わたしはあのときの西田教授や講師の方との会話を、みっこに話した。
「今の女子大生を見てて、みっこはどう思う?」
軽く腕組みしながら、彼女は少し考えて答えた。
「ん~… なんか、もったいない」
「もったいない?」
「女子大生でいられるのって、そんなに長い時間じゃないでしょ。なのに、目先の楽しい誘惑にばっかりとらわれちゃって、なにか大事なことを忘れてる気がするのよ。忘れたまま、漠然と毎日を過ごしてる気がして、なんか焦っちゃう。まあ、それは自分のことなんだけどね」
「そうよね~。その『大事なことを忘れてる』って感覚。なんとなくわたしにもあるなぁ。でも、なにを忘れているのかは全然わからないんだけど」
「まあ、熱中するなにかが見つかれば、そんな感覚もなくなるかもしれないけど…」
そう言いながら、みっこはなにかを思いついたように、ぱっと瞳を輝かせた。
「ねえ、さつき。今度ディスコに行かない!?」
「ディスコ? いきなりなんなの? その会話の流れ」
「こないだの学園祭のダンパじゃ、全然踊れなかったし。あたしはきっと踊りに飢えてるの」
「フォークダンス踊ったじゃない?」
「違うわよ。もっと、こう… 自分のぜんぶを出し切る感じで…」
「みっこ、踊るの好きって言ってたもんね」
「そうなの。自分のからだでなにかを表現するのって、大好き!」
そう言ってみっこは両手を広げ、クルクルとまわった。真っ赤なハーフコートがふわりと舞い上がり、プリーツのミニスカートがひらめく。
「さつきは行ったことある? ディスコ」
「な… ないわよぉ」
「じゃあ、行ってみようよ。西田教授の言うような『今どきの女子大生』ってのも見られて、いろいろ参考になるかもよ。知らない世界を見ておくのも、小説家の勉強よ!」
「え~? まあ、そうかもしれないけど…」
ディスコってものの存在は、テレビとかで見るメディアの映像でしか知らない。
ワンレングスの髪型にした綺麗なお姉さまたちが、お立ち台の上で、パンツが見えそうなくらいピッチリした超ミニのボディコンを着て、ファーのついた扇子を持って踊り狂ってるイメージ。
それはもしかして例の講師が言うように、マスコミがそういう、『特別な女子大生』だけを『スポイル』してる映像なのかもしれない。
だったらみっこの言うとおり、この目で実際のディスコを見ておくのは、悪いことじゃないかも。
「そうねぇ。行ってみてもいいかな」
「やったね。じゃあ…」
頭の中でスケジュール整理するように、みっこはそこで言葉を区切り、続けて言った。
「12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ」
「12月7日? うん。いいよ」
「川島君も誘ってみたら?」
「川島君も?」
「そ。せっかくディスコに行くのなら、やっぱりペアで行きたいじゃない」
「ペアで?」
「ダブルデートよ」
「ダブルデート!?」
思わず聞き返す。みっこ、いつの間に彼氏なんてできたの?
「み、みっこ、恋人できたの? まさか、上村君?」
「まあ、それはいいじゃない。その夜までのお楽しみ」
「…」
「じゃあ、7日の夜7時に、駅の西口で待ち合わせね。OK?」
「う… うん」
「あたし、すっごいカッコしてくるからね。さつきもおしゃれしてきてね」
「えっ! すっごいって…」
「じゃあ、今日はここで。おやすみなさい」
「お、おやすみ」
わたしに質問を与えるすきも見せず,みっこはさくさくと段取りを整えると、ハーフコートをひるがえして、街の雑踏の中にまぎれていった。
END
4th Apr, 2011 初稿
4th Jun. 2017 改稿
12th Oug. 2017 改稿
12th Jan. 2020 改稿
由貴さんが心に描いていたような晩秋の綺麗な光が、旧校舎の埃をかぶった教室に溢れ、その中に、わずかに生成りがかった白いドレスを纏ったみっこが、ほんわりとたたずんでいた。長いチュールのトレーンを軽々となびかせて、光の中を舞う。
絹のようにつややかなストレートヘアが、軽やかな動きに合わせて、サラサラと流れる。
光を完璧に計算して、みっこはいちばんドレスの映える場所に立つ。高い窓から入ってくる光で、髪に綺麗なエンジェルリングを作りながら、ドレスの裾をつまんで、わずかに会釈する。
それはまるで、わたしの書いた小説のタイトルじゃないけど、『講義室の王女』のように、優雅で美しい光景だった。
由貴さんはそんなみっこを、『取材用に買った』という一眼レフカメラで、夢中で撮っていた。
被服科のミキちゃんは、はしごレースのリボンを巻いたブーケや髪飾りなどを、手作りして持ってきてくれて、ドレスやみっこを飾ってくれたし、ナオミもヘアメイクを手伝ったり、レフ板を当てたりと、撮影のアシストを懸命にやってくれた。
そんな光景を見ていて、わたしは先日の、西田教授の研究室でのできごとを思い出した。
そりゃ、わたしたちはまだまだ子どもで、人生経験も少ないし、考えも甘いし、あの講師の言うように、社会に対する『文化的貢献』なんて、なんにもできないかもしれない。
だけど、みんなそれぞれ、なにかを求めて、追いかけて。自分の打ち込めるものを探してるんだ。
『女子大生』って肩書きは、長い人生のほんの一瞬でしかない。
その一瞬の間に運よく、一生かけて自分の求めるものが見つかればいいけど、もし見つからなくても、まだまだ先は長いし、なにも悲観することはないわよね。
「さつき、なに考えているの?」
撮影が終わって、ファミレスで打ち上げをして、みんなと別れたあとの帰り道、とりとめもなくそんなことを考えていたわたしに、みっこは訊ねた。
「うん。こないだの西田教授の研究室でのこと」
そう言って、わたしはあのときの西田教授や講師の方との会話を、みっこに話した。
「今の女子大生を見てて、みっこはどう思う?」
軽く腕組みしながら、彼女は少し考えて答えた。
「ん~… なんか、もったいない」
「もったいない?」
「女子大生でいられるのって、そんなに長い時間じゃないでしょ。なのに、目先の楽しい誘惑にばっかりとらわれちゃって、なにか大事なことを忘れてる気がするのよ。忘れたまま、漠然と毎日を過ごしてる気がして、なんか焦っちゃう。まあ、それは自分のことなんだけどね」
「そうよね~。その『大事なことを忘れてる』って感覚。なんとなくわたしにもあるなぁ。でも、なにを忘れているのかは全然わからないんだけど」
「まあ、熱中するなにかが見つかれば、そんな感覚もなくなるかもしれないけど…」
そう言いながら、みっこはなにかを思いついたように、ぱっと瞳を輝かせた。
「ねえ、さつき。今度ディスコに行かない!?」
「ディスコ? いきなりなんなの? その会話の流れ」
「こないだの学園祭のダンパじゃ、全然踊れなかったし。あたしはきっと踊りに飢えてるの」
「フォークダンス踊ったじゃない?」
「違うわよ。もっと、こう… 自分のぜんぶを出し切る感じで…」
「みっこ、踊るの好きって言ってたもんね」
「そうなの。自分のからだでなにかを表現するのって、大好き!」
そう言ってみっこは両手を広げ、クルクルとまわった。真っ赤なハーフコートがふわりと舞い上がり、プリーツのミニスカートがひらめく。
「さつきは行ったことある? ディスコ」
「な… ないわよぉ」
「じゃあ、行ってみようよ。西田教授の言うような『今どきの女子大生』ってのも見られて、いろいろ参考になるかもよ。知らない世界を見ておくのも、小説家の勉強よ!」
「え~? まあ、そうかもしれないけど…」
ディスコってものの存在は、テレビとかで見るメディアの映像でしか知らない。
ワンレングスの髪型にした綺麗なお姉さまたちが、お立ち台の上で、パンツが見えそうなくらいピッチリした超ミニのボディコンを着て、ファーのついた扇子を持って踊り狂ってるイメージ。
それはもしかして例の講師が言うように、マスコミがそういう、『特別な女子大生』だけを『スポイル』してる映像なのかもしれない。
だったらみっこの言うとおり、この目で実際のディスコを見ておくのは、悪いことじゃないかも。
「そうねぇ。行ってみてもいいかな」
「やったね。じゃあ…」
頭の中でスケジュール整理するように、みっこはそこで言葉を区切り、続けて言った。
「12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ」
「12月7日? うん。いいよ」
「川島君も誘ってみたら?」
「川島君も?」
「そ。せっかくディスコに行くのなら、やっぱりペアで行きたいじゃない」
「ペアで?」
「ダブルデートよ」
「ダブルデート!?」
思わず聞き返す。みっこ、いつの間に彼氏なんてできたの?
「み、みっこ、恋人できたの? まさか、上村君?」
「まあ、それはいいじゃない。その夜までのお楽しみ」
「…」
「じゃあ、7日の夜7時に、駅の西口で待ち合わせね。OK?」
「う… うん」
「あたし、すっごいカッコしてくるからね。さつきもおしゃれしてきてね」
「えっ! すっごいって…」
「じゃあ、今日はここで。おやすみなさい」
「お、おやすみ」
わたしに質問を与えるすきも見せず,みっこはさくさくと段取りを整えると、ハーフコートをひるがえして、街の雑踏の中にまぎれていった。
END
4th Apr, 2011 初稿
4th Jun. 2017 改稿
12th Oug. 2017 改稿
12th Jan. 2020 改稿
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