84 / 300
08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 10
しおりを挟む
「どんな、イメージの絵なの?」
「ドレスを着てて…
講義室の、窓辺で、王女さまみたいに、佇んでいる感じで…」
ぽつぽつと、中原さんが話しはじめる。みっこは反復するように答える。
「ドレス… 王女さま…」
「長いチュールのトレーンのドレスなんです。真っ白で、たっぷりレースやフリルが使ってあって、いろんな白のグラデーションを織りなしてて、ため息が出るくらい綺麗なの」
「白のレースとフリル…」
「場所は、もう使われていない古ぼけた講義室、という感じで。
夕方のオレンジ色の光が高い窓から差し込んで、古い洋書やアンティークな瓶とかがたくさん散らばってて、深い陰影を刻んでて。
ほの暗い部屋の光の中で、ドレスを着た女の子が、ほんわりと教室に浮かび上がってて、髪にはエンジェルリングが輝いていて…」
「わあ。きれい!」
その光景を想像して、わたしは思わず口をはさんでしまう。
「ほんとに、あたしがモデルでいいの?」
念を押すように、みっこは中原さんに聞く。満面の笑みを浮かべて、彼女は頷く。
「ええ。ええ。森田さんがイメージにぴったりなんです!
ドレスはお古だけど、資料用に買ってたものがあるし、北側の蔦のからまった煉瓦づくりの旧校舎が、ちょうどいい感じなんです!
アンティークな小物もうちにあるし、そこで写真撮らせてもらって、それを元に絵を描かせてほしいんです!」
「由貴さんのイメージどおりできるかわからないけど、あたし、やってみる。さつきも手伝ってくれる?」
「え? わたしが?」
「由貴さんいいでしょ? さつきにメイクとか衣装の手伝いしてもらっても。撮影となれば、人手があった方がいいし」
「もちろん! 嬉しいです!」
「みっこ…」
それ以上は言えず、わたしは彼女をじっと見つめた。みっこもわたしを見て、かすかに微笑む。ほんのちょっとだけど、わたしはみっこが殻を破る手伝いをできたのかな?
「あの… お礼、どのくらいですか? 森田さん、プロのモデルだし…」
おずおずと切り出した由貴さんに、みっこは微笑んで返す。
「そんなのいいわ。あたしはただ、由貴さんの作品づくりに協力したいのよ。友だちとして。モデルもやめちゃってるしね」
「ほんとにですか?」
「あんな綺麗な絵のモデルにしてもらえるんだもの。あたしの方がお礼したいくらいよ」
「いえ… そんな。あ、ありがとう、森田さん」
「みっこでいいわよ」
「え~。いいなぁ~、みこちゃん。あたしも描いてほしいぃ~」
「わたしたちにもなにかお手伝いできることがあったら、言って下さい」
穏やかに流れ出した会話に、ナオミやミキちゃんも加わってきた。
結局、ナオミたちも撮影の手伝いをすることになり、みんなでスケジュールを決めたり、衣装や小物の打ち合わせをやって、傾いた西日がサンルームいっぱいに差し込んでくるまで、わたしたちはこのカフェテリアで話し込んでいた。
おおよその打ち合わせが終わったあと、みんなと別れて学校を出て、わたしはみっこと、校門から続く大通りのポプラ並木を歩いていた。
冷たい木枯らしが秋の終わりを告げるように、首筋をかすめていく。
真っ赤なハーフコートのポケットに手を入れて歩きながら、みっこはポツリと言った。
「ありがと。さつき」
「え? なにが?」
「あのとき、あたしのこと、叱ってくれて。『いつまでも殻に閉じこもってて、いいの?』って」
「別に、叱ったわけじゃ…
わたしの方こそ、みっこの気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃって…」
「ううん… 嬉しかった。あたしほんとに、さつきの言うとおりだと思うもの。
なにもかも捨てて新しい場所に来たっていうのに、古い自分の殻に閉じこもったままだった。こんなんじゃ全然、リセットした意味ないよね」
「みっこ…」
「これからは少しずつでも、前に進んで行かなくちゃ」
「そうよね。よかった」
「あたし… 待ってたのかも」
「なにを?」
「背中を押してくれる、なにかを」
「なにか…」
「自分ひとりの力じゃ、できないこともあるんだ、って。やっとわかった」
「それ、わかる。自分のことって案外、自分だけじゃどうしようもないときって、あるよね」
「嬉しかった。さつきに背中、押してもらって」
「う、うん。どういたしまして」
「モデルのことも、今まで黙ってて、ごめんね」
「もうやってたってこと?」
「うん。なんとなく、言い出せなくて」
「いいのよ、そんなの」
「ありがとう。さつき」
「ううん。撮影の日が楽しみね。みっこがモデルしてるとこ、ずっと見てみたかったから」
「うん。頑張ってみる」
つづく
「ドレスを着てて…
講義室の、窓辺で、王女さまみたいに、佇んでいる感じで…」
ぽつぽつと、中原さんが話しはじめる。みっこは反復するように答える。
「ドレス… 王女さま…」
「長いチュールのトレーンのドレスなんです。真っ白で、たっぷりレースやフリルが使ってあって、いろんな白のグラデーションを織りなしてて、ため息が出るくらい綺麗なの」
「白のレースとフリル…」
「場所は、もう使われていない古ぼけた講義室、という感じで。
夕方のオレンジ色の光が高い窓から差し込んで、古い洋書やアンティークな瓶とかがたくさん散らばってて、深い陰影を刻んでて。
ほの暗い部屋の光の中で、ドレスを着た女の子が、ほんわりと教室に浮かび上がってて、髪にはエンジェルリングが輝いていて…」
「わあ。きれい!」
その光景を想像して、わたしは思わず口をはさんでしまう。
「ほんとに、あたしがモデルでいいの?」
念を押すように、みっこは中原さんに聞く。満面の笑みを浮かべて、彼女は頷く。
「ええ。ええ。森田さんがイメージにぴったりなんです!
ドレスはお古だけど、資料用に買ってたものがあるし、北側の蔦のからまった煉瓦づくりの旧校舎が、ちょうどいい感じなんです!
アンティークな小物もうちにあるし、そこで写真撮らせてもらって、それを元に絵を描かせてほしいんです!」
「由貴さんのイメージどおりできるかわからないけど、あたし、やってみる。さつきも手伝ってくれる?」
「え? わたしが?」
「由貴さんいいでしょ? さつきにメイクとか衣装の手伝いしてもらっても。撮影となれば、人手があった方がいいし」
「もちろん! 嬉しいです!」
「みっこ…」
それ以上は言えず、わたしは彼女をじっと見つめた。みっこもわたしを見て、かすかに微笑む。ほんのちょっとだけど、わたしはみっこが殻を破る手伝いをできたのかな?
「あの… お礼、どのくらいですか? 森田さん、プロのモデルだし…」
おずおずと切り出した由貴さんに、みっこは微笑んで返す。
「そんなのいいわ。あたしはただ、由貴さんの作品づくりに協力したいのよ。友だちとして。モデルもやめちゃってるしね」
「ほんとにですか?」
「あんな綺麗な絵のモデルにしてもらえるんだもの。あたしの方がお礼したいくらいよ」
「いえ… そんな。あ、ありがとう、森田さん」
「みっこでいいわよ」
「え~。いいなぁ~、みこちゃん。あたしも描いてほしいぃ~」
「わたしたちにもなにかお手伝いできることがあったら、言って下さい」
穏やかに流れ出した会話に、ナオミやミキちゃんも加わってきた。
結局、ナオミたちも撮影の手伝いをすることになり、みんなでスケジュールを決めたり、衣装や小物の打ち合わせをやって、傾いた西日がサンルームいっぱいに差し込んでくるまで、わたしたちはこのカフェテリアで話し込んでいた。
おおよその打ち合わせが終わったあと、みんなと別れて学校を出て、わたしはみっこと、校門から続く大通りのポプラ並木を歩いていた。
冷たい木枯らしが秋の終わりを告げるように、首筋をかすめていく。
真っ赤なハーフコートのポケットに手を入れて歩きながら、みっこはポツリと言った。
「ありがと。さつき」
「え? なにが?」
「あのとき、あたしのこと、叱ってくれて。『いつまでも殻に閉じこもってて、いいの?』って」
「別に、叱ったわけじゃ…
わたしの方こそ、みっこの気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃって…」
「ううん… 嬉しかった。あたしほんとに、さつきの言うとおりだと思うもの。
なにもかも捨てて新しい場所に来たっていうのに、古い自分の殻に閉じこもったままだった。こんなんじゃ全然、リセットした意味ないよね」
「みっこ…」
「これからは少しずつでも、前に進んで行かなくちゃ」
「そうよね。よかった」
「あたし… 待ってたのかも」
「なにを?」
「背中を押してくれる、なにかを」
「なにか…」
「自分ひとりの力じゃ、できないこともあるんだ、って。やっとわかった」
「それ、わかる。自分のことって案外、自分だけじゃどうしようもないときって、あるよね」
「嬉しかった。さつきに背中、押してもらって」
「う、うん。どういたしまして」
「モデルのことも、今まで黙ってて、ごめんね」
「もうやってたってこと?」
「うん。なんとなく、言い出せなくて」
「いいのよ、そんなの」
「ありがとう。さつき」
「ううん。撮影の日が楽しみね。みっこがモデルしてるとこ、ずっと見てみたかったから」
「うん。頑張ってみる」
つづく
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
天使のお仕事
志波 連
ライト文芸
神の使いとして数百年、天使の中でも特に真面目に仕えてきたと自負するルーカは、ある日重大な使命を授けられた。
「我が意思をまげて人間に伝えた愚かな者たちを呼び戻せ」
神の言葉をまげて伝えるなど、真面目なルーカには信じられないことだ。
そんなことをすれば、もはや天使ではなく堕天使と呼ばれる存在となってしまう。
神の言葉に深々と頭を下げたルーカは、人間の姿となり地上に舞い降りた。
使命を全うしようと意気込むルーカの前に、堕天使となったセントが現れる。
戦争で親を失った子供たちを助けるために手を貸してほしいと懇願するセント。
果たしてルーカは神の使命を全うできるのだろうか。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
DARSE BIRTHZ。(ダースバース。)
十川弥生
ライト文芸
これは世界の謎を解き明かす物語———。
私たちが住む日本とよく似た世界、日出国で起きたできごと。
2020.3.14、日出国上空に謎の球体が現れた。人々はそれをシュタインと名付けた。シュタインは化(ローザ)とよばれる化け物を産み出す能力を持っており、反対に人間は万物のイメージを能力にする理(イデア)を会得した。その者たちをこう呼んだ、起隕者と。
15年の時がたった2035年。主人公たちは化と交戦できる年齢15歳になった。その世代は起隕士の数が爆発的に多いニューエイジと呼ばれていた。ニューエイジと化の戦いが今始まる。
作中作画Microsoft Bing、十川弥生
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます
津月あおい
ライト文芸
真白(ましろ)は埼玉の国道沿いのレストランで働くウェイトレス。
彼女にはずっと忘れられない人がいた。
それは幼馴染の青司(せいじ)。十年前に引っ越していったきり消息不明になっていた青司は、突然真白の地元に帰ってくる。青司はいなくなっていた間、海外で一流の水彩画家となっていた。そんな青司から真白はある頼みごとをされる。
「この家で、アトリエ付きの喫茶店を開こうと思うんだ。良かったら手伝ってくれないか、真白」
困惑する真白。
しかし結局、店づくりを一緒に手伝うことになる。
店にはかつての仲間たちも集い、青司の料理と絵に癒され、それぞれが前へと進んでいく。
大人になった人たちの、青春と成長の物語。
※当作品は、第六回書き出し祭りに参加したときの作品を長編にして、さらに今回リライトしたものになります。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
記憶のカケラを求めて、今日もきみに嘘をつく
美和優希
ライト文芸
夏祭り会場で起こった悲惨な事故で兄を亡くした柏木将太。
兄とともに夏祭り会場で事故に巻き込まれ、しばらく意識が戻らずにいた、幼なじみ、兼、兄の彼女の梶原花穂。
花穂の目が覚めたという連絡を受けて、将太が花穂の入院する病院へ向かうが、そこにいたのは将太の知っていた花穂ではなかった。
花穂は記憶喪失により、将太のことだけでなく兄のことも花穂自身の両親のことさえわからなくなってしまっていたのだ。
そんな花穂の前に将太が兄の姿をして立ってみたら、花穂は兄の姿をした将太を見て兄の呼び名を口にして──。
○o。.偽りの姿で、記憶のカケラを探して思い出の地をまわる、僕らの夏休みが始まった。○o。.
初回公開*2019.02.21~2019.02.28
アルファポリスでの公開日*2020.04.30
崖先の住人
九時木
ライト文芸
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いている』
大学生の「僕」は、夢を通して心の研究をしていた。しかし、研究を進めていくうちに、段々と夢と現実の境目を見失うようになっていた。
夢の中の夢、追い詰められる夢、過去を再現した夢。錯綜する夢の中で、僕は徐々に自分自身が何者であるかを解き明かしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる